第11話 『謎は全て解けた』
先んじて謝りを入れたことが功を奏したのか、自分を取り囲む形で輪状に集まる人々がそれほど悪感情を抱いていない様子に、フュフテはそっとため息をつく。
許してもらえたのか、それともこれから始まる治療の効果を期待しているのか。
彼らの考えは定かではないが、ひとまずは治癒魔法を行使する前段階は整ったようだ。
後は滞りなく治癒を行なって、それで納得してもらうしかないという状況。
そう思いながらフュフテは自身の周囲に集った怪我人を見渡すが、どうにも重傷に過ぎる人物が幾人か目に入るーー。
「あれ? あの人、刃物で斬られたみたいな怪我なんだけど......?」
一見して重症と分かる血の滲んだ包帯姿の兵士は、剣で切られたのだろうか。
斬撃の軌跡を表す形に胸板を縦に走る赤のラインが痛々しく、立っているのも辛い様相。
客観的に見れば彼が自分の一件と関わりがない事は明白なのだが、「鳥の衝撃波で飛んできた刃物に切られた」とでも言われてしまえばどうしようもない。
過去の映像でも見ない限りは、過ぎ去ってしまった事を証明する事は困難だ。
ただ、責任の有無がどうこうと言った事よりも、「苦しそうな彼を治療してあげたい」と思う気持ちの方が強い。
それは怪我の大小に関わらず、今この場に集まった全員に対して自分が思う事だ。
たしかに、怪我人の治療をする理由は、自分の罰金を減らすという所にあるのは事実。
しかしだからといって、目の前で苦しんでいる人たちに損得のみの感情を向ける程自分の心は冷めてはいないのだ。
助けられるのなら、当然に助けようとする。
それが『英雄』という、自分が憧れた存在の一端でもあるのだから。
そうして改めて自身の行動理念を再確認した後に、
「では、始めたいと思います! あの、少し刺激が強いかもしれませんので、不調を感じた方は言って下さい。すぐに中止しますから」
あらかじめ怪我人たちに告知をして、これから行う新しい治癒魔法の準備に取り掛かる。
二度三度、深く息を吸って、吐いて。
幾ばくかの緊張と共に、呼気から空気中の魔素を体内に取り込み魔臓に送りながら、魔法構築の確固たるイメージを固めるため、この新たなる治癒魔法を生み出す事になったきっかけについて思い起こす。
それはアルシオン山脈で修行をしていた時期に、御影草が群生する洞窟から帰還した直後の、食事の際に起こった出来事であったーー。
※ ※ ※ ※
ひとまず食事を終え、食卓を囲んで昨日の洞窟で起こった出来事について語り合う四人と一本。
他でもない、御影草を求めて洞窟へと向かった探索者のオスタとリティリー。そしてフュフテの三人。
それと、立ったままに腕組みをする裸エプロンのイアン。その下半身からひょっこりグググ先生の、一人と一本だ。
今はちょうど、オスタの口から赤裸々な独白が紡がれた直後の瞬間。
フュフテが己の盛大なる勘違いに気付いて、真っ青になっていた時分だ。
ーーと、ここで。
実はこの時、この場の誰もが気付きながらも誰一人としてその現象に触れようとしなかった事件が、突発的に発生していた。
なぜ、誰もが指摘しなかったのか?
その理由は、この重苦しく迂闊な発言が許されない、オスタが作り出したシリアスな空間のせいにあった。
最初にそれに気付いた人物は、発生源の最も近くにいた人物であった。
(な、なにこのニオイ......ッ!? クサい......くっさ!! え、ちょっと待って......これ絶対、誰か、したよね......?)
突如として鼻の中に入り込んできた吐き気を催す臭気にいち早く反応したのは、青ざめた表情で思考に浸っていたフュフテだ。
自分の保身に必死になって頭を働かせていた彼の思考を一瞬で引き離したことから、漂ってきた臭いが如何に凄まじいものであったかが推測出来る。
(おえっ......気持ち悪い......なんなのこれ!? 何食べたらこんなニオイになるの? 身体、どっかおかしいんじゃないか?)
