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コリーナの最下位クラスの理由です

 アングサッド侯爵家は宰相の下で働く文官の家柄で他国に行くことも珍しくない。

家を空けがちになるため妻になる者は当主と同等の責務を負わされるため侯爵家でありながら結婚相手に苦労していた。

跡継ぎとなるくらいの教育を受けた令嬢となると、王家の婚約者選びの試験に合格した者くらいだが、そうなると家格が下でも公爵家が欲しがるため侯爵家では順番が回ってこない。

苦労して婚約しても夫が家にいないことが多いということで破断されることも少なくない。


「はぁ」


「何を溜め息を吐いていらっしゃるの?」


「イレット」


「まさかコルガング侯爵家からの縁談の話を断るつもりではありませんわよね」


 執務室ではアングサッド侯爵家の当主である男とその妻がソファに向かい合うように座っていた。

当主の手には婚約を結びたいという旨の正式な手紙が握られており、その手紙を睨みつけるように夫人は訊ねた。

翅のついた扇を広げて顔の大部分を隠しているが、目だけは笑っていない恐ろしさが浮かんでいる。


「断るつもりはない」


「それは安心しましたわ。()()のサンドラに相応しい縁談ですもの」


「いや、その先方は、()()()()を指名してきている」


「なんですって、よりにもよって愛妾の子を? すぐにサンドラとの縁談を受けると手紙を送ってくださいませ」


「それはできん」


 イレットは夫が言った言葉が信じられず固まった。

アングサッド家は複雑な事情を抱えており当主よりも夫人の方が決定権が強い。

夫人の言葉に逆らったことで傍に控えていた執事も同じように固まった。


「今、なんと? わたくしの耳が悪かったのかしら?」


「それはできんと言った。手紙には()()を母に持つコリーナを婚約者としたいと書かれている」


「愛妾の子の分際で生意気な・・・今すぐに修道院でも何処へでも放逐しなさい。サンドラよりも先に婚約が決まるなど身の程知らずも良いところです」


「この縁談は王家も承認済だ。ここに陛下からの直筆の手紙が同封されている。コリーナに何かあれば、アングサッド家はお咎めを逃れられんだろう」


 怒りのままコリーナとその母親のことを罵れるだけ罵っていたイレットは陛下からの手紙と聞いて黙った。

食い入るように手紙を読み、最後に陛下のサインを見ると手紙を当主に向けて投げつける。

ぞんざいに扱うというだけでも不敬罪だが怒り心頭のイレットに常識を唱えても通用しない。


「コルガング侯爵家からの打診という形は取っているが、王家からの差し金であることは間違いない。アングサッド家の正統な後継者である君なら正しい判断ができると思っているよ」


「たかが養子になった分家ごときが、わたくしに指図するなど片腹痛いことですわね。わたくしがいなければしがない男爵家で終わっていた男が本当に大きな口を叩きますこと。見てらっしゃい。貴方もコルガング家も愛妾の子を婚約者にしたことを今に後悔なさるでしょうよ。オホホホホホ」


 イレットは高笑いしたまま執務室を出て、自分が生んだ娘の部屋に向かう。

執務室に残った当主は深く溜め息を吐いて床に落ちた陛下からの手紙を丁寧に拾う。


「旦那様」


「なんだ?」


「先代当主ご夫妻に来ていただいた方がよろしいのではないでしょうか」


「そうだな。連絡を頼む」


「かしこまりました」


 先代当主はイレットの祖父に当たり、唯一イレットが頭が上がらない存在だ。

当主の座を退いたということで領地での隠居生活を決めているが影響力は計り知れない。

今回のこともすでに耳に入れていることだろう。


「私はどうしたら良かったのだろうな」


「お茶を淹れて参ります」


 執事がお茶を用意するために執務室を出ると当主は背凭れに頭を預けて天井を見た。

アングサッド家先代当主の子は、一人だけだったため必然的に跡継ぎとなる。

歴代の嫁探しにしてはすんなりと決まり、一人息子だった反動なのか子宝にも恵まれて八人の子がいた。

その末娘がイレットになる。


 特に財政難ということも無かったが、親戚筋に子どもができないという事情が重なり長男以外は成人をもって養子に行くことが決めれられた。

イレットも納得した上で伯爵家の養女となる。

しかし運の悪いことに次期当主夫妻とその子が相次いで流行り病で亡くなりアングサッド家を継げる者がいなくなってしまった。

さらに養子にいった者はイレット以外は全員結婚し子どもがいたため戻ることもできない。

白羽の矢が立ったのがイレットだったが、女性の場合は一度家を出ると、養子になっても跡継ぎにはなれないため遠縁の男性が養子に入り、その伴侶にイレットがなるという複雑な事情が生まれた。


