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テオとエリアスの幸福な食卓  作者: 穂高絢乃(こむぎこ)
一章 変わり果てたけど生きている
10/16

10 エリアス=ハーランドという化物


 弱者に求められるものは大抵三つある。


 暴力の受け皿になること。

 性的な捌け口になること。

 そして、恥を晒して笑い者になること。


 エリアスの場合に限っては、この三つすべてに文字通り『死ぬほど』施してもいいという最悪な前提がついていた。


 頭蓋骨が折れて顔面が変形するまで石を振り下ろしてもいい。気が向いたときに床に踏み倒して脚を開かせてもいいし、家畜や魔物に犯させ、膨れた腹が破れる様を見世物にして笑ってもいい。

 遺体は好きなだけ弄んでいい。落とした手足を本体(・・)の目の前で蹴り回して遊んでも構わないし、そのまま刻んで食べさせてもいい。泣いてえずきながら自分の切り身を食べさせられる様は面白い。


 不死の体にも確かに宿っているはずの『人格』を無視した手酷い扱いの数々は、あっという間にエリアスの精神を壊し、元あったプライドや人としての尊厳を全て奪って空いた隙間に彼がいかに惨めな存在なのかを叩き込んだ。

 そんな扱いは元を辿れば、彼への恐怖に他ならなかった。不老不死は永遠の憧れだ。そして、憧れに過ぎない存在のはずだった。空想や神話にしかあり得ないはずの『不死』の者が、意図せず目の前に現れたとしたら——。



 歴史上にたった五年ほど、爆発的に不老や不死の存在が増えた——と言ってもせいぜい世界中あわせて数十人程度だが——時期があった。ちょうどその最初期の存在がエリアス、最後期の一人がテオドゥーロだ。

 人類史上最大の憧れと言っても過言ではない不老不死の力を手に入れるのは決まって若い少年少女で、その全ては偶発的なもので、百年以上が経った今でも誰もその論理を解明できていない。なぜあの五年程だけだったのかも。なぜ同じような年齢の子供ばかりだったのかも。しかし、当時はあらゆる魔術師、錬金術師、学者や軍人がこぞって不老不死の術を我がものとして確立しようと必死になった。

 あらゆる手を尽くして不老不死の力を手に入れようとした。そんな権力者たちのうち一人が諦め、二人が諦め、十人千人何万人が諦め果て、やがて興味を失い、『不老不死』は改めて伝説の存在へと戻っていった。


 当の不死者たちのその後は様々だ。追手を振り切って自立し、早くに旅人となった者。今も不老の美術品として飾られている者。自決の術を見つけ、もうこの世にいない者。テオドゥーロのように自身を知る人間を全て殺した上でひっそりと生き続けている者もいる。

 そんな中で、エリアスはとにかく運が悪かったのだろう。戦争捕虜という著しく立場の低い状態で不死の術などにかかったものだから、あっという間に人権のない存在となってしまった。


 様々な死因を与えて復活までのデータを取る。

 あらゆる術式の上に縛りつけて、あるいは薬品に漬けて、魔力値やその変化を測る。

 初めは曲がりなりにも貴重なものとして扱われていたが、エリアスは絶望的に被験体に向いておらず、徐々に確実にその価値を落としていくことになる。何故ならエリアスの復活には『左手の薬指を残すこと』だけでなく『誰の目にも触れない』こと、加えて『不特定の距離まで離れるか、意識の中から外す』ことが必須だった。つまり、左手の薬指を核として、誰の目にも意識にも留められない状態——あるいは誰かの意識下にはあるが指から相当な距離を取っている場合、のみ、蘇った。観測が不可能だったのだ。

 この特性は『意味不明だ』と酷く研究者たちを苛立たせた。意味があるとすれば、死体から蘇るメカニズムの解明を阻んでいるような……そんなところも不快だった。


 実験台としてうまく運用できないことがわかってくると、次第に彼は恐れられるようになった。

 彼は人智を超える存在なのではないか、と。


 悟られてはならない。不死という能力はほとんど全能に近いことを。

 思い込ませなければならない。彼の死に意味などないと、彼の生になんの価値もないと。

 さもなくばどんな脅威になるかわからない。


 術の核である件の指を切り刻めば死に至るだろうが、そもそも本当に『死ぬ』のかどうかもわからない。時間がかかるだけかもしれないし、案外いつも通り蘇るかもしれない。それこそ誰も想像のつかないような方法で、今までの煮えたぎる復讐心をたたえて、不意に目の前に現れるかもしれないのだ。


 ——この不死の化物が敵に回ったら終わりだ。


 そんな恐怖から人々はエリアスをとにかく痛めつけた。

 何度も何度も苦痛を与えて殺し、次は楽に殺してやるから言うことを聞けと顎を掴んだ。裸のまま扱い、お前の存在は生命への冒瀆だと説き、晒した死体の腐りゆく様を蘇った本人に聞かせては取り囲んで嘲笑った。

 当時十三歳程度だったエリアスの心身は疲れ果て、命令なしには立ちあがることすら出来ないほど思考能力を失ってしまった。精神は完全に崩壊していた。甚振られて泣いて必死に許しを乞うて、それでも許されずに殺され続けるだけの、哀れな人型の化物と化していた。



 エリアスは不死ではあるが完全な不老ではなく、ごくごくゆっくりと成長していた。死亡から蘇生までの間隔は例の条件のせいでまちまちで、窓のない環境に押しこめられることもしばしば。昼夜の感覚も日付の感覚も失い、自身に百五十年もの時間が流れていることに気づく余裕もなかった。

 だから当然、分からなかった。あるきっかけで逃げ出すことになる直前まで約二十年間、同じ人間に飼われていたことを。

 はじめは六歳の幼児だったその男はエリアスと違ってすくすくと成長し、十七歳程度のエリアスの外見年齢を追い越していった。


 研究や実験のためでもなければ畏怖や恐怖のせいでもない。大義名分など何もない。

 ただただ自身の愉快な娯楽のためにエリアスを踏み躙り、数え切れないほど何度も嬲り殺し、嘲り、晒し、あらゆる非道の限りを尽くしたその男の名は——

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