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エドルドの中では第一王子からお茶会に誘われたと変換されてしまい不気味なくらい上機嫌だった。
招待状が届いてから三日後という通常ではありえない短さであることも一刻も早くヴィリシモーネを第一側妃にしたいためと都合よく解釈されている。
今のところ誰にも言っていないようだが自慢できる内容を黙っておくという殊勝な性格ではない。
「いいか。第一王子殿下をお慰めしてくるのだぞ」
「・・・はぃ」
父親がどんな勘違いをしているのか手に取るように分かるヴィリシモーネは深い溜め息を吐いた。
侍女たちが頑張ったが蟀谷の怪我はどうしても隠せず、まだ傷が塞がり切っていないため化粧で誤魔化すこともできない。
前回のお茶会と同じように重い気持ちのままヴィリシモーネは王城へ向かう。
案内された庭にはすでにニーリアンとジェラルディーンが座っていた。
「来てくれてありがとう。ヴィリシモーネ」
「お招きいただきありがとうございます。ジェラルディーン様」
「堅苦しい挨拶はこれくらいにしましょう。どうぞ座って」
「はい」
同じ公爵家でもヴィリシモーネにとってジェラルディーンは二歳上の令嬢だ。
交友関係も重なっていない。
夜会で簡単な挨拶と世間話をする程度だ。
「まずは御礼を言わせてもらうわ。お茶会でアンネワークの世話をしてくれたそうね」
「御礼を言われるようなことでは」
「いいえ、他の令嬢たちが彼女を邪険にするなか貴女だけは違ったとフーリオン殿下が言っていたのよ。ねぇニーリアン様」
「あぁ、それにアンネワーク嬢からも隣のお姉さまが優しかったとフーリオンに言っているらしい」
「わたくしたちはまだアンネワークに会っていないのだけど、義妹に優しくしてくれたこと嬉しく思っているのよ」
「あぁ、おっとすまないがジェラルディーン。後は頼む」
「はい」
公務があるニーリアンはお茶を飲み干してから席を立った。
護衛の一人が付き従い姿が見えなくなってからジェラルディーンはヴィリシモーネの蟀谷に視線を向ける。
「ただ謝罪もさせていただかなくてはいけないわね」
「謝罪、でございますか?」
「えぇ、その傷、貴女の御父上につけられたのでしょう。他家の方を悪く言うのはいけないことでしょうけど、癇癪持ちの野心家だから気をつけろと同じ公爵家の令嬢たちは聞かされているはずよ」
「それは・・・」
「そんな御父上があからさまに伯爵令嬢を贔屓したと知れば火を見るよりも明らかだわ」
「・・・・・・」
「フーリオン殿下は王族としてのご自分の影響力というものを考えなくていけない。それが王族というものよ」
ヴィリシモーネの怪我はエドルドによるものだが、引き金はフーリオンだ。
まさか本当に怪我をしているとは思っていなかったニーリアンとジェラルディーンは内心の動揺を綺麗に隠し当初の目的である御礼を述べた。
「この怪我はわたくしの不注意によるものです。謝罪していただくことではございません」
「貴女ならそう言うと思っていたわ。そんな貴女だから本当ならニーリアン様の第一側妃に推薦しようと思っていたのだけど、御父上のことがあって王家は難色を示しているの」
「わたくしなどよりも相応しい方がいらっしゃいます」
「そうかしら? まぁ貴女をニーリアン様の餌食にするのは忍びないわね」
「餌食?」
「何でもないわ。わたくし個人としてはヴィリシモーネのことを気に入ってるのよ。だからこれから友人としてお付き合いできたら嬉しいわ」
「ありがとうございます」
ジェラルディーンは優しく微笑んでヴィリシモーネに親愛の印として自分がつけていた髪飾りを贈った。
ちょうど傷が目に入る位置につけたジェラルディーンは侍女の一人を付き人としてアーベンシー公爵家に同行させた。
第一側妃への打診だと信じて疑わないエドルドは吉報を今か今かと待ちわびて執務室を無駄に歩き回る。
ヴィリシモーネが帰ったと報告を受けると着替えさせる時間も与えずに執務室へ呼びつける。
「お父様、ただいま戻りました」
「うむ、それでそちらは?」
「発言させていただくことをお許しください。わたくしはジェラルディーン様付きの侍女にございます。主はヴィリシモーネ様のことを大層気に入りましたようで、親愛の印に髪飾りを贈らせていただいたと伝言を託されて参りました」
「なんと、それは厚く御礼申し上げるとお伝え願えますかな」
「必ずやお伝えさせていただきます。それではわたくしはこれにて御前を失礼します」
ニーリアンの正妃であるジェラルディーンに気に入られたのなら第一側妃としての立場が安泰であるとエドルドは喜んだが、髪飾りが刺さっている場所を見て顔を青くした。
その位置に髪飾りを挿すには怪我がどうやっても目に入ってしまう。
侍女たちには隠せと命じたはずなのに守られていないということに激高し、机の上の書類を薙ぎ払う。