腐った卵も裸足で逃げ出すぐらいに強烈な悪臭に内心で悪態をつくフュフテは、苦痛に苛まれつつもひとつの事実を確信する。
「犯人は、この中にいる」
間違いない。
もちろんフュフテ自身は除外されるので、容疑者は三人。
オスタ、リティリー、イアンの内の誰かだ。
グググ先生は犯人ではない。
当たり前だがグググ先生は棒なので、違うものなら先端から出せるかもしれないが、このニオイはそれらとは種類が違うため容疑者から外れる。
そう判断したフュフテ探偵は、鋭い目線で周囲を見渡した。
さっき食べた料理を根こそぎ吐き出してしまいそうに凶悪な腐臭は、どんどんと臭気を増してこの食卓のみならず、室内全体に拡散している。
もちろん、気付いたのはフュフテだけではないだろう。
その証拠にフュフテの隣に座るリティリー容疑者は、俯いたままに苦しそうな表情だ。
だがしかし、リティリー容疑者は驚きの表情で周りをチラチラと盗み見ていることから、「なんとなく彼女ではなさそうだな」とフュフテは感覚的に悟る。
もしもその様子が演技で、本当はこのニオイをぶちかました犯人がリティリー容疑者であったとしたら、「もう二度と彼女とは口をきかない」とフュフテは思った。
そして、フュフテの真正面。
横長のテーブルであるため、直線距離で自分の最も近くに位置する男の顔を見た瞬間に、フュフテは全ての謎が解けてしまった。
ーー犯人は、こいつだ!!
容疑者の男はこの突然起きた恐怖の惨劇の中にありながら、顔色ひとつ変えずにテーブルを見つめている。
あたかも、この事件が起こることを最初から予見していたかのように。
普通の人間であれば、リティリーのように挙動不審になるのが当たり前だ。
こんな重い空気の中で、「いま誰か屁をこきましたよね?」なんて質問を、できる筈がないからだ。
この男は、それを知っていた。
だからこそ、自身が糾弾される心配もなく思う存分欲望を解き放ったのだ。
そして、有り得ない苦痛が訪れる事を事前に理解していたからこそ心構えが出来、平然と白々しい表情でいられたのだろう。
そこで急に、フュフテが愕然として見つめる真犯人オスタが、あろうことか目の前の少年へと顔を向けて、
「オッホン!」
咳払いをひとつした。
そのオスタの表情は、眉を潜めて迷惑気な視線をフュフテに向けており、「お前、マジかよ......」と言外にあからさまに匂わせて。
それに気付いたのか、リティリーもフュフテを見て物言いたげに顔をしかめて、「はぁ......」と何やら意味深な吐息を放った。
(ええっ!? 僕? 嘘でしょ!? 違う! 濡れ衣だ、僕じゃない! 違うんだッ!!)
一転して探偵から犯人へと仕立て上げられた哀れな少年は心の中で無実を叫ぶが、声に出していない以上は疑いを晴らす事は出来ない。
そしてあまりの驚きに口をパクパクとさせたせいで、より一層の悪臭をモロに吸い込んでしまい、顔面を再び真っ青に変えてうつむきながら吐き気を堪えていた。
冤罪を受けた悔しさのせいか涙目にもなっているが、気分の悪さにそれどころではないようだ。
とはいえ、今のフュフテは先刻の誤解を自覚した事で汗まみれの状態。
はたから見れば、罪を自覚して滝汗を流す自白寸前の容疑者、といった姿にしか見えないだろう。
故に、このままでは完全に自分が犯人にされてしまうと考えたフュフテは、せめてもの抵抗にオスタと同じように白々しい表情を浮かべることにした。
自分ではない事をアピールするために。もはや意地の張り合いだ。
そんな一連の流れを見ていたからこそ、グググ先生はフュフテを見て、『此奴、何かやらかしおったな?』という感想を抱いたのだ。
鼻のないグググ先生は当然、この場が異様に臭いという状況を知覚できない。
知覚は出来ないが、長年の経験と類まれな洞察力で何かが起こっている状況は理解していた。
結果的に事件はお蔵入りとなり、表立って犯人が糾弾される事は無かった。
しかし、フュフテはオスタに濡れ衣を着せられた事を内心根に持っていたため、その後に尻魔法についてからかわれた際に感情が爆発。
いつもの冷静さを失くして、ついついオスタを追いかけ魔法で攻撃するという過激な手段を行使してしまった。
フュフテらしからぬ短気な行動は、そのせいであったとも言えるだろう。
さて、そろそろ本題に触れよう。
シリアスな話し合いの裏で巻き起こっていたこの不幸な出来事が、フュフテの新しい治癒魔法に一体何の関わりがあるのか。
