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無題  作者: ナナシ
第3章
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第30話 『尻とシリン』

 

「怒られた......」


 猛撃を与えて鎧戦士を壁に深くめり込ませたバニードが、相手の動きを封じた事により生み出した時間を使って行動を開始する中、フュフテは悲しみに暮れていた。

 目に見えて落ち込んだ尻を横目に、バニードはシリンとサマンサを囲う亡者の群れへと颯爽と乱入。

 唸りをあげる戦斧で周囲を蹴散らし、その一瞬で二人を包囲網から離脱させた。


 その際に彼女らと二言三言のやり取りを交わしたバニードは、新たな獲物を喰らい尽くそうと襲い来る死者の群れにたったひとりで拮抗。

 どころか、僅かに押し返すくらいの勢いを見せ始めていることから、バニードの強さが如何に高みにあるかが窺いしれるだろう。

 そんな獅子奮迅といったバニードの戦いざまを眺めるフュフテの元に、戦場を交換したシリンとサマンサが駆け寄ってきた。


「フュフテ! あんた、怪我はないかい!?」


「はい......大丈夫です......。ありがとうございます、サマンサさん......」


 鮮やかな戦況の移り変わりを目にしながらも、お叱りを受けてショボくれているフュフテを気にかけるサマンサは充分な優しさに満ちていて、尻ドレスの心に温かい癒しを注いでくれる。

 不覚にも涙が溢れそうになったフュフテは、「やはりこの人は聖母かもしれない」と認識を良い方向に修正。

 ついさっきまで「裏切られた」だの何だのと考えていたにも関わらず、その変り身の早さは中々のもの。


 多少の優しさで簡単に揺れ動く尻は、いっそ騙され易いとさえ言えるくらいの単純さで、その上コロコロと立ち位置を変えるわりと軽い尻でもあった。


 ちなみにだが、バニードとシリンに怒られたフュフテに全く落ち度がなかった、という訳ではない。

 急を要する事態であったために『お漏らし』をしながら戦ったという事に関しては決して間違いでは無かったが、かといってバニードとシリンの会話を邪魔する程の騒音で『お漏らし』を放出する必要はなかったからだ。

 それでも豪快に水音を立ててしまったのは、フュフテにとってそれが「気持ちの良いこと」だったからに他ならない。


 より正確に言うならば、フュフテは交戦の最中、ある種の陶酔状態に陥っていた。

 迫り来る亡者と戯れていた姿は、見ようによっては舞を踊っているかのような姿であり、一種の演舞に近いもの。

 本人の自覚の有無は別として、それは観るものを存分に惹きつけるものだった。


 踊りを披露する上で最も重要なことは、「いかに音に当てるか」である。

 どれだけ洗練された技術であろうと、練られた構成であろうとも、流れる音色を外してしまえば途端に滑稽かつ無様に成り下がってしまう。

 最も基本でありながら同時に表現の最も難しい部分でもあるそれを、フュフテは無意識に楽しんでいた。


 フュフテが戦いながらに打ち上げる音階は様々で、噴き出す水音に始まり、それが怪我人や地面に当たって弾ける音、身体を捻転させる事で発射口が歪み変化する音、時間差で鳴ったり止まったりする音、時に高く時に低く響く音など、多種多用なもので構成されており、非常にユニークなもので。

 その複雑な音色を生みながら戦うフュフテは、たくさんの音に囲まれる内に、だんだんと音楽を奏でる奏者へと移りゆく。

 悲しいことに、出所は全部ケツの穴なのだが、そこに触れてはいけない。


 そんなフュフテの身体が作り出す動き全てが音に重なり、打ち付ける拳が水の波紋を、弧を描く旋脚が激流を、宙を跳ねる五体が水飛沫を、攻撃をいなしたり躱したりする肉体が水流のうねりを見せるかの表現に。

 それぞれの動作がその都度鳴り響く音に合わせてひとつの水の世界を構築する様は、美しく流れる金糸の髪の弾く水滴が中空で光り煌めく、という光景も相まって、十分に鑑賞に値する芸術的な舞踊を形作っていた。


 尻の穴から言葉どおり音楽を生む踊り子は、通常の舞い手がそうであるように頭で考えて踊るのではなく、流れる音に導かれ只その世界観だけを感じて手足を動かすのみ。

 そこに戦いの意識などは皆無。あるのは一体感と快感のみだ。


 故にそのような状況となっていたフュフテに、バニード達に対する配慮などあろう筈もなく、うなぎ登りに上がっていくテンションに合わせてケツの穴は爆音を響かせてしまい、結果怒られてしまったという有様だった。

