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そこには正装したニーリアンがいた。
まさか王族が出席するとは思っていない客たちは慌ただしく居住まいを正す。
「皆の者、今日は集まってくれて感謝する。だが、最近ある心無い声が私の耳に届いた。その真偽を問い質したく、陛下に代わって参席した」
このパーティが弾劾の場になるとは思っていない客は後ろめたさから少し視線を外す。
一番慌てたのはノードハーゲン家の当主だ。
「そうであろう? ノードハーゲン家の?」
「い、いえ、そのようなことは」
「そうかそうか。では私の母である王妃が可愛がっている第二王子の婚約者であるアンネワークには何の異論も無いということだな?」
「も、もちろんでございます。素晴らしいご令嬢です」
「そう言ってくれると信じていたが、些か失望したのも事実だ。心無い言葉が届いたと言っただろう」
招待されている客たちは全員知っている。
ノードハーゲン家の当主がアンネワークを相応しくないと言い続けてきたことを。
今更、王族の前だからと意見を翻したところで遅きに失した。
「だが、その娘であるルーシー嬢は違ったようだ」
「む、娘でございますか?」
「そうだ。かの令嬢は父親の意見を心苦しく思い、アンネワークを非難する者たちを諫めていた。その心意気は賞賛に値する」
「ありがとう、存じ・・・」
「だが、父親の咎により一座連座というのも忍びない。よって、王家に忠誠を誓うというなら今回のことは不問にいたそう、というのが陛下のお言葉だ」
いったい何が起きるのかと固唾を飲んで見守るが、ニーリアンは当主をじわじわと追い詰めるのが楽しいらしい。
悪趣味だとジェラルディーンは冷めた目を向けた。
「の、ノードハーゲン家は王家に忠誠を今一層誓う所存にございます」
「そうか。良かった。これで縁談が纏まるというものだ」
「えんだん、でございますか?」
「あぁ、サーガングス侯爵家と貴殿の娘との縁談だ。良縁であろう?」
「あ、あの侯爵家とでございますか?」
「なんだ。不満か?」
「め、滅相もございません」
王家の権力を使った反則技だが、ノードハーゲン家に出しゃばってもらっては困るのだ。
芝居見物という名目で他国を外遊するアンネワークは、評判が高く同盟の証にと望む声も少なくない。
今のところアンネワークはフーリオンしか見ていないから断りを入れやすいが、自国の貴族が軽んじているとなると問題がおきる。
「みな、このめでたい時間を分かち合おうではないか」
拍手で締め括られ、主催者は引き揚げた。
扉の影から覗いていたアンネワークは上機嫌で戻って来るニーリアンを睨みつける。
「あれは何ですの! ニーリアン様」
「あれとは?」
「あんな茶番では何も面白くもないではありませんか。ダンスのひとつでも踊って、時間だから帰らないといけないと立ち去るルーシーお姉様に引き留めるウォルトル様・・・しかし無情にも二人は引き裂かれ、残されたのはガラスの靴・・・あれではちっとも恋が芽生えないではありませんか」
最近観た芝居に感化されているアンネワークは配役にルーシーとウォルトルを宛がって楽しもうと思っていた。
アンネワークの役柄はドレスと馬車を用意する魔法使いの役だ。
そのあとに断罪される継母役をしようと思っていた。
「ニーリアン様が任せとけと言うからお任せしましたのに」
「すまなかったな。お詫びに私が行く予定だった視察の芝居見物を譲ろう」
「もしかして、三つの魔法と空飛ぶ絨毯の・・・」
「そうだ」
「仕方ありませんわね。それで許して差し上げますわ」
アンネワークの芝居好きはますます強くなり、色々なところで悪化していた。
だが、それで外交が上手くいったりするのだからどうなるかは分からない。
突然決まったルーシーとウォルトルの婚約だが、王家が主導したということで反対もできずに収まった。
サーガングス侯爵家はアンネワークを支持しているかというと表明していないため中立という立場だ。
王家からノードハーゲン家の監視という役目を賜ったと喜んで関与を始めた。
「まぁウォルトルをどこの馬ともしれない令嬢と結婚させるのは忍びないからな」
「何かおっしゃいまして?」
「いいや、二人が仲良くなればアンネワークも嬉しいだろう?」
「そうですわね」
「どうした? 貴族だから政略結婚ということも珍しくないだろう」
「そうですわね」
何かおもしろくなさそうなアンネワークはニーリアンを置き去りにして客間に向かう。
付添人として来ているフーリオンに抱き着いた。
「アンネ?」
「ウォルトル様が結婚しちゃうの」
「大丈夫だ」
「何が大丈夫?」
「すぐに分かる」
ウォルトルとルーシーの婚約はすぐに話題になった。
だが二人が揃って夜会に出るのを見た者はいない。
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上機嫌に日傘を差しながらアンネワークは町を歩く。
その後ろをルーシーがついて行く。
「ねぇルーシーお姉様」
「どうしたの?」
「ウォルトル様は優しい?」
「優しいわよ。優し過ぎるくらいね」
第二王子の護衛であるウォルトルは外交にも同席する。
妻となったルーシーは本当なら自国で待つのだが、一緒について行くことを選んだ。
「ふーん」
「あら、お兄様が盗られたようで拗ねてるの?」
「そんなんじゃないもん」
「あらあら」
アンネワークも結婚したからと言ってウォルトルとの関係を変えていない。
相変わらず無理難題を押し付けるし、振り回してもいる。
これがルーシーでなければ、ウォルトルはアンネワーク様と私のどちらが大切なのという言葉で離婚されていたことだろう。
「ルーシーお姉様のいじわる」
「ふふふ」
「ねぇ、お姉様」
「何かしら」
「ウォルトル様のこと好き?」
「えぇ好きよ。だから結婚したんだもの」
「そうなのね」
アンネワークは悪戯を思いついた子どものように笑って後ろを振り返った。
護衛としてついているウォルトルに向かって叫んだ。
「ウォルトル様! 好きだって」
「なっ!」
「あらあら」
「ウォルトル様が言っていたのよ。自分のことを好きなのかどうか分からないって」
「だからって、こんな外で言う必要ないだろう!」
「ふん、自分で聞けない意気地なしだから私が聞いてあげたのよ。感謝してね」
心の内を明らかにされて顔を真っ赤にしたウォルトルはフーリオンに肩を叩いて慰められる。
ウォルトルは急に決められた結婚相手であるルーシーを大切に扱った。
記念日には贈り物を用意する。
ルーシーが陰でアンネワークを支えていたと知るとウォルトルは手のひら返しと分かっていながら態度を変えた。
「だからって、ここで」
「普通に伝えたら面白くないでしょう?」
「はいはい、もう好きにしてくれ」
アンネワークにお墨付きを与えたことを後悔したのは、わりとすぐのころだった。
ノードハーゲン家は公爵家のままだが実質の権限はサーガングス侯爵家が持っていた。
最初は突っぱねていた公爵家だが、王家に謀反の意志があるのかと問われると仕方なく侯爵家に従った。
力関係が完全に逆転しているが、二人が争っている間は平和そのものだった。