第23話 『一番普通じゃないのはお前だ』
魔都レガラニカ。
千年もの昔にそれを作りあげた偉大なる大魔導士の名を冠する魔の都は、今は都市丸ごと遥か地底に沈んでしまっている。
沈んだのは二百年前の聖アシュレと邪神の闘いの際だと言われているが、実はこの地下都市への探索が本格的に開始されたのはここ百年間の話。
時系列で表すならば、
1000年前ーー魔都レガラニカ誕生。
200年前ーー聖アシュレ VS 邪神 魔都沈没。
150年前ーー崩壊により地下で迷宮化した魔都の入り口を発見。地上に探索拠点(のちの迷宮都市)を建築開始。
100年前ーー聖王国の下位組織、探索者専門互助組合(探専)の発足。探索者の誕生。
そして現在、聖王国主導による魔都探索の活発化、という流れである。
この間に他国との小競り合いにより戦火に見舞われた事もあるのだがそれは割愛するとして、今フュフテが戦闘斥候部隊の面々と共に立っているのは、この迷宮都市の全ての始まりである大穴の入り口。
長い年月と多大なる労力によって押し広げられたのであろうその穴は、雄大な建物が丸ごと入りそうな程の高さと横幅で、巨大な怪物が大口を開けているかの様相。
また穴といっても、地面に垂直に開いているわけでも地と並行に続いているわけでもなく、斜め下方に向けて延々と伸びており、それなりの急な傾斜を形作って遥か奥へと続いているようだ。
出入りしやすいように敷かれた、木の板で舗装された簡易的な足場を見下ろすフュフテの、
「大丈夫かいフュフテ? そんなに緊張しなくても良いんだよ。まだ迷宮の中までは大分距離があるから、危険な事は何もないからね。少しは肩の力を抜きな!」
「......そ、そうなんですか?」
コチコチに固まって棒立ちになった状態を解きほぐすかのように、サマンサが軽くその背中を叩いた。
これから先、如何様な危険が潜んでいるか皆目検討もつかないフュフテからしてみれば、「まだ安全だ」と言われてもどうにも実感が湧かない。
「不安を感じてるのは自分だけだろうか?」と周囲を見渡すフュフテの目には、すぐ近くに万が一何かがあった場合の対処のためか、見張り役の兵士が数人待機しているのが映った。
こうして探索者が地下迷宮へと出入りする光景がよほど見慣れたものなのか、彼らはさしたる緊張感もなくフュフテ一行と別のもう一組の探索者らがこれから迷宮に潜ろうとする姿を遠巻きに、呑気な笑顔を浮かべている。
「まあ、初めての時はみんなおっかなびっくりだけどね。あたしらもそうだったし、そこの連中もそうだったろうさ」
そんな兵士たちとはまるで対象的に、初めての迷宮探索という事もあって過度に緊迫した面持ちのフュフテを勇気づけるために、サマンサは励ましを口にする。
だがしかし生来の気性というものはそう簡単には変えられるものではなく、もとから肝の小さいフュフテは臆病風に吹かれてしまい、サマンサの気遣いに感謝しつつも勇ましく足を踏み出せずにまごついていた。
「悪いが先にいかせてもらうぜ」
そうしてフュフテが手間取っている合間に、代表らしきゴツい男を筆頭にして四人の探索者らが一足先に傾斜を下り始める。
いつまでも降りて行こうとしない可憐な美少女の前で格好良いところでも見せたいのか。
どこと無く澄まし顔でチラチラと女性陣を意識した様子が、非常にわざとらしい。
すれ違いざまにむさい男たちが隊長のバニードへと舌打ちを投げかけていくのは、彼が引き連れる美女揃いのメンバーを見てのやっかみのせいであろう。
赤の他人から見れば、妙齢の魅力的な女性一人に、そこいらではちょっとお目にかかれない程に整った容姿の美少女が二人も、といったこの構成は、「一体ナニをしに穴に潜るつもりだ?」と言われてもおかしくはないくらいに偏った比率。
未だ地面にのびたままの野菜少年は放置するとして、「男一人に美女三人とはなんともうらやましい」と思われてしかるべき光景。
やっかみのひとつやふたつは受けて当たり前というものだ。
とはいえ、外見的に男女の枠組みを間違えているのが約一名いるだけで、正確な比率で言うならば男三女二となっており、充分に男が多い構成ではあるのだが。
