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 無事に学院を卒業したアンネワークとフーリオンは卒業証書の入った筒を持って城に向かっている。

その後ろをウォルトルがのんびりとついて行く。


「ねぇウォルトル様」


「何かな? アンネワーク嬢」


「ウォルトル様は婚約者いないの?」


「いたんだけどねぇ」


「婚約破棄されたの?」


「破棄じゃなくて解消ね」


 フーリオンの婚約が決まった同時期にウォルトルも予てより決まっていた伯爵家との婚約を締結した。

だが、フーリオンの護衛をするうちに婚約者としての関係が持てず向こうに浮気をされた。

互いの体裁を保つために解消するに至る。


「可哀想」


「それ、アンネワーク嬢が言っちゃう? 私とアンネワーク嬢のどちらが好きなの?って言われたのに」


「お姉様が言ってたわ。そういうときは君だって言って抱き締めるのが効果的だって」


「抱き締めるための時間も無いくらいに働かせたのはどこのどいつよ」


 毎週末に芝居を観に行くアンネワークにフーリオンが付き合うから護衛のウォルトルは必然的に婚約者との時間を削られる。

サーガングス侯爵家ではウォルトルの弟たちの子を次の次の後継者にしようと考えている。

ウォルトルの結婚は諦めていた。


「今度のパーティーで私が相手を探してあげるわ」


「いや、遠慮しとくわ。アンネワーク嬢に任せたらまとまるもんも纏まらんわ」


「まぁ、見てなさい。とびっきりの美女を用意するんだから」


「いやいや、どうやってよ」


「任せなさい」


 嫌な予感しかしないウォルトルは拒否することもできずに婚約者探しをすることになった。

さすがに王家でウォルトルの嫁探しをするわけにもいかず、さらに伯爵家では規模が小さいためジェラルディーンの家で行うことにする。

そんなことのためにホールを貸し出すのかと思うが、ジェラルディーンの両親はアンネワークを可愛がっている。


 ジェラルディーンの母親は同盟国ではあるものの小国の王女だった。

友好を示すために王家に嫁ぐ話が出たのだが、国力の差によって経ち消えそうになったときにジェラルディーンの父親が名乗りを上げた。

そして子どもを王家に嫁がせるということで話がまとまる。

つまりはジェラルディーンが嫁ぐのは決まっており、試験に合格しなければ妹たちがという流れだ。


「アンネワーク、お父様とお母様が良しとしたから開くけど、ウォルトルの相手探しなんて止めときなさい。どうせまた破談になるわ」


「どうして?」


「破談になる原因そのいちが率先したところでまとまるものも纏まらないわ」


「アンネワーク嬢」


「あっ、ハイアーダルの小父様、小母様」


「よく来たね。さぁ向こうでマカロンを用意している。妻とも話をしてやってくれ」


「はい」


 ジェラルディーンの小言を聞き流したアンネワークは公爵家当主夫妻の手を取ってサロンに向かう。

意図して無視しているが記憶力のいいアンネワークが忘れるわけもないのでジェラルディーンも深く追求はしない。

フーリオンの婚約者として決まってからハイアーダール家はアンネワークを支持している。


「ねぇ小父様」


「なんだい?」


「私ね、小母様の故郷の毛糸が欲しいの」


「ふむ、どうするんだい?」


「編むのよ。小母様のお国では赤ちゃんのお腹を冷やさないように腹巻というのを作るのでしょう? 私とふーの赤ちゃんが産まれたら作って上げたいから今から練習したいの。お願い、ハイアーダルの小父様」