「旦那様、お茶を用意しました」


「ありがとう」


「差し出がましいことを申しますが、サンドラお嬢様との縁談を申し込んでみてはいかがでしょうか」


「そうだな。受け入れてもらえる家があるとは思えんが、駄目元だな」


 イレットとの子であるサンドラは出来は悪くないのだが集中力に欠けて根気というものがない。

貴族令嬢の嗜みのひとつである刺繍も十五分もすれば良い方だ。

ただ着飾ることは好きなようで社交界で着るドレスに関しては何時間でも選んでいられる。

好きなドレスを着られるならお茶会なども積極的にできるかというと話題の中心に自分自身がいないと機嫌が悪くなってしまう。

そのために十八歳になった今も婚約者が決まらない。


 だからコルガング家は六歳下のコリーナを指名し、万が一にもサンドラに取って代わられることのないように王家を巻き込んだ。

王家が介入したとなれば、一侯爵家が否を唱えるわけにはいかない。

イレットが騒いだところでコリーナがコルガング家に嫁ぐことは決定事項だ。


「マーゴットが生きていてくれたらと思うよ」


「旦那様」


「たしかにマーゴットは国から命じられて娶った第二夫人だが心から愛していた」


「・・・奥様がコリーナお嬢様にお近づきにならないように使用人一同、心して参ります」


「ありがとう」


 イレットは第二夫人であるマーゴットとその子どもであるコリーナのことを心の底から嫌っている。

王家が望んでいることだとしても自分の生んだ娘よりも優遇されることを恨んで突拍子もないことをしでかさないとも限らない。

コリーナも第一夫人に嫌われていることは理解すると同時に重大性も鑑みて振る舞っていた。


 イレットは付き合いのある家にコリーナがコルガング家の婚約者に選ばれたが、いかに不出来な娘であるかを書き連ねた手紙を送った。

どの家もご心痛お察ししますという当たり障りのない返事だけで本気にはしていない。

普段から正しく情報収集をしている家ならこの婚約が王家主導であるとすぐに理解できる。

理解していないのは、イレットとサンドラだけだった。


「しばらく世話になるよ」


「ようこそおいでくださいました。イワン様、マリー様」


「血の繋がりこそ薄いが、父と母と呼んでくれと言っているではないか」


「そうですよ。ヘイデン」


「そうは参りません。私はアングサッド家の分家ですから当主筋の方を気安くお呼びすることはできません」


「君も頭が固い。それで孫娘のイレットはどうした?」


「この時間ですと庭でお茶をしていることかと」


 イレットには何も言わずに先代当主夫妻を呼んでいる。

もし呼ぶことを事前に知れば、大人しくしているはずがなかった。

コルガング家からの婚約の申し入れから一週間ほど経ったが、イレットがコリーナに直接会おうとしていないことが奇跡のようなものだった。


「この時間からですか?」


「はい。毎日の日課にしております」


「侯爵家の当主夫人としての務めを教育したのですけどね。何を考えているのやら」


 イレットは成人するまでは侯爵家で教育されてきたはずなのだが、今では貴族婦人としての仕事のほとんどを放棄している。

どこを勘違いしたのか長男を生んだことで責務を果たしたとばかりに部屋で好きなことをするようになった。

そして数年後に娘が欲しいと言い出して臨み通りにサンドラを生むと今度は娘を王家の婚約者にしようと望むようになった。

家の都合で養子に出されたと思うと、同じく家の都合で戻されたことでヘイデンは同情しており家の中なら好きなようにさせている。


「まさか王家も承認済の婚約を壊そうなど正気の沙汰ではありません。いったいどこで教育を間違ったのやら」


「ヘイデン、イレットのことは我々に任せなさい。君はコリーナとコルガング侯爵家のルシーダとの縁談をまとめるんだ」


「かしこまりました」


 普段は当主の座を退いたからと口出しをしないが、家の存亡がかかっているとなれば話は別だ。

一度、後継者を亡くしお家断絶の憂き目にあっているため危機感が違う。

可愛い孫娘であっても見過ごせないことはある。


 まさか祖父母たちが来るとは思っていないイレットは優雅にお茶をしていた。

だが、その顔は楽しそうではなく眉間に皺が寄っている。

コルガング家との婚約者をコリーナではなくサンドラに変更するように推薦してもらえるように声をかけている貴族たちから色よい返事がないからだ。

当たり障りのない返事だったり、コルガング家の言うとおりにした方が良いというものだったり、イレットの神経を逆撫でするものばかりだった。

それらは皆、びりびりに破かれてごみ箱に入っている。

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