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無題  作者: ナナシ
第3章
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第37話 『快楽は続くよどこまでも』

 真の姿を解放したバニードと、進化した悪魔の決戦。

 それは言葉では表す事の出来ない、とてつもない濃密さを伴う激しいぶつかり合いであった。


 結果的に、激闘を制し勝ちを収めたのはもちろん我らが隊長、バニード=ドエムノその人。

 そしてまた、彼の秘めたる力の一部始終を無理矢理に目撃させられたフュフテは戦闘の緊迫感からようやっと解放され、まだ碌に回復していない身体をサマンサに預け、現在帰路につく最中である。


 一定のリズムの揺れを剥き出しの尻で感じる中、


「隊長は、やっぱすげぇ強かったな。俺もいつか、あんな風になりたいぜ!」


「うん、本気を出した時の隊長はすごい、ね。......不思議だな。私も真似して叫んだら、強くなれるかな?」


 強い存在に憧れる少年らしい輝きを瞳に宿すマイケルと、「どうやったら気持ち良くなれる?」と純朴そうに首を傾げるシリンが並んで歩くのを後ろから見ていたフュフテは、


「ええっ......ふたりとも、本当にそれでいいの?」


 サマンサに背負われながら、心の内でそっと突っ込んだ。


 ふたりの尊敬にも似た視線を背で受けながらひとり先頭を歩むのは、黄金の鎧を身に纏う「せいぎ」の勝者、バニード=ドエムノ。

 振り返る事なく出口目指して皆を導くシルエットは、隊を預かる存在としてより一層のカリスマ性に満ちているようにも思える。


 そんな頼れる男バニードは見事あの凶悪な悪魔を下した直後、即座に迷宮都市への帰還を宣言した。

 激し過ぎる戦いの余韻を全身から発しながらも、理性的な思考を失わずに行動できるというのは驚嘆に値する精神力。

 ましてや、思わぬ激戦によるメンバーの消耗と探索者ニ名と尻ひとつの怪我人が出たことから、その判断が妥当であるのは言うまでもないことで、彼の背中を眺めるフュフテは、


「色々と変態だったけど、立派な人なんだなぁ......」


 なんだかよく分からない感動と賞賛を抱きつつ、先刻のバニードの雄姿を思い起こそうとする。



 ーーが、どうしてもうまく回想することができなかった。



 決してバニードの戦いを見ていなかった、という訳ではない。

 いくら紳士から変態に転職したとは言え、自分たちのために体を張って戦っている人物を無視出来るはずがない。

 つまり、より正確に言うならば見なかったのではなく「見れなかった」という表現が正しかった。



 それには、三つの理由がある。



 まずひとつは、単純にバニードと悪魔の戦闘が高次元に過ぎた、という点だ。

 黄金鎧の力を解放する前段階ですでに身体強化、色彩で言えば十倍以上の緑色を発現していたバニード。

 相当に速い彼の動きは、黄金のオーラを纏ってからはさらに段違いの速度へと昇華される。


 対する悪魔も、黒いオーラを溜め込んだ魔本をいくつか吸収した事で身体機能が上昇したのか、自分が交戦した時より遥かに強く変化していて。

 そうして両者の戦闘力が自分の認識できる知覚範囲を軽く凌駕してしまい、闘いの大部分が光と音でしか捉えること叶わなくなってしまったのだ。


 といっても、鮮明に覚えている光景もあり、それが二つ目の理由。

 主にバニードの、



「その程度か?」

「まだまだァッ! お前の責めは甘い!」

「さあ来いッ! 私をもっと、気持ちよくさせてみろォォーーッ!!」



 ンマーーーーッ!!



「いいぞ! 昂ぶってきた......っ!」

「よい目をしている。見せてみろ......お前の、全てを!」

「分かっているぞ? お前も、気持ちいいんだろうーーッ!?」



 ンマーーーーッ!!!!



「んはあぁ......これは、遊んでいる場合ではないな......!」

「ぐっ! み、見事だ! しかし、残念ながらここまで!」

「今から、お前の攻撃と私の性感、どちらが上か教えてやろう」

「私の官能は、誰にも越えられないーーッ!」



 ンマ! ンマ! ンマーーーーーーーーッ!!!!!!!!



