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無題  作者: ナナシ
第3章
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第19話 『尻を知りたいの』

 暖かい室内から強制的に連れ出され、暖気と身の安全からどんどんと遠ざかって行くことに危機感を覚えたフュフテは、襟首を掴まれ引きずられながらも誘拐犯を振り返って仰ぎ見る。

 しかしフュフテの体勢からは、長い廊下を我が物顔で足早に進む女の背中しか見ること能わず、ふくらはぎまで届く尻尾のように長い桃色の髪しか目に出来ずに床を滑るばかり。


 一本にまとめられたそれが機嫌よくゆらゆらと揺れるのを見て、短い感覚でブーツが地を打つ硬質な足音をなすがままに聞いていると、


「よし着いたぞ! ここだッ!」


 威勢の良い掛け声と共に一際強く首に負荷がかかり、身体が宙に浮くのを自覚。

 ほんの一時の浮遊感を伴って宙に投げ出されるも、五体が着地したのは固い床ではなく、人一人が寝転んであまり有る面積の布の上へぽふり、と。

 無造作に床に敷かれた幾重にも重なる生地によって衝撃が緩和され、痛みなく接地したフュフテは戸惑いを隠すことなく、


「う......な、何を、する気なんですか......?」


 新たな部屋へと自身を放り込んだ人物を見上げて両足を揃え横座りに、桃色の狂人へと恐る恐る問いかける。

 そうすると、これから襲いくる恐怖に身を震わせるフュフテが、胸の前でぎゅっと握りしめる手の甲にひとひらの涙の雫をこぼす様を見下ろして、


「おやおやおや、そんなに怯えて何を心配してるのかなぁ!? 別にとって食いやしないさ、ちょおおっとばかしキミのその秘宝を調べて調べて調べ尽くしたいだけだから、なああんにも不安がる事はない!

 ああそうさ! 全てをわたしに任せて、何もかもをさらけ出せばいいだけだ! 簡単だろう?

 くううぅぅッ! なんという甘美な時間の予兆だろうか......ッ!? ハアアァァ、昂りが抑えられないとは、まさにこのことッ! 滾る!! 付いていないわたしの、ナニかが勃ってキタァァーーーーッ!!!!」


 抑えきれない情動をほとばしらせる女は、両手を大きく広げてワナワナと、天を見上げて魂の絶叫を上げた。



 ーーこの女は、やばい。



 完全に自分の世界にトリップしている危険人物を凝視して、本能が最大限の警戒音をけたたましく脳内に響き渡らせるのを感じながらに、フュフテはそんな端的な感想を抱いた。


 こう見えても自分は、攫われることに関しては熟練者である。


 一度目は下劣な賊の男たちによって洞窟に攫われ、二度目は嗜虐的魔女と全裸の野蛮人に山小屋へと攫われた。

 そして今度は、常軌を逸した狂人的学者に研究室へと連れて来られたわけだが、二度の誘拐で小慣れてきたにも関わらず、この目の前の女は初めて出会う類いの恐怖であった。

 なにせ、前の二つの誘拐は相手の思惑が明確であったのに対し、今回は訳の分からない危険性をびんびんと尻に感じるのだ。


 サマンサたちの仲間である彼女が自分の命を脅かす、という可能性は非常に低いであろうことは容易に想像がつく。

 そして彼女の言動から察するに、何故かは不明だがこの尻に異様な執着を抱いている、ということも読み取れる。


 だからこそ、恐ろしい。

 何に対して警戒したらいいのか分からないのに、危機感だけは容赦なく募っていくのだ。

 これでは気を強く持てと言われても、無理というものだ。

 本当に、どうしたらいいのだろう。

 誰か、タスケテくださいーー。


 以前と違って命の危険がほぼ感じられないせいか、土壇場でいつも発揮される勇ましい部分はすっかりと鳴りを潜めてしまい、持ち前のビビり根性を前面に押し出してフュフテは心中で誰かに助けを求めていた。



 そんなフュフテの懸命な願いが、超常的存在にでも聞き届けられたのであろうか。



「ちょと待ったああぁぁッ!! 俺のフュフテちゃんからはなっ、ぐぼぇッ!!」



 桃色の誘拐犯に怯える尻丸出しの被害者を救うべく、第三者の影が乱入。

 ドタドタと騒々しい足音を響かせて何も出来ない救世主マイケルが颯爽と登場するが、口上を言い終える前に撃沈する。

 入り口から飛び込んできた勘違い野郎は、部屋を入ってすぐの壁際に立っていた桃髪によって腹部に激烈な爪先蹴りを食らい、すぐさま地に沈んでしまった。


 金属で補強された凶悪なブーツで蹴り上げられた腹を抱えて、うずくまる死にそうなマイケルの、


「おいおいおい。どこかで見たことのある野菜だなぁこれ?

