平成最後の除夜の鐘
お父さんたちが紅白歌合戦を見ている横で、私は友達の恵子とLINEしていた。
恵子は同じ中学の同級生で、一番の親友。
だけど、それも来年の三月まで。
バレー部のエースとして、最後の県大会を優勝に導き一躍高校バレー界から注目を集めた恵子は、来年から県外の強豪校に行くことが決まっている。
おおとりでアラ〇が歌っているのが聞こえてきて、今年はトキ〇が出ていない事を思い出して余計つまらなくなり、その事を恵子にLINEすると
『芸能人を目指しているくせして、お酒を飲んでいる男の部屋に行ってキスされたからって大騒ぎして、自分の為なら普通に枕営業だってするんでしょ!』
と、恵子からの返信が帰って来た。
枕営業って話はよく聞くけれど、実際に“私は枕営業をしました”という人は見たことも聞いたこともないから本当かどうかは分からない。
だけど、嫌な相手でも少しでも自分に徳があればという思いで、メンバーの人のマンションに行ったことは確かだ。
おかげで今年はトキ〇が出ない。
売れるか売れないか分かりもしない新人タレントの消滅と引き換えに、トキ〇が失ったものは余りにも大きい。
いつの間にか紅白が終わり、お母さんが年越しそばを作るために、台所に向かう。
あー今年も、もう終わり。
平成最後の大晦日。
来年から私はもう、ひとつ昔の年号の世代になってしまうんだなと、しみじみ思っていると、台所のお母さんに呼ばれる。
「美沙!あんた女の子なんだから少しは手伝いなさい」
はいはい。チョッと自分が忙しくなると、いつも女の子なんだからあれしなさい、これしなさいと駆り出される。
弟のノブなんて、ずっと二階でゲームしていて、何にも手伝わなくて良い身分だわ。
よっこいしょっと。
嫌々腰を上げてこたつから出る。
だって、もたもたしていると、お母さんが癇癪を起しだすから。
そうなると、今度はお父さんにまで怒られる。
どうせ手伝わないといけないんだから、渋々手伝ってチクチク言われるよりも、早くやって褒められる方がマシ。
仕方がないから、手伝ってやるか!
『だからお母さん、お年玉はずんでね♡』
家族で年越しそばを食べ終わると、私は家を出た。
「なるべく早く帰るのよ」と、後ろからお母さんの声が聞こえる。
年に一度ある、親公認の夜更かし。
自転車を飛ばしてお寺まで行く途中の交差点で、恵子と正人の二人と合流して、次の曲がり角で後ろから追いついてきた裕司が合流して来た。
三人とも幼稚園からズット一緒の、いわゆる幼馴染っていうやつ。
正人は背丈が私くらいで、小柄だけどサッカーが上手い。だけど勉強は苦手なイガグリ頭のお調子者で、ドが付くスケベ。
二年生の時なんか「美沙、チョッと名札見せて」って言われて、見えやすいように胸を突き出したら揉まれてしまい、それ以降私はトラウマになっている。
裕司は逆に背が凄く高くて、野球部でキャプテンをしていた確り者で、勉強も出来る。
夏までは坊主頭だったけど、三年生最後の大会が終わってから髪を伸ばしだすとイケメンだということが発覚して、最近は結構女子の間で噂になっている。
三人ともバリバリの運動部で、私だけが文科系の文芸部。
文芸部というのは、詩や小説などを作る部活で、私は一度だけ市が発行する文芸誌に短編小説が掲載されたことがある。
そのときは滅茶嬉しかったけど、今は超スランプで何を書いても途中で挫折してしまい終わらない。
キィーッという甲高いブレーキの音で、正人が自転車を止めたのが分かった。
「お前、たまには自転車のメンテナンスしないと、そのうち事故るぞ」と裕司が注意する。
そう。正人の自転車は音だけは凄いんだけど、全然止まらない。
「大丈夫、大丈夫。危ない時はサッカーで鍛えた足ブレーキがあるから」
余裕の表情で答える正人の頭頂部に、恵子がげんこつを見舞う。
ゴツンという地響き。
手加減なし。
「アホ!危なくなってからじゃ遅いわっ!」
「恵子に殴られたぁ~」と、涙目の正人が私に助けを求めて来たので、私はとっさに裕司の後ろに身を隠す。
「ちぇ~っ」と、残念そうに正人が言った。
『くわばら、クワバラ』
やっぱり私に抱きつくつもりだったんだ。
もう、本当に正人は馬鹿でドすけべで油断ならない。
“ゴーン”
“ゴーン”
「おっ!始まったみたいよ!」
恵子の合図で、みんな一斉に階段を駆け上る。
「よぉ~し、俺が一番だ!」と正人が叫ぶと「負けるか!」と恵子と裕司の声がハモる。
運動部の三人VS文芸部。
私は、あっと言う間においてけぼり。
それでも、文芸部代表として負けるわけにはいかないと、私なりの猛ダッシュ。
子供のように駆け上っていると、前の方にアベックらしいシルエットが見えた。
『あれ?前を登っているのは前川先輩……』
見覚えのあるシルエットの横には、もう一つの見覚えのあるシルエットが並び、私は走っていた足を止める。
前川先輩の横に並んでいるのは、同じ文芸部の三年生の野沢さん。
前川先輩は前文芸部部長で、今は高校生。
去年、卒業するする前川先輩の第二ボタンを貰おうと恵子について来てもらった時、偶然そのボタンを野沢さんが貰っているところを目撃してしまった。
勇気を出して告白しようと思ったのに、告白する前に、あえなく撃沈。
二人は私に気が付かないまま、私の前をゆっくりと登って行き、私は距離を空けるように更にゆっくり登る。
告白してはいないから二人は、私が前川先輩の事を好きだったなんて知らない。
だから、堂々と抜いて行けばいいのだろうけど、それが出来ない。
俯きながらゆっくり登っていると、参道の階段に電信柱が立っている。
こんな所に電柱は無かったはずと、不思議に思って顔を上げると裕司が立っていた。
「あれ?みんなと競争して上がったんじゃなかったの?」
「誰が、競争して上がったって?」
裕司の後ろから、恵子と正人が、ひょっこり現れた。
「さあ、平成最後の除夜の鐘でも突きに行こうか」
みんなが手を伸ばして、私を誘ってくれる。
私は嬉しくなって、小さい頃よくやった、ある勝負を思いついて言った。
「じゃんけんしよ!」と。
そしたら、みんなも付いて来てくれた。
「最初はグー。じゃんけんポン!」
私がチョキで勝った。
「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」
私は六段上がってニッコリと勝ち誇ったような笑顔を見せて笑う。
「次は負けないわよ!」
恵子が言う。
「運動部も文化部もハンデ無しだから俺も負けない」
と裕司が言う。
「背の高さが関係ないから、俺も負けない!」
と正人が言うと「これだったら頭の良し悪しも関係ないものね!」と恵子が突っ込みを入れる。
中学を卒業したら、みんなバラバラの高校になるかも知れない。
だけどまた来年も、この同じメンバーで鐘を突きたいと思う。
平成最後の除夜の鐘に、悪い思い出はみんなお祓いしてもらおう。
そして来年は、まだ知らない新しい年号の鐘をみんなで突こう。
四人でするじゃんけんは、いつまでもこの長い参道の階段のように続く。