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無題  作者: ナナシ
第3章
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第36話 『バニード=ドエムノ』

 

「バニードさん......気をつけて......」


 倒しきること叶わなかった悪魔と対峙しようとするバニードに向けて、フュフテは激励をかけようと口を開く。

 が、ほんの僅かに開けられた唇からはひゅうひゅうと掠れた息が漏れるばかりで、音は言葉としての意味をなさずに。

 指先ひとつまともに動かせぬほど疲弊しきった身体が、まるで他人のものであるかのように感じられて恐れを抱くも、どうする事も出来ずに血床に頬を貼り付けるのみのフュフテであったが、


「フュフテ! ああ、なんてこったい......馬鹿な子だよ本当に。......少し待ちな!

 シリン、あんたは向こうを頼むよ! あたしの方があんたよりまだ、魔力が残ってるからね」


 すぐ頭上からサマンサの声が聞こえる事に気付いた。

 なんとか答えを返そうとするも急に耳鳴りがして、意識が飛び飛びに。

 そうしてしばし時間の流れの中で迷子となっていたが、ふいに下半身に微かな温もりを感じたことで、意識が急浮上する。


 温かみが尻周りを中心にして徐々に広がりを見せると同時に、肌の感覚が戻ってきたのか。

 尻穴に何かが押し付けられる圧迫感や周囲の熱気、誰かが触れる温かさを認識して、かすんでいた視界が明度を取り戻す。

 朦朧とする意識の漂流から救出されたフュフテが、うつ伏せたままに首をもたげると目の端にサマンサの姿が映った。


「う......尻が......サ、マンサ......さん?」


「ふう、今はこれが限界だね。ああ、まだ動くんじゃないよ? あくまで応急処置だからね」


 そのままサマンサにゆっくりと仰向けにひっくり返されたフュフテは、尻の周りにやたらと大量の葉っぱが落ちている事に気付く。


「......これは?」


「まあ薬草みたいなもんだね。治癒魔法が使えないあたしらみたいのは、これに魔力を通して使うんだよ」


 その内の一つを拾い上げてフュフテの目の前にかざすサマンサは、「魔法みたいに万能じゃないけどね?」と苦笑を。

 色艶を失い萎びた様子の葉を見るに、使い切りのようなものだろうか? とフュフテは思う。


 なんにせよ、サマンサの葉っぱ治療によって「極限状態にあった尻」は「割とボロボロの尻」くらいには回復したようで、ずいぶんと痛みがマシになっている事に安堵。

 身を起こそうとして出来ずに、サマンサの膝上に頭を落としたフュフテは、


「バニードさん、すごく強いんですね......」


「そりゃあね。うちの旦那は王国内でも上位に入る腕前なんだ。......ただ、公には認めてはもらえないんだけどね」


「? どういう事ですか......?」


「......見てれば、分かるさね」


 眼前で片手斧を振り回し、悪魔と一騎打ちをしているバニードを見つめるも、サマンサから気になる台詞が。

 強いのに認めてもらえない、とはどういう意味だろうか。


 シリンがバニードの指示通りフュフテを連れて退却しようにも、入り口にはたくさんの亡者が。

 よって、マイケルと青年が引き連れてきたそれらとシリンが交戦。

 手が空いたサマンサがフュフテの応急処置に回る、という流れを作り出せたのは、間違いなくしんがりの役目を買って出たバニードの功績だ。


 姿形をより凶悪に変えた悪魔。

 四足歩行となって大仰な鉤爪を振るう様は、まさしく獣というに相応しい出で立ちで、唯一持っていた理性すら手放したかに見える。

 破壊した筈の首が再生し、頭部が人、両肩に犬猫、胴体に豚の顔が生えているその姿は、生物として大きく逸脱しているとしか思えない異形。


 そんな化け物とひとりで戦えるだけのバニードの力量が、何故認められないというのか?