 こんな感じの台詞ばかりが、不本意にも脳裏に焼き付けられてしまったせいだ。


 なにせ、一言発する度にわざわざ戦闘の手を休めて、互いに見つめ合いながら一方的に語りかけるのだ。

 雄叫びを上げている間は動きが高速すぎて全然見えないので、このサービス精神のおかげで大体の状況を掴めるあたりに少しの有り難みと多大な気持ち悪さを感じて、記憶に強く残ってしまったのは仕様がない事でもあるだろう。



「旦那は、感じれば感じるほどに強くなるんだ。そして、一線を超えると......『ゆく』」


「......ゆく? それは、どういう状態なんですか?」


「詳しくはあたしにも分からないさね。でも旦那が言うには強烈な快感らしいよ? 

『ゆく』回数が増えていけばそれが溜まっていって、限界まで達すると『ゆくゆくさん』になるらしいね」


「どうして、『ゆく』に敬称がつくんですかね?」


「それだけすごいってことじゃないのかい? ......あたしの感覚じゃないからね!? 旦那が言ってるだけだから、誤解するんじゃないよフュフテ!」



 そんな合間合間にサマンサと会話を挟みつつバニードの危険な秘密を聞いていたが、やはり目の前のぶつかり合いの方がよっぽど鮮烈であり、津波のような騒音とあえぎ声の本流に飲まれそうになる。

 弾ける戦闘音と男の嬌声。

 双方の絶妙なハーモニーはこれほどまでに人の脳を腐らせるものなのか、と戦慄し、いっそ耳を削ぎ落としたくなるくらいの不快を感じる悪夢のような光景に耐えていると、



 ンンンン、マッッッハアアアァァァッ、ユ、ユクゥゥーーーーーーーー!!!!



