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無題  作者: ナナシ
第3章
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第41話 『男には我慢出来ない一本がある』

 いまだ正午には少しばかり早いものの充分な陽射しによる暖光を感じ取れる街並みの中、なし崩し的におつかいへと駆り出されることになった三名の靴音が規則的に響く。


 現在フュフテ達が歩くのは喧騒に溢れた広場方面ではなく、住民の居住区や商店が入り組む閑静な路地。

 迷路のような通りを奥へ奥へと進むに連れてまばらな通行人や日の光も鳴りを潜め、どことなく暗い様相を見せ始めたのを感じ、二人の尻を追いかけていたフュフテは不安を抱いた。


「一体、どこに連れて行かれるのか?」

 そう考える最後尾の尻は、時折吹き抜ける風にさっきまで日差しで相殺されていた寒さを不意に感じて、柔らかな肌をふるりとさせる。


 今朝方、暗ぱんさんをシャルロッテに取り上げられてしまったせいで、久方ぶりにフュフテは上着一枚にノーパンという卑猥なスタイルに戻ってしまっている。

 なにやら以前彼女が口にしていた「とっておき」とやらに、暗ぱんさんが必要であるらしい。

 脱がされることに「嫌だ嫌だ」と放電して抵抗する下着を力ずくで剥ぎ取り満面の笑みで握りしめるシャルロッテに歯向かうなど、どう考えても出来る訳がなく。


 そのため、今現在寒風が裾をなびかせる度に白桃が皮を震わせてしまい、フュフテは下着の大切さを改めて認識していた。

 例え大部分が露出している布であったとしてもモロ出しよりは遥かにマシであるし、安定感にも大きく差がある。

 前も後ろも自由奔放にフリフリしている現状は、色々と落ち着かない。

 こんな格好でいままで平然としていたのだから、慣れとは怖ろしいものだ。


 そんな、初めて文明に触れた原始人みたいな思考に埋没していたフュフテは、


「あれ? おっさんいねえなぁ。今日休みか?」


「店は空いてるよ? ......不用心だね。なにか、あったのかも」


 いつのまにか目的地に着いていたらしく、伏せていた面を上げて立ち止まった二人の背中ごしにそちらを見やる。


 この一帯の建物と同様に木造のそれは個人商店というに相応しい小規模なもので、三階建ての内一階部分を店舗として利用しているらしい。

 魔道具を専門に取り扱っているのか、シャルロッテの室内に転がっていた数とは比べ物にならない量が一面の棚に居並ぶ様は壮観であり、そのどれもが手作り感満載であることからひょっとすると自作の代物なのかもしれない。