 アンネワークが十歳のころにフーリオンの名前をよく噛んでいたようにハイアーダールも上手く発音できなかった。

その結果最後を省略するということになり、今も癖が残っている。


「それなら妻が子どもたちに編んでいた残りがあるはずだ。持って行きなさい」


「ありがとう。小父様」


 椅子から降りるとアンネワークは小母に駆け寄ると、言葉を変えた。

他国から嫁いだ小母は聞き取りは完璧だが、こちらの言葉には少し訛りが残ってしまう。

それを可笑しく囃し立てる令嬢たちの洗礼を受けてから口数が少なくなってしまった。


『ミーナ小母様、腹巻の編み方を教えてくださらない? わたくしレースは編めるけど毛糸は分からないの』


『もちろんよ、アンネワーク嬢。子どもが着なくなったものを解けば、たくさん作れるわ』


『まぁ! それは素敵ね』


 一度聞けばたいていは覚えてしまうアンネワークはミーナの国の言葉はセバンスティーノに朗読してもらった本で覚えた。

発音も完璧であるセバンスティーノだからアンネワークも同じく完璧に使いこなす。

柄の話に流れて行きそうになったところをジェラルディーンが遮った。

幼い頃から出入りの自由なハイアーダール家だったことでアンネワークは気後れすることはない。


「それで、アンネワーク。本題はそちらではないでしょう?」


「忘れてたわ」


「そうみたいね」


「小父様と小母様にはウォルトル様のお嫁さん探しを手伝って欲しいの。だっていつまでも独り身だと可哀想でしょう?」


 アンネワークのことを猫可愛がりしている夫妻だが、なぜウォルトルに婚約者がいないのかはしっかりと理解している。

だが、それが可愛いと思っている夫妻はあえて教えない。

このアンネワークのわがままは気を許した人だけに見せる甘えだ。

外では完璧な伯爵令嬢として振舞えるし、第二王子の婚約者として王家に嫁ぐ者としての気構えというものも持っている。


「庭の花も見ごろだ。ガーデンパーティを開こうか。そして軽めのダンスもあったらいいか」


「そうですネ。サーガングス侯爵令息でいらっしゃるカラお相手は侯爵家より上がイイかしら」


「そうなると呼べるのは、限られるな」


「もう一層のこと見合いパーティにしてしまえばいいのでは?」


「ジュリー、それでは我が家が主体となる意味がないだろう」


 ハイアーダール家の子どもは全員が婚約者がいるため相手探しという名目をおおっぴろげにできない。

あくまで私的なパーティでなければならない。

サーガングス家ではウォルトルの相手探しを諦めて久しく、今では弟たちの相手探しに力を入れている。


「本当に困ったワネ」


「ジュリーとアンネワーク嬢との交遊会にしてはどうだろう」


「王家に嫁ぐ身であるわたくしたちが今更、交遊会とはあまり適切ではないかと」


「そうなんだよなぁ。ジュリーも学生ではないからな」


「お父様」


「どうした?」


「アンネワークの卒業祝いを理由にしては? 八年前よりは少なくなりましたがアンネワークを婚約者から外そうという声は無くなっておりません。ここはハイアーダール家が支持していると示す良い機会かと」


 卒業を祝うという名目のパーティは頻度は多くないが開かれる。

ジェラルディーンが理由付けしたように後見人が誰であるかを示すために開く。

アンネワークのことをずっと可愛がっているハイアーダール家が主催してもおかしくない。


「それなら他の家を呼ぶことも可能だな」


「招待状書きますネ」


 楽しそうにしているアンネワークを見るのは好きなジェラルディーンは料理長に当日はアンネワークの好物を用意させようと考えていた。

第二王子の婚約者に選ばれてからアンネワークの両親はよそよそしくなり、アンネワークの不興を買ってしまわぬように気を使うようになった。

最初の頃は王家の縁戚になるという重圧に胃を痛めていたが、今ではアンネワークと話すだけでも一苦労だ。


 両親から壁を作られていると感じたアンネワークは学院の寮に入る間までのほとんどをハイアーダール家で過ごしていた。

伯爵家では教えられない上位貴族としての振る舞いなどの行儀を学ぶためという理由だ。


「ジュリー姉様」


「どうしたの?」


「今日、ジュリー姉様のベッドで寝てもいい?」


「かまわないわ。それなら新しいパジャマを選びましょう」


 学院を卒業したということは寮を出たということだ。

久しぶりに帰った実家では娘というよりも次期第二王子夫人という扱いを受けた。

それは思いの外、アンネワークには辛かったようだ。


 ウォルトルの婚約者探しのための相談をしに来たというのは口実だ。

ハイアーダール家に滞在するための理由を何か探していたようだ。


「それよりも殿下のところに泊まらなくていいの?」


「だって怖い小父様たちが邪魔するんだもの」


「怖い小父様たちはまだ諦めていないのね」


「この間だって、ふーのために作ったお菓子を駄目にされたもの」


 ジェラルディーンは学院を卒業しており、直接聞いたわけではないが、アンネワークがフーリオンのために作ったお菓子を駄目にした話は聞かない。

相応しくないという小言は多かったが、直接的な被害はない。

常にフーリオンが傍にいたということもあるが、そんなことをすれば王家の不興を買うことが目に見えている。

王妃がお気に入りだと明言しているにもかかわらず、嫌がらせをする輩は後を絶たない。


「その怖い小父様たちももう少しで何も言えなくなるわ」


「そうかしら?」


「そうよ。だって貴女は試験を満点で合格した王家が認めた令嬢よ。わたくしよりも余程大切にされているわ」


 ジェラルディーンも才女ではあるが、母親の血筋による約束に近い。

その点アンネワークは純粋に自分の力で認めさせたのだから格が違う。

さらにアンネワークの趣味である芝居に関係した協力者は多い。

人脈という点では公爵家にも引けを取らない。

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