第22話 『生きた道具に碌なやつはいない』
退廃的と言うより、もはや一部の露出度が高すぎて官能的とも言えてしまう、ドレスのパニエに隠された部分。
マイケルという名の野菜を程よく食べ頃に焼き上げた存在に向かって、
「やり過ぎですよ、『暗ぱん』さん......。これから彼も一緒に行動するんですから、近寄るぐらいは我慢してくれないと......」
自分の下着を覗き込みながら、フュフテが苦言を呈する。
正式かどうかは定かでないが、シャルロッテ曰く「暗黒のぱんつ」という名称のその黒く卑猥な形状の下着は、自身を「暗ぱん」と呼んだ主に対して不満そうに。
「聞く気はない」と告げるかのように二度三度手足をバチバチ光らせて、反省の色がまるで見えない様子に、フュフテはがっくりと肩を落とす。
ーーどうしてこうなってしまったんだろうか。
そう頭を悩ますフュフテは、この物騒な下着を提供した人物。
床に転がるこんがり野菜を興味深げにひっくり返して、焼け具合を確認しているシャルロッテを見ながら、コトの発端を思い返すーー。
※ ※ ※ ※
「ーーとはいえだ、フュフテ。君の尻から記憶を読み取った私には、今現在の君の悩みも手に取るように分かっている。
戦う力が欲しい。そうだろう?」
目標を互いに確認しあったことで充分な満足を得たシャルロッテは、大望を叶えるために必要な事項を確認すべくフュフテへと問いかけを行う。
「その通りです」と分かりやすい表情で頷きを返したフュフテに対して、
「それについては私に考えがある。手始めに、これを身に付けてみてくれ」
「? なんですかこれ? ......ヒモ?」
部屋の隅に乱雑に置かれた雑貨の中に手を突っ込んでゴソゴソとした後に、黒い紐状のものを手渡した。
「それは魔道具。それも意思を持った種類のやつだ。つべこべ言わずに履いてみるといい。おそらくだが、キミなら身に付ける事が出来るはずだ」
「......履く? えっ、これ下着なんですか!?」
両手で受けとった奇妙な紐に三角形の布がついた黒い物体をもう一度みて、フュフテは驚愕の声を上げる。
手のひらに乗るそれは下着にしては余りにも局部を覆う面積が少なく、どう考えても前しか隠すことが出来ない代物。
試しに広げてみると、一本の輪になった紐に逆三角形の布がひとつ付いているだけの形状で。
その逆三角形の下部先端には二本の紐がぶら下がっていて、どうやらこれを後ろに結んで着用するタイプの物のようだ。
「こんなの、丸見えじゃないですか......」とぶちぶち文句を言いながらも仕方なしに身に付けてみると、案の定。
フュフテの大事な前部分はギリギリ布に収まったものの、二本の紐はお尻の門を隠すことなく只の縛り紐の役目しか果たさずに。
といっても、尻から魔法を使う事を考えればいちいち脱ぐ必要はないから便利かな? と考えていると、
「なぁるほど! やはり美少女のように見えれば女じゃなくても良いみたいだねぇ! これは興味深いッ! どうやって美的感覚を判断しているのか大いに謎というものだぁ!」
若干の興奮を表したシャルロッテが、フュフテの股間を覗き込む仕草でまじまじと下着を観察してきた。
「な......なんですか一体......。美少女って、僕、男ですけど......?」
「そんなことは知ってるさぁ! ふむふむ。要するにだね、さっきも言ったがこの下着は意思を持っている。そしてコイツは、どうも美少女しか着用を認めないようなんだ。
いや、君が着用出来た事を考えると正確には『美少女に見える』といった所だな! この下着にとっては性別は関係ないらしい。不思議なものだなぁ!」
恥ずかしさで下腹部をもじもじさせつつも、シャルロッテの言っている事がいまいちよく分からないため詳しく聞いてみた所、この下着は本来女性用下着らしい。
さらに色々試した結果、非常に見目よく未成熟な女性しか着用出来なかったそうだ。
これだけ聞くとただの変態的な下着にしか思えないが、これが魔道具であることを忘れてはいけない。
