1 まだ知らない再会
昔むかし、ハスタベルクという国のある街に、仲のいい二人の少年がおりました。
ひとりは赤銅色の髪と目をした『テオドゥーロ』。快活で表情が豊かで、誰にでも好かれる少年でした。
ひとりは真っ黒な髪に深緑色の目をした『エリアス』。礼儀正しく利発だけれど、本当はテオドゥーロと同じくらいイタズラ好きでした。
良いことをするのも悪いことをするのもどこへ行くにも一緒の二人でしたが、あるときテオドゥーロは人攫いにあってしまいます。テオドゥーロは番号と印と値段をつけられ、召使いにも満たない奴隷としてどこか遠い国へ売り飛ばされてしまいました。
エリアスはテオドゥーロが奴隷になったことを知りません。突然姿を消した親友を、ただただ毎日必死に探していました。しかし程なくしてエリアスはテオドゥーロを探すことができなくなります。戦争が始まったのです。テオドゥーロに対して後ろ髪を引かれる思いではありましたが、少年兵として前線に出されたエリアスは勇敢に戦いました。そしてやがて敗戦国の捕虜として拘束され、新たな魔法をつくるための実験体にされてしまいました。
あれから何年、何十年が経ったでしょうか。
テオドゥーロは労働力として家畜より手酷く扱われ、どこかの荒れた土地で野垂れ死んでしまったそうです。
エリアスは国から団体へ団体から別の団体へ売り回され、今もどこかで実験体として再利用されているそうです。
実際のところ、もう誰も彼らのゆくえを知りません。けれどひとつだけ確かなのは——仲睦まじかった二人の少年は、楽しかった日々の思い出はそのまま、終ぞ再会することは叶わなかったのです。
なんともよくあるお話ですね。
おしまい。
◆
何年も鳴り続けていたピアノの音が止まる。
曇ったガラスのダンスホールもがらんとした回廊も枯れた花瓶も、何もかもが眠るようにうっすらと埃をかぶっている。その埃の片隅がほんの少しだけ動いた。
「……人の匂いだ」
歳は17歳前後だろうか。リボンでひとつにまとめて背中に流した赤銅色の髪を揺らして、貴族のような姿の青年が立ち上がった。
ほつれた絨毯を歩く足は徐々にはやまり、玄関にたどりつく頃には小走りになっている。
豪奢な扉を開くと、降る雪が巻かれ冷気がなだれこんできた。普段の青年なら思わず自分の肩を抱いて踵を返していただろうが、今日だけは意識の端にもひっかからない。門の外の石畳をブーツの底が打つ頃にはすっかり全力で走っていた。
屋敷の外は雪に包まれた深い森だ。全容を把握しているわけではない森を、彼は迷いなく走り抜ける。
ひさかたぶりの匂いのもとに辿りつくと、そこには雪にまみれた黒髪の青年が横たわっていた。
身体の上に雪が積もっているわけではないため、恐らくここで行き倒れたばかりなのだろう。この凍てつくような気候にも関わらず、身につけているのは薄く簡便な布一枚で、裸足の足裏は凍傷になっている。それに加えて全身打撲痕に裂傷に擦り傷にとあらゆる傷だらけだ。
打ち捨てられたような姿の黒髪の青年を見おろしてしばらく、赤髪の青年は初めて寒さに気づく。思わず身を震わせながら、自分より幾分も寒いであろう行き倒れの彼のそばにしゃがみこんだ。衰弱しきった姿ではあるが、どうやら歳は赤髪の青年とさほど変わらなさそうだ。
赤髪の青年はおそるおそる黒髪の青年の喉元に触れた。
微かな白い吐息。
とくん、とくん、と血の流れる音がした。
「ひっっっっ……さしぶりの人だぁ……!!」
赤髪の青年は力強く両手を突き上げ、半泣きで天を仰いだあと、黒髪の青年の頬にビンタをかまそうと手のひらを振りかぶった。そして彼の様子に気づいて思いとどまる。そうだったこの人超寒そうだし傷だらけだった。今叩き起こして屋敷まで歩かせるのかわいそう。
「行き倒れ……だろうけど……なんにも持ってないな」
赤髪の青年は、割れ物を扱う手つきで黒髪の青年を抱きあげる。凍傷に隠れた足の裏の切り傷に雪が詰まっているのを見て、痛々しさに目を細めながら。
ボロ雑巾の青年を屋敷に連れ帰った赤髪の青年は、まずは服を脱がし——というよりは身体を覆う布を引っぺがし、身体をあたためつつ、汚く固まった血を優しく洗い流した。
彼は回復魔法の類が使えない。
その代わりに屋敷に置いてある薬を傷口のひとつひとつに丁寧に塗って、清潔な布で手当てをし、自分の服を着せてやった。
黒髪の青年は赤髪の青年より一回り背が小さいようで、少し丈があまった。
そこまでしても黒髪の青年は一向に目を覚まさない。
白銀の森の中に打ち捨てられていたような青年を見おろしながら、彼は「よっぽど酷い目にあったんだなぁ」と愛しい気持ちになった。
「雪の中に薄い服一枚で倒れて寒かったよな。一番やらかいベッド貸してあげるからね」
眠る青年に向かってそう呟いてから、青年はここ数年暇すぎてひたすらピアノを弾いていたことを思い出す。ここ数年ずっと、だ。つまり何一つ家具の手入れをしていない。
全力で走ってベッドの上の毛布を叩いて叩いて、いくら叩いても無限に舞いあがる埃に「これ無理じゃね?」と気づき、結局押入れから新しい毛布を引っ張り出した。
大差はないかもしれないが、刺繍が日に焼けて色褪せていないだけいくらかましだ。
埃まみれになった全身をはたきながら小走りで黒髪の青年の元に戻り、そろそろと慎重にベッドまで運ぶ。
柔らかい布に体を沈ませ、新しい毛布を肩までかけてやったところで、黒髪の青年が緩やかに目を開いた。
「あっ……起こしちった」
まだ毛布から手を離してもいなかった赤髪の青年は、眉を下げて申し訳なさそうに笑う。
「はじめまして。気分はどお?」