第24話 『未知の世界へイッてquestion』
「? 目的? 魔都の攻略、じゃないんですか?」
「まあそれで間違ってはないけど、正しくはないさね。攻略といっても別に一番奥までいく必要はないんだ。
というか、〝いけない″ という方が合ってるかもしれないね」
肩を並べて斜面を降りながら、「どういうこと?」と不思議がるフュフテを見下ろし、
「あたしらに求められているのはね、とびっきりでかい魔石を魔都から手に入れてくる事なんだ。それもあと半年以内に。
というのは、今この国では次期教皇位を巡って枢機卿同士が長く争っててね。お偉いさん方で権力争いの真っ最中なんだよ。
だけど一向にその終わりが見えないもんだから、見兼ねた現教皇さまが言ったのさ。
『一番価値のある魔石を神に捧げたものが次期教皇に相応しい』ってね」
生徒にモノを教える教師のように丁寧に、正確な目的とその発端を説明し始めた。
一度舌で唇を湿らせて、
「当然、それを聞いた枢機卿たちはすぐに国中の魔石を探し回って最上級のものを用意したらしいよ。でもその数日後に、それよりさらに大きいものがあっさりと出て来た。魔都から探索者が見つけてきたのさ。
そこからはイタチごっこだ。いくら最高の魔石を高値で買い取っても、次々にそれを上回るものが魔都から発見されちまうんだ。キリがありゃしない。
教皇の座がなんとしても欲しい枢機卿たちにとっては、更新された時点でそれに劣る魔石に価値なんてなくなるんだからね。そりゃあもう必死ってもんさ。金貨の殴り合いだよ」
まるで見てきたかのように雄弁に語るサマンサの話はなかなかに興味深く、「そりゃあ大変だ」と話に惹き込まれようとしたところで、フュフテの足に何かの障害物が、どすっと触れた。
「あ、マイケル......」
何事かと足元に目を向けると、そこにはシリンにより強烈な蹴りを叩き込まれて白目を剥いた愚か者がひとり。
口から泡を吹いて小刻みに痙攣している。
「はあ、よく寝る子だよこの子は。仕方ないね......済まないけどマイケルを運んでやってくれるかい、フュフテ?」
呆れ顔のサマンサにお願いされる形で、フュフテはしぶしぶマイケルの運搬を承諾する。
こんな道中でゆっくりマイケルを起こしていては時間もかかるし、先を行く隊長たちに大きく距離を離されてしまうからだ。
仕方がない、とその場にしゃがむフュフテは、若干嫌々ながらもマイケルを自分の背におぶる。ほぼ同じ位の身長であるため少し背負いにくそうだが、立ち止まって時間を浪費するよりはマシ、と思ったのだろう。
「よいしょ」という軽い掛け声とともに立ち上がり、そのまま歩みを再開し出すと、
「ええと、どこまで話したかねえ。ああそうだ。
それでお偉いさん方はこう思ったのさ。だったら自分達で見つけたほうが早いし金もかからないってね。だからあたし達みたいなのがここに送りこまれてきたんだよ」
「ほー、なるほど。......でもそれなら、一番奥までいって邪神とかのスゴイ大きい魔石を取ってくればいいのでは?」
サマンサが先ほどの話の続きを口にする。
とそこでフュフテは、ついさっきサマンサが奥まで「いく」とか「いけない」とか言っていた部分に引っかかりを覚えて、「すごく大きければ文句ないのでは?」と問いかけた。
「ーーぉ......ぁぁ......ッ!」
その質問に頷きを返し、サマンサが口を開こうとしたタイミングで、フュフテは自分の背中の物体がやたらと振動しながら変な声を出した事にびっくりしてしまう。
何事かと背後のお荷物を確認すると、どうやらマイケルは微力な電気的刺激を受け続けて、気を失いながらも苦悶しているようだった。
死人に鞭打つが如き仕打ちをマイケルに行っていたのは、誰であろうフュフテの下半身。
際どいどころか破廉恥そのものの黒い下着、「暗ぱん」さんの仕業である。
もっとも、暗ぱんさんも「マイケルを抱えていかなければいけない」という事は理解している様子。
しかしそれでもなお、主人に他所の男が密着している現状が我慢ならないのか、持ち前の嫉妬心を大いに発揮して、「ワシのもんに触るでない!」とでも言うようにマイケルの腰辺りを支えるドレスグローブから電撃を流し続けていた。
微量とはいえ延々と感電し続ける状態がいい筈もなく、苦しむマイケルを流石に気の毒に思ったフュフテは、彼に治癒魔法を行使してやるために尻に魔力を集める。
使うのは、以前に兵の詰所で披露した、「天使の屁」の省エネ版だ。
