表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

事実は小説よりも下らない

作者: 瀬田宮

 あれは、そうです。元から建て付けの悪かった窓のサッシが、いつもよりも余計にがたがたと、不自然なくらいに音を鳴らしてした日の事です。

 変だなあとは思っていたのですが、畢竟ただの屋鳴りですし、その内に収まるだろうと思っていたら、案の定夕方頃にはぱったり音がしなくなってしまっていたので、風呂に入って晩飯を食べる時にはすっかりそんな事忘れてしまっていたのです。

 その次の異変が起こったのは深夜になってからでした。ここの所早寝を心掛けていた為に寝入っていた私の目が、卒然ふっと目覚めたのです。時刻はそう丁度、零時三十分を過ぎた所でした。なんだこれは、一体なんでこんな時間に。

 私は少しばかり困惑しましたが、直ぐに考えるのを止めました。ただちょっと寝入りが浅かったのだ、そういう日もあるだろう。そう考えて、もう一度眠りにつこうとしたのです。

 しかし今度は何故か寝付けないのです。意識がはっきりとして、感覚が鋭くなっているのが解りました。そうは言っても目に映るのは闇に沈む天井だけ。身体は布団の中です。特に何という事も有りません。

 耳だけが、このいよいよ得体の知れない夜の正体を看破しようとその神経を研ぎ澄ましていました。

 ですが、そこは田舎の事、聞こえてくるのは己の息遣いと心臓の鼓動くらいです。

 やはり気のせいだ、早く寝てしまおう。

 そう思った時でした。

 こつ。

 硬い物同士がぶつかったような、高くてよく響く音が、どこからともなく聞こえてきたのは。

 最初は気の所為だと思いました。しかしそう思って寝ようとした時にまた、こつ……、っと聞こえてきたのです。

 何だろう、と思っている間に音は次第にその頻度を増していきました。こつ、こつ、こつ……。

 音は壁を挟んだすぐ隣、廊下から響いてきます。私のベッドは廊下に沿うように置いてあるので、音は余計に鮮明に聞こえてきました。何やら行ったり来たりするようなこれは……靴音?

 そこで私は漸く、これが尋常の事態でない事を悟りました。この夜も更けた時間帯、誰かが靴で屋内を歩き回っている――。まともであればそうそう有り得ない事態であることが解るでしょう。

 泥棒。

 すぐに思い当りました。夜陰に乗じて――昨今の窃盗犯がその言葉通りに盗みを働く事など殆どないという事実が脳裏をかすめましたが、目の前の現実に比べれば些細な事です。既に私にとってその靴音は耳元で鳴り響いているかのように聞こえていました。

 私は恐怖を覚えました。盗みの現場を見られた犯人が、もみ合いになった末に恐慌状態に陥って家主を刺すというのは余りにありきたりな話です。また、壁一枚隔てた所にいる彼が、いつ私の部屋に入ってくるか解りません。その時、私が起きている事が知れたら。

 そうこうしている内に、何かを漁るような音が聞こえて来るようになりました。靴音に交じって、がさがさ、がさがさ。彼はますます大胆になったようで、音はどんどんと大きくなっていきました。

 私は怯えていました。正直な所、手の平の感覚は冷たく遠く、かつ嫌な汗でびっしょりと濡れていました。けれども、私は布団を押しのけて立ち上がりました。出来るだけ音を立てないように。好奇心、猫をも殺す。知っていますとも。しかし、私には到底、その不気味な気配の正体を探らずにはいられなかったのです。私の方こそ、半ば恐慌状態だったのかもしれません。

 手がそっとドアノブに触れます。よく馴染んだ筈の金属の取っ手が、まるで他人のように冷たく感じられました。思わず唾を飲み下します。そして慎重にノブを押し、ドアを開け、そこには――。




 ――そこには、元気に靴を履いてフローリングの床を歩きまわる我が母親の姿が!

「何してんの?」

「……いやそっちこそ、何してんの?」

「昼間に買った靴の試し履きたけど。……っていうかアンタまだ起きてるの?」

「だってその、いや」

 母の足元を見ると、靴の紙箱と、くしゃくしゃに丸められた詰め紙が置いてありました。がさがさという音はこれが原因でしょう。ああ、その通りです、なんで靴音を聞いた時、それが普段聞くこともない床を歩く靴音なのだと気付いたのかと言えば、やはり私も同じように靴の試し履きをした事があるからです。勿論、このような非常識な時間にではありませんが。

 どっと力が抜けました。汗が今更気持ち悪いです。風呂に入ろうかとも思いましたが、そんな気力もありませんでした。

「なんでもない」

「よく解らないけど、早く寝なさいよ?」

「……そうするよ」

 背中を丸めて、私は部屋に戻りました。戻って、すぐさまベッドに飛び込みました。そして布団をかぶり身体を丸め。

「あー」

 一つ思いつきました。こんな時間にそんな事をしていたら階下の人が怒鳴り込んでくるぞと、そう言ってやればこの何とも言い難い理不尽な心持をどうにかできるのではないかと。

 もっとも、そんな児戯を実行に移す前に、私の意識は深く心地よい眠りの世界へと旅立っていってしまっていましたが。

オチが下らねーのは、実話だからしょうがないのですよ。

……えーっと、ゴメンナサイでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] たまに有りますよね、こういうこと。しかもこっちは怖くてドキドキ。 私も盛りの付いた飼い猫の「ぐわうぉーぉぉ」という声にびっくりして(この世の終わりかと)階下まで見に行ったことが有ります…。
[一言] お母さん、面白い方ですね。それを小説にしたのも面白い!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