「どういうことだ! その醜い傷を晒したというのか」
「それは」
「言い訳などいらん。さっさと部屋にこもってろ」
床に落ちた書類はインクが零れて読めなくなった。
ようやく王家と縁戚になれると喜んだのも束の間だ。
服で隠せないところの怪我は経緯を明らかにするのが暗黙の了解だ。
そうすることで無駄な詮索や同情を買わないようにするための約束事のようなものだった。
「やっぱり役立たずな娘だ。これでは無能な姉を持ったヨハンソンが可哀想ではないか」
「旦那様」
「あぁ書類を駄目にしてしまった。作り直してくれ」
「お嬢様の名誉のために経緯を詳らかにすべきであると進言いたします」
「この私が暴力を振るったと公言しろというのか」
「はい。あの怪我は王家の方も知ることになります。そのときに理由が明らかにされていなければお嬢様が第一側妃に相応しくないという声も上がりますでしょう」
王家より正式に伝達があったわけではないと執事も分かっているが、ここは上手く言い包めておかねば面倒なことになる。
ジェラルディーンがわざわざ専属侍女をつけたのは傷の理由を暗に知っていると仄めかすためだ。
そのことにエドルドは気づいていないため対処を間違えれば王家からの信頼は失墜する。
「ふん、なら家で転んだとでもしておけ」
「それはなりません。転ぶような不注意者であると公言することになります。幼子ならともかくお嬢様は十八歳です。言い訳としては成り立ちません」
「なら何と言う」
「酔っ払い苛立ち物に当たったところに不運にも娘に当たってしまったというのがよろしいかと」
「それでは私が悪いように聞こえる。役立たずのアイツが悪いのだ」
「では、そのように今週末の紳士倶楽部の集まりでご友人方に言っていただけますか?」
女性たちがお茶会やサロンで情報を共有するように男性にも情報を共有する場がある。
紳士倶楽部と呼ばれており週末になるとどこかで開催されており好きなところに顔を出す。
女性同士の招待するという形式とは異なり敵対派閥の倶楽部に参加することもマナー違反ではない。
「しかしだな」
「アーベンシー公爵家の当主が損得も考えられないようでは姉君様もお嘆きに」
「なっ、姉上は関係ないだろう。私は当主だ。判断できるに決まっている」
エドルドには年の離れた姉が一人いて、彼女のことを殊の外、尊敬している。
姉にいいところを見せようと仕向ければたいていのことは上手くいくが使いすぎると逆効果になる。
そのへんの匙加減の見極めが必要だった。
執事に焚きつけられたエドルドは紳士倶楽部で娘の怪我の理由を話そうとしたが、すでに怪我を負わせたということは知られており執事が作り上げた理由を話す以外に道は無かった。
こうなったのは怪我を知ったジェラルディーンが友人たちに前もって知らせていたからだ。
ヴィリシモーネの顔の怪我はもしかしたら父親に負わされたものかもしれないという噂をだ。
娘から聞いた父親たちはその確認をしただけだった。
「・・・おい、この手紙はなんだ」
「ヴィリシモーネお嬢様をお茶会に誘いたいという手紙でございます」
「そんなことは分かっている。だいたい今まで見向きもしなかったくせにアイツが第一王子殿下の婚約者に気に入られたからとこれ見よがしに媚びを売りに来よって、馬鹿にするのもたいがいにせい」
「ではお断りの返事を代筆させて・・・」
「誰がそんなことを言った! 全部出席すると返事をしておけ。娘にも粗相のないようにしろと伝えておけ」
いくら相手が公爵家であるからと全部出席する必要はない。
家同士の繋がりを考えて選び、断る家にはそちらと縁の深い公爵家の誘いが早かったためと言えば、あとは主催者が調整してくれる。
同じドレスで出席もできないから仕立てる必要があり、そのことが全く見えていなかった。
執事が出席する家を厳選しヴィリシモーネに伝える。
その中にはジェラルディーンからの招待状もあり、是非とも来てほしいという個別の手紙が同封されていた。
エドルドを嫌厭してのことで付き合いを最小限にしている公爵家は多い。
そのせいで付き合いが多いのは必然的に侯爵家や伯爵家に落ちてしまう。
「旦那様は全て出席しろと仰せでしたが、そのようなことは現実的にできませんので私めの方で選ばせていただきました」
「分かりました」
「本日の午後に仕立て屋を呼んでございますので、ドレスを何着かお願いいたします」
付き合いの浅かった公爵家からの誘いに舞い上がっているエドルドにはドレスのことまで頭が回っていない。
もし、そのことに気づいてしまえば婚約者を決めるお茶会で財力をひけらかすようなデザインを推していた。
ヴィリシモーネとしては傷が目立たなくなるまで屋敷にこもっていたいのだが、そうはいかない。
婚約者選びのお茶会並みに気が乗らないままジェラルディーンのお茶会に参加した。