尻からビチャビチャの『天使のおひねり』では、一時的に回復しても連続的な電撃でまたダメージを負ってしまうし、何より液体を入れる容器がない。
その点「天使の屁」であれば、尻から少量を放出していれば勝手に回復していくし、現在のように下に向かって降りていれば気体は自然と上に上がってマイケルを撫でていくため、風魔法の合成も不要。
要するに、スカ屁の垂れ流しでいいわけだ。
魔力消費も少ないし、思う存分嗅がせるだけで癒されるのだから、誰も文句はないだろう。
そう結論付けて、尻から緑の煙をプシュプシュ出し始めたフュフテに対し、
「ことはそう簡単じゃないのさ。魔都の探索が本格的に始まって数十年経った今でもまだ全体の半分くらいしか探索は進んでいないんだ。
おまけにあたしらがこの地下迷宮に潜り始めてしばらくして、主要経路が障害で進めなくなっちまったんだよ。
今は迂回路がないか探している最中。最奥地なんてあと半年ではとても行けっこないだろうね」
「半年経ったらどうなるんですか?」
邪神の極大魔石があると言われる地下都市の奥地までいくことが出来ない理由を述べるサマンサは、打つ手がないと言うように首をゆるく左右に振る。
肩までの橙色の髪が静かに揺れる様を見ながら、フュフテが期限切れの場合はどうなるのか尋ねると、
「その時点でこの魔石集めは終了だよ。今のままだと、あたしらの派閥は負けちまうだろうね。一番なって欲しくない男が、次期教皇の座を手に入れることになる。
......そうなったら、この国は本当に終わりさ」
悲壮な面持ちで睫毛を伏せて、サマンサは陰鬱な声を落とした。
「ーーの、ぉぉほぉ......っぁ!!!!」
と、そこでまたしても背中の荷物が騒ぎ出す。
先程から耳元で荒い呼吸が聞こえるのは知っていたが、「もう! 今度はなに?」と幾度も会話を邪魔されたことで、フュフテは少々苛立ちを感じてしまう。
そんなフュフテをよそに、背中の野菜はひときわビクビクと激しく痙攣。
絶え間なく襲い来る苦痛と快楽を腰から全身に与えられ続けた野菜は、痛いのか気持ちいいのか分からないなんとも言えない表情で、気を失いながらも仰け反っている。
突如として容態が変化したマイケルに驚くフュフテだったが、しばらくして脱力したようにくたり、と萎れた野菜に全体重をかけられて、「大丈夫かな?」と困惑しながらも心配に。
ずり落ちないようにマイケルを背負い直した際に、何故かは分からないが本能的に背中がぞわぞわっとしたが、あえて気にしないようにしてサマンサに意識を戻した。
「じゃあ、あと半年以内にその枢機卿よりも大きな魔石を手に入れなきゃ行けないんですね?」
「そういうことさ。あたしらの掲げるお方はね、そりゃあもう立派な人物さ。この国をよくしようと心血を注いで下さっている。
実はこの部隊はみんな、あのお方に拾われた人間ばかりなんだよ。だから、どうしても恩返しがしたいんだ。
......すまないね、フュフテ。あんたには関係ないのに、こっちの事情に巻き込んじまったね。でも、厚かましいのは分かってるけど、助けてくれないかい?」
「気にしないで下さい。先に助けて貰ったのは僕の方ですから。恩を返したいのは僕も同じです」
「そう言ってくれると助かるよ」と、嬉しそうに微笑むサマンサに釣られて笑みを返していると、前方が急に明るくなってきたのにフュフテは気付く。
いつの間にやら急だった斜面も随分と並行に近くなっており、薄暗かった周囲も少し離れた前方にいる隊長とシリンの顔がはっきりと判別出来るくらいに明るく。
立ち止まってこちらが追いつくのを待っている彼らの様子を見るに、どうやら地下迷宮の入り口に到着したらしい。
そのまま小走りに隊長とシリンに駆け寄り合流すると、フュフテの目の前には見たこともない不思議な光景が大規模に広がっていた。
「すごい、どうなってるんですかこれ......?」
通常では光を放つなどあり得ない物体によって視界が良好に照らされて、原理が全く理解出来ない情景を物珍しげに見回すフュフテを、微笑ましそうに見つめる面々。
彼らにとっては見慣れた風景であるため、フュフテとは違ってそれぞれが自身の装備を再確認して準備を怠らず、引き締まった表情に変わる。
一方、到着したことで床に降ろされたマイケルは、未だ気を失いながらも何故か賢者の如き穏やかな顔つきだ。一体彼にナニがあったというのだろうか。
これから突入する未知の世界に少しの不安を抱くフュフテは、それと同じくらいの冒険心を昂らせて、とりあえず暗ぱんさんに尻から魔力を補充しておいた。