「下着に魔力を込めてみろ」とのシャルロッテの言に従い、尻まわりを魔力で覆うと、一際黒く下着が輝き出してフュフテの全身が一瞬で黒の靄に包まれた。
いきなり視界を黒く塞がれ慌てふためくフュフテだが、全身に何かが纏わりつくのを感じて硬直。
一寸置いて靄が消え去った後には、露出過多の黒ドレスと両手両足の防具。勝手にまとまった髪に長いリボンが装着されていて、フュフテは三度驚く事となった。
「なんか服が出ましたけど、どうなってるんですかコレ......」
「残念ながら原理は分からないんだ。意思持つ魔道具はそれ自体が分析を拒むからねぇ。下手をすれば尋常ではない被害を被ってしまう危険物でもある」
「はぁ......。というか、『意思がある』っていうのがよく分からないんですが」
突然出現した衣服を触りながら不思議そうに首を傾けるフュフテをみて、ギラリ、とシャルロッテの鼻眼鏡が怪しげな興奮の光を放った。
「あ、これはまた長くなりそうだ」とフュフテが思った時にはすでに遅く、
「いい事を聞いてくれたねぇ! そうだな。詳しく説明してもいいのだけれど、少々難解に過ぎるからキミにも分かるように簡潔に説明しようか。
一言でいえば、キミのよく知る存在、グググ先生だったかな? 要は彼と同じだ。
彼の場合は竜であり、宿った部分が男根だった訳だが、意思持つ魔道具はその竜族のやり方を模倣して作られたものだと推測できる。
もっとも現在の我々の技術では再現出来ない上に、迷宮から発見されたものしか魔道具は現存していないから簡単に調べることも出来ないため、あくまで予想にしかすぎない。無理に調べれば魔道具に拒絶されてしまうからね。
ただ、あまりにも互いが酷似している事からこの仮説が有力となっている。この鞭もそうだし、キミの頭上のその変な帽子もそうだろう?」
「え? 鳥さんも魔道具なんですか?」
シャルロッテが生き生きと説明した後に、金色の頭の上を指差した。
大人し過ぎてすっかりと存在を忘れていたフュフテの頭に乗っかる鳥さんは、寝息を立ててぐっすりと。
思えば食事や新陳代謝といった生物にあるべき要素を全く持たないこの鳥は、生き物というカテゴリーから逸脱して然るべき存在であるし、イアンも「これは帽子」とたしかに言っていた。
二本のツノすら仕舞って休眠状態を見せる鳥さんを見て、
「その鳥が大人しいのは魔力が切れたからだろうな。魔力を供給してやれば再び元気を取り戻す筈だ。どれ、ひとまずわたしが預かっておこうか」
嬉々として持ち上げたシャルロッテが、胸に抱きながら愛おしげに緑の毛をもふもふとして恍惚の笑みを浮かべる。
その姿は、心安らぐどころかむしろ新しい玩具を手に入れたばかりの残酷な子供のようで。
「解剖されたりしないかな?」と不安になりつつも、
「じゃあこの下着にも、竜みたいなものが宿っているという事ですか?」
「おそらくだが、そうとしか考えられない。ただし、強大な力を持つ竜ではないだろう。理由はこの国の剣聖の持つ聖剣だ。
あれにはまさしく本物の竜の魂が宿っているが、これらの魔道具とは明らかに性能に差があり過ぎるからな。
とはいえ、それでも通常の武具とは桁違いの力を持っているぞ? きっとキミの戦力の底上げとなるに違いない強力な逸品だ」
「あの、ふと思ったんですが......。これ、シリンさんとかが身に付けた方がいいのでは?」
素朴な疑問に囚われて、戦力という意味で自分よりも遥かに有意義に使えるであろう美少女シリンの名を挙げる。
そうすると、「キミは正気でいってるのか?」という呆れの視線がシャルロッテから返ってきた。
「まぁわたしにとってはどうでもいい事だが、その下着は前面しか覆われていないだろう? つまりだ。男のキミなら尻の穴が露わになるだけで済むが、女であれば......あとは言わなくても分かるだろう?」
「......そうですね......僕が浅はかでした、すいません。というか、普通はお尻だけでも嫌ですよね」
「そういうことだ。キミがまともな感性の持ち主で安心したよ。少し見方を改めなければならないかと危惧してしまった所だ」