 大幅に獣へと近付いたせいか、はたまた魔本を飲み込んだせいか。

 悪魔の動きはフュフテが戦ったときよりも数段早く、目で追うことさえ容易ではない。

「自分にはとても出来ない」であろう戦い方で、危なげなく渡り合うバニードに羨望と疑問を抱いていると、


「ッ! 硬いな! これでは、無理のようだ......!」


 一度思いきり手斧を打ち付け、鎧戦士にしたのと同じように吹き飛ばして距離を取ったバニードが、すぐ近くに滑り寄る。

 苦渋に満ちた声の先には、著しく欠けた斧の刃が。

 そうして使い物にならなくなった武器を認めたバニードは、驚くことにいきなりその場に斧を投げ捨てた。


 武器も無しに一体どうするつもりなのか、と目を丸くするフュフテの頭上から、


「あんた、アレを、やるのかい?」


「......それしか方法はない。心配するなサニー。私は今、それほど嫌な気分ではないのだ。......フュフテのおかげで、な?」


 サマンサの気遣いの声がかけられる。

 それを受けて、穏やかな眼差しとなったバニードに急に名を呼ばれ、「え? 僕?」と困惑するフュフテ。


「私は、死者と戦いながらずっと見ていた。君が、全てをさらけ出して必死に戦う姿を。

 逃げる事も出来たはずなのにそうはせず、それどころか命の危険も顧みずに、倒れるまで死力を振り絞った戦いを、だ」


 真っ直ぐにフュフテを射抜く瞳はもとから紅い色であるが、今はより一層紅く光を放っているようで。


「君の魔法は、尻からしか出ないと言っていただろう? ......人とは違う、その事に相当な葛藤もあったと思う。

 私も同じだ。気持ちは良く分かる。

 だが、そうでありながら、君は全力を尽くしてくれた! 我々のために、隠す事なく力を振るってくれたのだ。ならば、私もそれに応えない訳にはいかないッ!」


 常は冷静沈着な男が、いつになく声を荒げて吠え猛る。


 フュフテの行いが。

 他者の目を恐れず、自分の信念に基づき懸命に戦った姿が、ひとりの男の心を動かしたのだ。


「礼には、礼を尽くす! それが、私の信念。貫き通す、正しき道筋だ。私の『()()』を見せてやろう!」


 高らかな宣言の直後、無手となったバニードが自身の黄金鎧に手をかける。

 それぞれの腕で腹部の、よく見ると交差した二つの斧の装飾箇所に当たる、ちょうど柄の部分を握っていて。

 重い封印が解かれる時のような金属音を派手に鳴らし、バニードが鎧から黄金の戦斧を二本取り外した。


「外れるのかアレ!」


 この魔都に入ってすぐハゲ散らかした死者に襲われ、バニードに助けられた時に見た鎧の模様が、まさか武器になるとは。

 そんな驚きに目を見開くフュフテであったが、



「ンマァァァーーーーーーーッッッ!!!!」



 次いで上がったバニードの叫び声に、武器の驚きなど一瞬で上書きされてしまう。


 なんとも形容し難い響きを長く喉奥から出すバニードは、どういう訳か大口を開け白目を剥いていて、もし他人であったら近寄ろうとは絶対に思えない形相へと早変わり。

 黄金鎧から全身に蔓延して噴き上がる金のオーラが非常に神秘的であるのが、さらに異常な違和感を与えていた。


 尋常ではない気の昂ぶりに純白の美髪を逆立たせたバニードが踵を返し、


「私は、英雄フェリシオン=ドエムノの血を引くモノォ! 彼の斧技の正統なる継承者ァァ! ドエムノ、バニードァァァァァーーーーッ!!」


 何もかもを吹っ切る勢いで絶叫の名乗りを上げて、こちらを異常に警戒して動けなかった悪魔へと飛び掛かっていった。


「な、なんですか......!? 今のは......?」


「んん......アレはねえ、なんていうか、あの鎧のせいなんだ。あんまり見てあげて欲しくないけど、旦那の決意は見てあげて欲しい。......複雑な気持ちだよ、あたしは」