 あれあれあれ? おかしいなあ。わたしは前に言ったはずだよなぁ? 許可なくこの部屋に入ったら、殺すって。忘れちゃったの、マイケル君。

 ......てめぇ分かってんだろうな!? 今お前はこのわたしの最大のお楽しみを邪魔するという大罪を犯してんだよ!!」


「ぐああああぁぁーーーーッ!!」


 その野菜頭に片足を乗せた狂人が、非道徳的な薄紅の眼光に殺気をこれでもかと込めて、足の下の物体にミシミシと全体重をかけていく。

 腹部の痛みなど生易しいというくらいに激痛を頭に受けて、早くも心がポッキリ折れたマイケルは、


「や、やめてくれぇぇッ! シャルさんッ! 違っ! 俺は、彼女を、守ろうとッ!」


「ッ!! ......きっさまぁ、誰が愛称で呼んでいいと許可したッ!? 『シャルロッテ様』だろうがッ!

 なんだお前死にたいのか? それに『守る』だと!? 笑わせるな。

 尻以外なんの取り柄もない奴に出来ることなんざ、たかが知れてんだよ! この青野菜が!

 野菜ごときが調子に乗りやがって......。その尻が付いてなきゃあとっくに千切りにしてるってのによぉ。

 なんでお前みたいなのが、そんな上等な尻持ってやがるんだ。本当に納得がいかん。

 チッ......お前の中身には何の価値もないがな、わたしはその近年稀に見る『正直な尻』だけは評価してるんだ。

 それに免じて今回だけは目を瞑ってやるから、分かったらとっとと失せて尻を磨いてろ! 次はないからな?」


 シャルロッテ基準で唯一の取り柄である自身の尻に救われる形となり、瀕死に追い込まれたマイケルは頭の上のブーツが退けられた途端に全力で部屋の外へと転がり出て、危機から脱出。

 ガンガンと痛む頭部を抑えるマイケルは一度室内を見て悔し涙を光らせると、己の不甲斐なさを悔いるようにぎゅっと眼を瞑って一目散に廊下を駆け出し消えていった。


 足を退ける際にマイケルの尻をひと撫でする事を忘れなかった、絶対的強者を目の当たりにし、


「あわわわわわ......」


 並外れた偏愛の一端を見せつけられて骨の髄まで怯えきってしまったフュフテは、理解不能の価値観におそれ(おのの)き、イヤイヤと首を振り子にして桃髪から距離をとる。

 魔法に関する事以外は比較的のほほんと生きてきたフュフテにとって、今しがたの光景は相当に刺激が強いものであったのか、美少女もどきからはすでに抵抗の意思は失われてしまったようだ。


「アッハァ! 見苦しいところを見せてしまってすまないね。心配しなくてもキミにはあんな事はしないから安心していい。

 ああそうだ! 自己紹介もしていなかったなそういえば。わたしとした事が、大分舞い上がってしまっていたようだ。

 申し遅れたが、わたしの名はシャルロッテ=スプラッシュ。臨時でこの部隊に加入している学者だ。よろしく、ええと? 名前は?」


「ふ、フュフテです......スプラッシュ、さま......」


「ああ、悪いがその呼び方は好きじゃない。その名で呼ばれると、碌でもない尻の身内を思い出して虫唾が走るんでね。

 フュフテ、だな? いい名だ。キミには特別に、シャルと呼ぶことを許そう。キミはわたしに多くを与えてくれそうな予感がするから、それに対する少しばかりの礼ってやつさぁ!」


 暴力によって萎び去った野菜少年のことなど、すでに頭から追い出したのだろう。

 シャルロッテはフュフテに興味の全てを集中しており、愛称で呼ぶのを許すぐらいに好感を持っている様子。


 こういった点がフュフテにとっては恐ろしいのだ。

 敵意ではなく混じりっ気無しの純粋な好意を向けられているのに、嬉しく思うどころか危機感しか感じない。

 今まで出会った人物の中でも、ひときわ自分の物差しでは測りきれないシャルロッテに、


「あの、僕のお尻に、なんの用ですか......?」


「んんんッ! いいぃ質問だ! そうだな、『何が目的か』を明確に共有することは大切だ。キミはよく分かっているねフュフテ、素晴らしい!