言外に「お前はマイケルと同類なのか?」という言葉が透けて見えて、冗談じゃない! とフュフテは反発する。
あんな本能に忠実そうなマイケルと一括りにされるのは、さすがのフュフテも嫌だったようだ。
自身の軽率な発言を激しく後悔して、下唇を噛んでまで悔恨の念を表している。
マイケルのイメージが如何に悪いかが証明されたとも言える、貴重な光景であった。
確かによくよく考えれば、年頃の娘が容易く人前に恥部を露出するなどありえないし、そんな破廉恥な下着を受け入れる筈もない。
だからこそ相当の性能を持っているにも関わらず、この魔道具は誰にも使われることなく今まで眠っていたとも言える。
ついでに言うと、世界広しといえども、こんなものを平時から身に付けるのは極一部の変態ぐらいのものだ。
ましてや「美少女の外見」という条件を満たす者など、滅多に存在しない。
おまけに、尻を人前で見せる事に抵抗がない人物でなければ、露出に躊躇してまともに動けないであろう。
ーーつまり、これこそまさにフュフテ専用装備といえるのだ。
気付かないうちにもう後戻りの出来ない、遠い所まで来てしまった尻の伝承者は、
「つまりグググ先生が下着になったようなものなんですね? ちょっと怖いな......。これ、喋ったりはしないですよね?」
「しないな。だだし、これを見たまえ」
ふとした疑念をシャルロッテに問うと、それに答えた彼女がおもむろにフュフテへと近付き、いきなりドレスの裾をたくし上げて尻に手を伸ばしてきた。と、
「ーー!」
フュフテが何かを口から発する前に、唐突に黒い手足から勢いよく放電が。
バリバリと空気を震わせて、シャルロッテの接触を拒む雷を部屋中に撒き散らした。
あらかじめそうなる事を予期して素早く飛び退いていたシャルロッテは、
「見ての通り、コイツは着用者の肌に触れられることを極端に拒絶する。男であれば接近しただけで。女であっても下半身に触れるのだけは許さないようなんだ。
つまりだねフュフテ。コイツの特性を上手く使えば戦略の幅が広がるんだよ。うまく使えるかはキミしだいだけどね」
発生した電気で薄赤い長髪を毛羽立たせて、面白そうにニヤリと口端を歪めた。
「なんて物騒な下着なんだ!」とビビるフュフテに対し、
「勿論、キミが迷宮を攻略する上で必要とする力には、これだけでは不足だろうね? そこはわたしに任せるといい。さらなる『とっておき』を用意してアゲルから、楽しみにしているといいよぉ?」
全くもって良い予感がしない一言を最後に付け加えるシャルロッテ。
急に背を向け、「あっハァッ!」と一人不気味に笑いながら楽しそうに自分の世界に行ってしまった彼女を眺めて、
「すごくコワい」
反射的にふたつの桃を押さえて尻震いをひとつし、そう感じるフュフテの本能は、この先必ず襲来するであろう局部的災害を正確に予期していた。
※ ※ ※ ※
ーーそういった経緯を思い起こしていると、どうやら知らぬ間に迷宮へ行くための必要な打ち合わせは終わってしまっていたようで、自分の思考に没頭して何も聞いていなかったフュフテは非常に焦る。
それぞれがすでに準備を完了しており、隊長を筆頭にサマンサとシリンがそれに付き従う形で部屋の外へと歩き出した。
置いて行かれては困るとばかりに慌てて駆け寄ろうとするも、各々手に何かしら荷物を持っているのを見て、
「ふんっ!」
手持ち無沙汰を誤魔化すために、地面に転がる野菜男の両足を引っ掴む。
そのまま、うつ伏せに気を失う野菜ケルの二本の大根を両脇に抱えて、引きずりながら彼らへと合流した。
厳しい鍛錬で身体を鍛えたフュフテからすれば、まだ成熟しきっていない細い体躯のマイケルなど大した重さではない。
その分、容赦ない速度でマイケルは体をバウンドしながら顔面を床に幾度も打ち付けているが。
一人の初心者を連れて迷宮へと向かう部隊は、木造りの廊下を硬い靴音と鈍い打撃音で鳴らし、玄関の扉を開けて意気揚々と目的地へと進み出した。