「ほら、あたしらも行くよ。いい加減に覚悟を決めな」
気取った仕草で斜面を下っていった男たちの背中が小さくなった頃合いで、サマンサが未だにまごまごしているフュフテを促す。
それを見て苦笑する隊長が、続いてシリンが斜面へと足をかけ、慣れた様子で進んでいくのを追う形で、フュフテもようやく一歩を踏み出した。
サマンサが隣に並んで優しく補助してくれた事もあって、徐々に緊張がほぐれてきたフュフテが、
「あの、マイケルさんは放っておいていいんですか?」
「ああ、そういえばそうだね! まったくいつまで寝てるんだいあの子は......。『起きないと置いていくよマイケルっ!!』」
置き去りにされそうな少年を気遣うと、サマンサが後方を振り返って大声で呼びかけた。
サマンサの呼び声が届いたのか、「はっ! 俺は何を.....」とやっと目を覚まし起き上がったマイケルが置いていかれては叶わないとばかりに、何故かあちこち痛む体に鞭打って斜面へと勢い良く身を投げ出す。
「ちょっとまっ.....ッ! おああぁぁーーっ!」
しかし、あまりに急ぎ過ぎたせいか足を滑らせて、見事なまでに斜面を転がり落ちるマイケル。
ゴロゴロと後ろから大回転して迫る野菜にびっくりして左右に飛び退いたフュフテとサマンサは、自分達の間を通り過ぎ勢いを増して下っていくマイケルを見送ることしかできない。
「あああああぁぁーー!! 誰か! 止めてくれええぇぇーーーーっ!!」
両手両足をぴんと伸ばして真っ直ぐな体勢で綺麗な横回転をみせるマイケルは、絶叫のSOSを上げながら加速していく。
このままでは最下層までノンストップで突き進み、どこかに激突して木っ端微塵となってしまうのは火を見るよりも明らかだ。
ーーさようなら、マイケル。
と、そう思われたが、
「ーーぶべらっ!!」
ズドンッ! ーーと厳つい蹴りを食らって強制停止。
多大な土煙が巻き起きあがる中、マイケルの命をかけた一発芸を中断させたのは脚衣に包まれた、どこにそんな力があるのかと疑うくらいに細い一本の足。
少々手荒な手段でひとりの少年を死の運命から救った人物は、
「あのさ。その降り方は身体強化が使えるようになってからの方がいいんじゃないかな? まだ早いと思うよ、マイケルには」
右足をマイケルの胴体にめり込ませたままの状態で、大きな瞳をぱちくりとさせて忠告を口にする。
ちょっぴりズレたアドバイスを善意で告げたシリンはその場に屈み込み、「がんばって」という意図を込めて、再び白目を剥いて気絶したマイケルの肩をポンポンと叩く。
それで満足したのか、その場に汚れた野菜を置き去りに歩みを再開し出した美少女剣士。
その一部始終を遥か後方から眺めていたフュフテは、
「やばい......あの子も、普通じゃないぞ......ッ!」
どこかネジの外れたシリンの行動に戦慄して、「シャルロッテの次は、お前か!」と心の中で叫ぶ。
ーーこの部隊は、思ったよりも危険かもしれない。
長年の過酷な訓練で鍛え上げた第六感ともいうべき尻をピクピクと痙攣させて、フュフテはこの部隊のメンバーの危険度を再更新した。
今のところ、まともそうに見えるのは隊長のバニードとサマンサの二人だけだ。
隊長に関してはまだあまり接点がないためよく分からないが、マイケル、シャルロッテ、シリンというちょっと危うい部隊員を束ねている事から、どうも怪しい匂いを感じる。
唯一の良心はサマンサさんだけだ。
考えたくはないが、これでもし彼女まで危険な本性を表したとなれば、もう逃げるしかないーー。
と、変な疑心暗鬼におちいってしまった尻と並んで歩く最後の砦、サマンサは、
「ほんとに騒がしい子だよマイケルは......もう少し落ち着いてくれないもんかねえ。
それはそうとフュフテ。あんたにはまだ、あたしらの部隊の目的については話してなかったね?
迷宮に着くまでまだ時間がかかるから、その間に話しておこうかね?」
ふと思い出したかの口ぶりで、自分達が地に沈んだ魔の都に「何のために向かっているのか」について、ゆっくりと語り始めた。