 その前にだな、わたしの行動原理を述べておこうか。ああ、これについては共感しなくて構わないし、長くなるかもしれないから聞き飛ばしてくれて結構だ。結論は最後に述べるからそこだけ聞いてくれたまえ。


 さて、この私シャルロッテ=スプラッシュはだな、『尻』という物体が好きだ。

 なぜ好きか? という問いは愚問だ。理由などない。ただひたすらに好きなんだ。尻を眺めている時、触ったり匂いを嗅いだり舐めたり物を突っ込んだりと、尻を愛でる事に対して興味が尽きない。特に男の尻がたまらない。女の尻は自分についているからな。触りたかったらいつでも触れるし、そもそも女の尻にはあまり興味を惹かれないんだ、不思議なことにな。そして面白い事に尻にはそれぞれ個性がある。その人物の生き様がそこには刻まれているんだ。樹木の年輪みたいなものと考えてくれればいい。そしてまた、尻は個々の性格の本質的な部分を語ってくれる。一見高圧的に見える人物が臆病な尻という顔を持っていることも珍しくはない。その一方で心優しいと評判の者が惨虐な尻をしている事もあるし、評判通りの穏やかな尻をしている場合もある。中には目を背けたくなる程に不愉快な尻もある。当然好き嫌いはあるものさ。といっても、別に人の本質が知りたいから尻に執着している訳ではないぞ? それを知りたければ他に効率的な手段は幾らでもあるし、第一わたしは他者に興味など一切ない。何度も言うが、わたしが心血を注ぐのは『男の尻』だけだ。物体としての尻だけだ。幸いなことにわたしは生まれつき特殊な『眼』を持っているから、キミたち一般人と違って見ている世界が違う。検証した訳ではないが、キミたちは物体を数値として可視化する事は出来ないだろう? そしてどうやらこの眼はわたし自身の趣味思考を顕著に反映しているようでな、尻に関しては非常に高性能を発揮してくれる。一見しただけで所有者の健康状態、感情の機微、大まかな思考、性癖、行動予測などを読み解くことが可能だ。加えて尻の皺一つ一つに触れれば、その者が辿ってきた過去を追体験する事も出来る。尻限定の能力だがな? 面白いだろう? だからこそ、学者としての本分はまた別にあるとして、完全なる『お楽しみ』としてわたしは男の尻を愛しているのだ。

 それを踏まえて聞いてくれ。わたしはキミの尻に一目惚れしたんだ。他の尻とは違う、異様な存在感と洗練された美しさを感じた。もっと見たい! 触りたい! キミの許可は残念ながら求めてはいない。例え拒否されようともわたしは止まらない。止められないんだ。ゆえに先に謝罪しておこう。すまないフュフテ。わたしの眼に留まった時点で、キミの尻はわたしの物だ。造形から始まり尻を構成するあらゆる要素、穴という穴までわたしの所有物だ。そこは諦めてくれ。もはや後戻りはできないんだ。勿論、キミ自身に関して束縛するつもりはない。誰と共にあろうと詮索はしないし、好きに生きてくれればいい。だが、尻だけはわたしの物だ。好きな時に好き放題させてもらう。いいね?


 というわけで、結論を述べよう。

 フュフテ、今からキミに尻を開いてもらう。キミの尻の全てが知りたいんだ。

 だがしかし、一方的な関係はわたしの好みではないからキミにも利益のある話をしようと思う。

 尻を開いてくれたら、わたしの能力でキミに悩みなどがあれば是非とも解決してみせよう。よしんば出来なかったとしても、全面的に協力する事が可能だ。どうだい? 悪くはないだろう?」


 怒涛のごとく言葉という形の物量を叩きつけられて、何が何だか分からずに戸惑うフュフテ。

 シャルロッテは思う存分語ったことで多少の落ち着きを取り戻したのか、理知の光を薄桃色の瞳に宿して眼鏡の奥で輝かせている。


 辛うじて理解できた部分、尻を開く代わりに自分の悩みを解決してくれる()()()()()()という点に、非常に希望を感じるフュフテは、まさに自分の尻を等価交換とすることに言い知れない不安を感じ、思い悩む素振りを見せた。


「......分かりました。よろしくお願いします」


 しかしながら、例え悩もうが拒否しようがシャロッテが自分の尻を諦める筈がない、と思い直しフュフテはせめて優しく扱って貰えるように、低い姿勢で頭を下げて、そっと尻を差し出す。

 これから何をされるかは判断つかないが、今まで数々の苦難を乗り越えてきた自分のお尻ならばきっと耐えられるはず、そう考えていたフュフテは、


「いい返事だぁ! 任せなさい、徹底的に味わい尽くしてあげるからねええぇ?」


 再び高揚し出したシャルロッテが、すぐ近くの机の上から取り上げた鞭のような物体。

 全体的に漆黒にヌメりを帯び先端が丸みを持つそれが、自らウネウネと太い触手を思わせる動きで自分の尻へと伸びてくるのを直視してしまい、



「ーーあ、終わった」



 と、己の浅はかさとシャルロッテの鬼畜さを実感して、海より深い後悔を抱きながらせめてもの抵抗に、プルプル震えるお尻の蕾をキュッとさせた。

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