 見ないようにして見て欲しいとは、これ如何に? と無理難題を吹っかけられたフュフテは、とてつもなく嫌な予感を脳裏に過ぎらせながらもバニードの勇姿を眺める。


 確かに、バニードの動きは凄まじい。

 両手の黄金が自由自在に荒れ狂い、体捌きも上下左右、曲芸も真っ青な変則的軌道を描いて、一気呵成に悪魔をなます斬りにしていく。

 もちろん悪魔も反撃に転じているのだが、どんな攻撃を繰り出してもバニードには一向に効いた様子がない。無敵状態だ。


 そこだけ見れば、「バニードさん凄い! 格好いい!」となってもおかしくはないのだが、そうならないのは、



「ンマッ! ンマッ! んぎもぢぃぃぃーーーーンハァァァァッ!!!」



 聞くに堪えない嬌声が、彼の口から鳴り続けていたからだった。


「大丈夫なんですかあれ? すごく、変な感じになってますけど? 旦那さん」


「ちょっと! 勘違いしないでおくれ! あれは別に旦那が変なわけじゃないんだよ! あの鎧はね、着用者に力を与える代わりに、秘められたものが表に出ちまうんだ」


「秘められたもの? 本性とかですか?」


 どうなったら、あんなあられもない声が出るのか不思議がるフュフテに対し、


「......せぃ......か......たぃ、だよ......」


「え? なんです?」


 言いづらそうに目を逸らして恥ずかし気なサマンサ。

 よく聞こえなかったため、彼女を見上げて再度聞き返すと、


「っ! せ、性感帯だよッ! アレを解放すると、全身が性感帯になっちまうんだッ! 何度も言わせんじゃないよ、こんな恥ずかしい事!!」


 とんでもない回答が返ってきて、フュフテは呆然となってしまう。


 だが、なるほど。

 それが理由であれば、いつもは精悍()で至極真っ当なバニードが、あんな目を背けたくなる性感()な姿となっても何もおかしくはないだろう。

 どうりでさっきから悪魔の攻撃が身を掠める度に、ビクビクと痙攣しているわけだ。

 攻撃が効いていない訳ではなく、効きすぎて快感に変わっていたらしい。


「ちなみに、全身ってどこまでが範囲なんですか? 手足も?」


「全部らしいよ。頭の天辺から爪先まで。おまけに武器にまで及ぶって、旦那は言っていたよ。つまり......そういうことだろうね」


「武器までッ!?」と驚愕するフュフテは、


「バニードさん、なんてもの着てるんだッ!!」


 思わず心の声が表に出てしまう。

 と言うことは、バニードはすごく敏感な部分を武器にして、叩いたり擦ったりぶつけたり撫でたり、もうそれはそれは激しく振り回して戦っているということになる。

 正直そんな『()()』を見せられても非常に困る。

『正義』はどこに行ってしまったのだろうか?


 それはともかく、本当に怖ろしい戦い方だ。

 僕にはとてもできない。


 つい先ほど悪魔と戦うバニードを見て、「自分にはとても出来ない」戦い方だと思ったが、今のこの感慨のほうが比べ物にならないくらい大きいだろう。

 心の底から「すごい」と賞賛にも似たよく分からないものをバニードに送っていると、



「ンマァ、ンマァ......。駄目だ、気持ち良すぎる......ッ!!」



 再び悪魔を吹っ飛ばしたバニード(変態)が、こっちに帰ってきた。


 息遣いまで妙な感じになってしまった夫を心配し、サマンサが立ち上がってその肩に触れようとすると、


「触るなッ! ......だめだサニー! 今そこは私の男性器だ! 愛しい君にそんな所に触れられては、力尽きてしまうだろう......。許してくれ、サニー」


「あんた......」


 ばっと距離をとったバニードが、切ない目をして妻に詫びる。

 その言葉に胸を押さえて感じ入り、何故か甘い空気を発し出したサマンサと、それを見つめるバニードを見て、


「何言ってんだこの人?」


 内心で冷静な感想を述べたフュフテは、最上の紳士から特上の変態にクラスチェンジしてしまったバニードを改めてよく見る。

 見た感じでは、バニードには極上の快楽以外のダメージはなさそうで、卑猥な顔付きになっている他に副作用のようなものはないらしい。

 強いて言えば、黄金鎧の斧が外れた部分から地肌が丸見えなのが気にかかるくらいだが、さっきの痴態を見た後ではどうでもよく思えてしまうから不思議だ。


 といっても、斧の刃の部分が両胸の位置にあったため、バニードの二つの豆がモロ出しになっているのは少々いただけない。

 せめて肌着くらいは付けて欲しいものだ。

 予想外に綺麗な桃色とか、特に知りたくはなかった。


「でも言えないよね?」と、意見を口に出来ないフュフテをよそに、


「そろそろ、決着をつけて来るとしよう。大丈夫だサニー。私の快感は無限だ! あのような悪魔如きに屈する筈がないッ! 屈するのは、君にだけだ」


「頑張るんだよ、あんたッ!」


 まだ二人の世界は続いていたようで、「快楽が無限ってどういう意味?」とひとり首を傾げるフュフテを華麗にスルーして、紅目の白うさぎは戦場へと舞い戻っていった。


 黄金鎧の、そのあまりに卑猥な性能のため聖王国から敬遠されてしまい、一部からは「ドMのバニーちゃん」と呼ばれている男は、今はただ一つを求めて。

 己の信念を貫き通すため、快楽の渦中で恍惚の咆哮を上げていた。

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