 それにしても、一見しただけでは価値を測れないものの性質上それなりに値がはるであろう商品の、盗難防止用に置かれた椅子が無人であるのは確かにいただけない。


「おーーい! おっさん、いるかー? 俺だ! 俺が来たぞ!」


 おっさん、というのがおそらくは店の主なのだろう。

 旧知の間柄らしきマイケルがずかずかと店内に入り込み、少し奥まった箇所にある階段下から上階へと呼び声をかける。

 すると、


「あぁぁぁーーッ!!」


 その返答とでも言うように女性の叫び声のようなものが上から聴こえて、マイケルを筆頭に皆の顔付きが強張った。


「なんだ? いまのは......?」


 感情の昂りを全開放したかのような尋常ではない声音に事件性を感じ、非常事態の可能性に至ったマイケルがシリンを振り返ると、真剣な表情の頷きがひとつ。

「美少女は真面目な顔もかわいいぜ!」とマイペースの野菜が、意を決して階段を駆け上がろうと足を上げる。

 だが、


「上がるんじゃねぇッ!! くそっ......! 何でこんな時に、来やがるんだお前は......」


「おああッ!! びっくりしたッ! ......ん? なんでおっさん、泣いてんだ?」


 急に階段上部から、ぬっと姿を現した大男の登場に遮られて、マイケルはあやうく階段を踏み外しそうになった。


 狭い通路をみっちり塞ぐくらいに逞しい肉体のその男は、見上げる視点も相まってまさに肉壁のよう。

 野太い声と厳つい髭面という組み合わせは、見る者に豪快な印象しか抱かせないであろう。

 間違っても、こうして中年特有の目ジワに涙をたたえる姿など人前で見せる筈がない、そう思えるくらいに。


 マイケルの疑問には答えずズシズシと段差を軋ませて降りてきた男は、全身で押し出すように全員を一階店内へと戻し、そのまま入り口の椅子へと腰掛けた。

 荒々しい仕草で胸元を漁って煙草を取り出し、小さな赤い魔石が付いた道具を先端に当てる彼は、程なくして深々と吸い込んだ紫煙を大量に吐き出す。

 見事に内心の重さを乗せた煙と虚空を睨みつける血走った視線が、おっさんの荒れようを雄弁に語っていた。


「ど、どうしたんだ......? なんか、あったのか? おっさん」


「ふうぅぅー......すまねぇな、マイケル。怒鳴っちまってよ。相変わらず間が悪い奴だな、お前は。だが......正直お前が来てくれて助かったかもしれん。

 あのままだと、俺は危うく人をひとり、殺していただろうからな」


「まじかよ、どうしちまったんだおっさんッ!? おっさんがそんなになるなんて......はっ! もしかして、メイちゃんに何かあったのか!?」


 聞き逃せない物騒な一言に目を剥くマイケルは、ここまでおっさんが荒ぶる原因はこれしかない、と思い付きを口にする。

 彼が大切に面倒を見て共に暮らしている姪っ子の安否以外に、外見に反して割と理知的な彼が我を失うなど想像もつかなかったからだ。


「ーーッ!! くっ......ッ! メイは......メイは今......ッ!!」


 カッ、っと眦を裂き、血涙を流して体を震わせるおっさんが言葉を詰まらせると、



「いやあぁぁーーーーッ!」



 ひときわ大きな声が三階から響いてきた。


「おいッ! 何やってんだおっさん! あれメイちゃんじゃねぇのか!? くそっ! こうしちゃいられねぇ!」


 周囲に響き渡る知人の悲鳴を耳にしたマイケルは、ヒーローになるために颯爽と走り出そうと身構える。


「やめろッ! これは、仕方ねえんだッ! ......メイも、合意の上だ」


 がしかし、寸前でおっさんに腕を掴まれて強制的に制止。

 その光景を側で見ていたフュフテは、椅子に腰掛けながらも左腕一本で若い男を押し留める程の剛の者が、身内であろう女性の危機を放置している理由が分からず首を傾げた。



 ーーいったい、どんな事情が?



 買い物に来ただけなのに、こんな穏やかならぬ事態に直面するとは思ってもみなかった。


 というか、ほんとうに助けに行かなくていいのだろうか?

 もし仮に階上で暴行が行われているとすれば、いくらなんでもこのまま見て見ぬ振りは出来ない。

 それはマイケルと同じく、隣で今にも剣を抜きそうなシリンもそうだろう。


 さらに言うなら、相手がどんな輩なのかは分からないがここにはそれなりの戦力が揃っている。

 マイケルはともかくシリンは相当な実力者であるし、おっさんも充分に強そうだ。

 自分はちょっと尻がおかしくなっているから万全では無いにせよ、体術でそうそう遅れはとらない。......たぶん。


 必要であれば力になる、そう告げようと口を開きかけたが、



「仕方ないってなんだッ!? ......見損なったぜ、おっさん。たとえ止められても俺は行くぞ!

 力がないからって黙って見過ごしたら、俺は野菜と変わんねぇッ!」


「馬鹿野郎ッ!! 俺だってな!? 止められるもんならとっくに止めてるに、決まってんだろうがッ!

 ......そういうんじゃねえ。お前が考えてるような......そういうんじゃねえんだ、これは」



 マイケルの心の叫びを聞いたおっさんが鼓膜を震わす怒声を発した後、しおしおと掴んだ腕を力無く落とすのを目にして、ひとまず開けたお口を閉じた。



「......十日ほど前だ。突然メイが、男をひとり連れてきた。根無し草の旅人らしくてな。あいつは人がいいから、困ってる奴を放って置けなかったんだろう。

 実際そいつは多少遊び人みたいなナリをしちゃいるが、話してみると中々の男でな? 礼儀も悪くねえし、数日くらいなら泊めてやるのも悪くなかった」



 再び煙草に火をつけたおっさんが、身の内に燻る煙を吐き出す。



「メイの様子がおかしくなり出したのは、二日目くらいか。俺が用事でちょっと店を離れて戻ってきた時には、二人の間に妙な空気が出来てやがった。

 それからだ、メイが変わったのは。たぶん、あの男に惚れちまったんだろう。それはまだいいッ! いや、よくはねえが仕方ねえ! 

 面倒みてるとは言え、メイにも自由はあるだろ!? そこは干渉するとこじゃねえんだ!

 だが、だんだん度を越してきてな。まさか、昼夜問わずおっぱじめる様にまでなるなんて......ッ!!」


 話す内に込み上げてきたものを抑えきれないのか、火の付いた煙草ごと握りしめた拳から激情の煙が上がっている。



 え? そういう事なの?

 それはなんというか......ご愁傷様です。


 おっさんの話を聞いて、確かに「そういうの」ではなかった事は理解できたが、まさか別の「そういうの」であったとは予想外だ。

 それは二人も同様であったようで、マイケルは呆然とおっさんを見つめているし、シリンは「よく分からない」という顔で目をパチパチさせている。


 しかしそういう事情であれば、助けに入る訳にはいかないだろう。

 互いに合意の上でお楽しみの最中に乱入してしまっては、どちらにも困惑しか生まれない。

 逆にそこまで一線を超えてしまっているのならば、下手をすると更に彼女らの熱に火を点けることになる恐れもある。



 煙草と同じで、一度点いた火は中々消えないものだ。



 何度も吸って、徐々に鎮火させていくしかない。

 人によっては一本が終わるのにすごく時間がかかるし、満足出来ず即二本目に突入するかもしれない。

 故郷のお姉さんがそう言っていたから、きっと間違いないだろう。


 もう少し三階の獣たちには色々と考慮してもらいたい所だけれど。


 そうひとり結論付けた後、なんとはなしに周囲を見渡す。

 するといくつかの家々からは住人の姿が垣間見れ、目が合うと生暖かい笑みを返してくる人ばかり。

 これだけの大声であれば否応無く耳に入るであろうし、連日ともあればもはや笑うしかない。


 ところで今しがた気付いたのだが、二軒先くらい向こうの店は衣服を扱っているらしく、店員のお姉さんが興味津々な表情でこちらを伺うのが見える。


 もう僕、服を見に行ってもいいですか? ーー。



 建設的な思考に身を委ねる尻は、どうやら状況の改善を諦めたようで。

 気不味いとしか言いようのない重い空気の中、



「ーーーーラァァッシュ!!!!」


「はああぁぁぁーーーーんッ! イ......ッ!」



 とてつもなく破廉恥な大声と、ナニカが噴出したような謎の音が辺り一帯にこだまして、一本終了のお知らせをご近所さんにお届けした。

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