 早い話が、戦ったり治療したりする振りをしてひとり楽しく踊っていたのだから、怒られても当然というものだ。


「シリン、あんたは大丈夫なのかい?」


「......うん、まだ戦える」


「そうじゃないよ! あんな無茶な戦い方をして......ボロボロじゃないか。フュフテ、シリンに治療を頼めるかい?」


 サマンサの思いやりの一言でいくらか気持ちが浮上したフュフテは、華奢な身体のあちこちに軽微な傷をこさえたシリンへと向き直る。

 返り血に真っ赤に染まっていながらもほぼ無傷のサマンサとは対象的に、ほとんど血で汚れていないシリンは無数の裂傷を負っていて。

 これは、両者の戦い方の相違によるものだ。


 感情を殺し亡者をただの障害として処理する事のみを優先したサマンサは、左右の手に握る短剣を駆使して彼らの身体を切り刻み、危なげなく戦いを続けていた。

 そのせいで多量の赤の体液に濡れる事となったが、身体そのものに負担は少ない。


 (ひるがえ)ってシリンの戦い方はと言うと、可能な限り相手を傷付けずに正確に魔臓のみを剣で突くような制限的対処の仕方であったため、返り血こそ少ないものの本来負わなくて良い筈のダメージを無数に蓄積させていた。


「サマンサ。あいつを、殺って来てもいい?」


「ッ! 落ち着きなシリン! さっきも旦那が言っただろう? あの鎧を始末出来るのはあんただけなんだ!」


 シャアアアアーー、という控えめな水音が流れる中、真剣な表情のサマンサがシリンを諌める。

 すぐ側からかけられる水の癒しに濡れながら抑えきれない殺気を放つシリンは、高みから見下ろす醜悪な顔の魔法士を睨め付けていて。


「すぐに済むよ。あいつには手心なんて必要ないから。......許せない。殺す。いますぐに、殺して来る」


「シリンッ! あんたの気持ちも分かる! でも状況を見な! いくらあんたでもあの悪魔は直ぐには無理だ!

 鎧を倒すまでは旦那が持ち堪えてくれる。鎧を倒したらアイツの手を止めて亡者の追加をやめさせる。そしたら旦那も合わせてみんなで悪魔に対処する。

 それが部隊の連携ってもんだろう!? 少し頭を冷やしな!」


 二人の会話を今度は邪魔しないよう抑えられた水飛沫とは真逆に、抑えようともしない激情を静かに燻らせるシリンへとサマンサが切言を。

 尻水を浴びるシリンにさらに言葉を浴びせかけて、彼女の冷静さを欠いた判断を制止しようとするサマンサは、キツい物言いをしながらもその心情を察して辛そうに表情を曇らせていて。

 サマンサの言葉を聞いて気を落ち着けたのか、


「......ごめんなさい。わかった、我慢する、ね......」


「そうしておくれ。だけど、あんたの気持ちも痛いほどよく解る。あたしだって、こんな光景許せるもんかね! 

 ほら、言ってる間にアレが起きて来たよ。手取り早く頼むよ、シリン」


「うん、任せて」


 少しのあいだ目を閉じて黒髪から水滴を滴らせていたシリンが、謝罪と共に開いた緑の瞳は再び理性を取り戻していて。

 このやり取りの合間、深くめり込み過ぎて脱出に手間取っていた鎧戦士がようやく戦線に復帰するのを認めたサマンサが、鎧への唯一の決定打を持つシリンへと。

 その激励に答えて、『お漏らし』を終えたシリンが一歩前へと踏み出す。


 緩慢な動きながらも着実な足取りでこちらに歩を進める茶色の全身鎧は、やはりと言うべきか。

 あれだけの重い一撃をまともに受けたにも関わらず、一向に堪えた様子もなく。

 通常の物理攻撃ではダメージが通っていない事は明らかだ。


 一見不死身とも思える茶褐色の戦士と正面から向かい合ったシリンは、事もあろうに手にした剣を鞘に納めた。

 まさか、無手で挑もうとでも言うのだろうか?

 それは流石に無茶が過ぎる、と思ったフュフテが、


「だ、大丈夫なんですか? シリンさんっ!?」


「まあ、心配しないであの子を見ときな」


 長時間に渡って水分を出し続けた影響で冷え切り、少々切れ痔の予兆を覗かせる尻を心配するついでにシリンを気遣う。

 想いの比重が自分の尻とシリン、どちらにより傾いているのか定かではないフュフテに、サマンサが微笑みかけたと同時に、


「ーー!」


 大気中の水分を超高熱で燃焼させるような重低音が鳴り渡り、シリンの右手から一振りの剣が生み出された。

 魔臓のある右胸を淡く発光させ、そこから右腕を伝って手に握る剣身へと延びる輝きは、シリンの持つ瞳と同色の澄んだ翡翠。

 いっそ流麗さを感じさせるそれは、威圧というには程遠いが確かな力強さを見せつけていて。



「なんか、出たッ!」



 いきなり出す、という専売特許をまたしても奪われたフュフテが、何処と無く悔しさを滲ませた驚きの声を上げて、シリンの緑の剣を凝視する。

 自分の尻から出る諸々とは一味違うその輝きは格好良さに満ちており、恐らくはそこから華々しい活躍が巻き起こされることが容易に想像出来てしまい、フュフテはどうしても羨望を抱くのを止められない。


 いつの日にか格好良く戦う日を夢見る尻ドレスは、今現在格好いい力を見せるシリンを羨みながら、その雄姿を眺めつつ、ピリピリする自身の尻穴をそっと押さえていた。

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