「あ! あれ、『ゆくゆくさん』になったんじゃないですか!? ですよね、サマンサさん?」


「ああ......なったね。あれが旦那の、『ゆくゆくさん』だよッ!」


 バニードがもうなんか凄い状態になり、全身から色んなナニカを噴き出して盛大にパワーアップする。

 口元が「ン」と「マ」を形作ったかと思った次の瞬間には、爆発的な吐出音が何処かから響いて、それを受けた悪魔がゆっくりと消滅していった。



「私を真に『ゆかせ』られるのは、妻だけだ......ッ!」



 キメ台詞を言い放ってこちらを振り返るバニードの眼差しを受け、面を紅潮させるサマンサ。

 そのやり取りを見てなんやかんやでお腹が一杯になった自分は、「結局『ゆくゆくさん』とはなんだったのか?」という点に思考の大半を持っていかれてしまい混乱。

 バニードの雄姿を詳細に覚えていない三つ目の理由が、これに当たる。


 こうして、悪魔的変態と変態的悪魔の闘いは終わりを告げ、朽ちた太古の聖堂には平穏が訪れたのだった。

 ずいぶんと難儀な敵であったが、それと同等なくらい味方も難儀であったのには正直驚きだが。

 何はともあれ、最終的に無事生きて帰れるのだから細かいことは考えてもしょうがないーー。



 これまでの経緯を断片的に思い出し独りごちるフュフテは、蓄積した疲労と怪我による消耗、規則的な揺れも作用し急激な眠気に誘われる。

 ゆっくりと意識を手放し安らぎへと赴く少年は、そこはかとない満足を顔に浮かべて穏やかな寝息を立てていた。


 譲れない想いを胸に秘めて死力を尽くした尻は、一時の安息を得て。

 今だけは、それもいいのかもしれない。

 次に目覚めた時は、きっと非情な現実を思い知ることになるのだろうからーー。



 ※ ※ ※ ※



「ありがとうございました。あなた方のおかげで救われました......いつか、お礼をさせて下さい」


 バニード達に助けを求めた青年が、感謝に満ちた仕草で頭を下げる。

 それに続いて、背後の仲間二人も礼を。


 残念ながらひとりを救うことは叶わなかったが、確実に失われたであろう大切な命をふたつも救って貰えた事に、何より感謝している。

 そう態度で雄弁に語る青年に対し、バニード達一行も満更でもない様子。


 迷宮内部から帰還した彼らは、都市中心部の入り口付近で互いに別れを告げる。

 随分と日が暮れて薄暗さで顔などよく見えないだろうに、その場でずっと手を振る遠くの青年に再度答えたのち、バニード達は街中に姿を消していった。


 それを見送った青年に向けて、


「それじゃあ、俺たちも戻ろう......。死んじまったあいつの分まで呑んで、弔ってやろうぜ......」


 仲間の男が湿った声をかけ、もう一人と共に歩き出す。しかしーー。


「弔い、ですか? その必要はないでしょう」


 今まで聞いたことのない冷ややかな青年の声に立ち止まり、振り返ろうとした刹那、


「なにせ、これから同じ所に行くのですから」


 体幹を凍てつかせる冷気の刃に全身を貫かれ、二人の男は絶句しながら地に落ちた。

 信じられない青年の行動に、


「なん、だこれ......! ま、魔法......? お前、どうして......っ」


「どうして、と言われましても困りますな。ワタクシは別にアナタ方の仲間ではありませんので、利用価値がなくなればそれまでです。

 それと、この青年はすでにアナタ方を向こうで待っているでしょうから、早く逝ってあげては如何ですかな?」


 理解が及ばず虫の息となって見上げる男達は、目の前の人物が別人へと姿を変えてくのをただ呆然と。

 長年行動を共にしてきた青年とは似ても似つかない灰色の髪となった男から、問いかけと同時に終焉の刃が静かに放たれて。

 最後に風にはためく法衣を視界に捉えて、二人の探索者達はその生を冷たく終えた。


 魔法で姿を変えていたのか、衣服から立ち上る魔力の余韻を白の手袋で几帳面に払う男の肩にどこから来たのか、空から舞い降りる一羽の黒鳥が静かにとまる。


「おい、失敗したのか?」


「ええ、残念ながら。それよりも、お聞きしていた話と随分違うのですが?

 黄金鎧の彼があれ程の強さなら、あの悪魔程度では力不足でしょう。舞台ひとつ作り上げるのも中々に骨が折れるのですがね?」


 人語を喋りだした黒鳥に眼鏡の奥から非難めいた視線を送り、


「そして何より、ワタクシの目をつけた少年が魔法士として抹殺対象と一緒にいた、というのが大問題です。

 おかげで万一に備えて現場に戻る羽目になりました。彼に何かあっては大変ですからね。困りますな、こういった情報の齟齬は」


「それはお前の事情だろう? 僕に言われてもそんな事は知らんよ。戦力不足というなら、アダムト。お前自身がやれば解決じゃないのか?

 手段は問わない。バニードとシリンを早急に始末してくれればそれでいいんだ」


「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きましょう。あの少年に嫌われたくありませんので。彼の身も心も、欲しいのですよワタクシは」


 そこから聞こえる男の声に頑として譲らないアダムトは、執心する少年の尻を思い浮かべて妖しげな笑みを浮かべている。


「ハァ......ならもういい。お前は王都に戻れ。やる事は幾らでもあるんだ。

 そっちには代わりに弟を向かわせる。あいつは頭は足りないが、腕だけは確かだしな」


「良いのですか? 剣聖候補の弟君であれば実力に不足はないでしょうが、少々問題があるのでは?」


「シリンとのことか? そんなものはどうとでもなる。要は方法の問題だ。

 使えるものは馬鹿でも使う。それが、僕のやり方だ」


 言うべきことは言い終えたとばかりに、黒い鳥はアダムトの肩で沈黙する。

 話し合いの結果、王都に帰還することを決めたアダムトが、その場で幾千もの氷の刃を生み出し、最後に二つの屍を原型も留めぬ程に細切れにして、一瞬で魔法により転移した。


 急激に凍てついた大気を気遣うように、地平線に去りゆく太陽が暖光を引き延ばす。

 気温差で白煙が散らされる様は、今しがたの光景が夢現(ゆめうつつ)のものであったかのようで。


 だがしかし、それは決して幻ではなかったと、もうじき一人の男によって証明される事になるだろう。

 魔を内包する迷宮都市に新たな刺客が今、放たれようとしていたーー。

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