それは、この後グググ先生に理不尽なシゴキを受けた際の、オスタとの会話の中にあった。
「オスタさん、さっきのアレ......。犯人はオスタさんですよね?」
「あー、......すまねえ。やっぱバレちまってたよな? いやちょっと、腹の調子が悪くてよ......」
二人してグググ先生にボロボロに痛めつけられ、共に力尽きて地面に寝転びながら、フュフテはオスタへと真相を問い詰めた。
地に伏せながらきまりが悪いそうにするオスタが言うには、どうやら昨日からお腹を酷く壊してしまっていたらしい。
身体を操られ、御影フレイルの激烈な一撃による衝撃を受け、紫の草に全身取り憑かれてしまうという災難の連続が体に影響したのか、尋常ではない腸内の不調に陥ったオスタ。
それ故に殺人ガスを体内で生成する身体となった彼は、あの場で放屁しそうになった瞬間、何とかして押し留めようと頑張ったらしい。
今まで一度もやった事がない、尻穴に強化魔法を使用するという行動で、事故を未然に防止しようとした。
だが、努力虚しく尻穴は決壊。
全力で抑制したことによりオスタの体内で圧縮された屁は、かえって勢いよく飛び出し広がるという大惨事となってしまった。
その時のフュフテは、「オスタさんもまだまだだな」と、密かに尻の優越感を抱くのみに過ぎなかったのだが、それからしばらくして修行に励む内にふと思い至ってしまった。
「ひょっとして、これは使えるのではないだろうか?」ーーと。
そこから長い月日の試行錯誤の後に生み出されたのが、フュフテの新魔法。
身体強化魔法、風魔法、治癒魔法の三つを併用した、三種複合魔法とも言える高難易度の新必殺だ。
それが完成した瞬間、フュフテは感動に打ち震えた。
これさえあれば、自分が尻から魔法が出る場面を目撃されずに、存分に治癒魔法を人前で披露出来る。
幼馴染に大事な場所を噛まれるような、地獄の苦しみをもう二度と味わう事は無い。
自分の尻は、新しい世界を解放したのだ。
歓喜が溢れ出て止まらない状態のフュフテは、どこまでも高まる高揚感に居ても立っても居られず、感情の趣くままにアルシオン山脈の生きとし生けるもの全てに見せつける勢いで、尻から喜びを大放出した。
※ ※ ※ ※
あの時に感じた高揚感を思い起こして、深く潜り込んだ思考から帰ってきたフュフテの瞳に強い光が灯る。
これから行うのは、あの惨劇の再現。
自分の周囲の人たちを巻き込んでの、盛大なテロ行為だ。
とはいっても、決して彼らを酷い目に合わせようという訳ではない。
そんな事をすれば、罰金どころでは済まなくなってしまう。
治療にかこつけて怪我人にトドメを刺すなど、すぐさま逮捕されてもおかしくない暴挙。立派な詐欺罪だ。
あくまで、イメージの話。
オスタの放った屁のように、広範囲の拡散を思い描くだけ。
尻から放つのも鼻が曲がりそうな悪臭ではなく、皆を苦しみから救う治癒魔法だ。
フュフテの魔臓が、蒸気機関の動力部のように高い熱を持って、次々と魔力を尻に送り込んでいく。
送られた魔力は、あらかじめ尻穴に設置された風魔法の展開構成に触れて魔力から風魔法へと変化。
膨れ上がった風圧を一気にそのまま門からーー出さない!
ーーここからだ。
新治癒魔法の真髄は、ここから始まる。
同時並行で行使されていた、身体強化魔法が。
鬼のように過酷な修練によって研ぎ澄まされた赤色のオーラが、フュフテの可愛らしい菊紋を絶対強化だ。
そうする事で生み出された風魔法は猛々しく渦巻いて、フュフテの腸内を逆流する。
出口を失った風が腸内を陣取って、激しく循環しながらも一箇所に抑制されたままに内部でどんどんと圧力を高めていく様は、フュフテの思い描いた計算通りの動きに。
それだけではない。
肛門を締める二重構造の「括約筋」。
自動でゆるむものと自分の意志で動かせる筋肉の二つを、絶妙なバランスで強化していく。
さらに、最後の砦とも言うべき「恥骨直腸筋」という名の、縮める事で直腸をくの字の形に曲げて頑張るために存在する筋肉を、強化魔法で徹底的に仕上げていった。
これでもう、風魔法に逃げ場はない。
出番が来るまで大人しくしている事しか出来ない、封じ込めという完璧な布陣を築く。
風魔法が腸内に送られたことで再び空白となった肛門付近の空間に、別系統のラインから大量の魔力が送り込まれて再び魔法構築の準備が整った。
お次は肝心かなめの、治癒魔法の出番だ。
段取りよく構築されていた尻穴付近の治癒魔法構成に触れた魔力たちが、人々に癒しを与えるために尻の穴の中で鬨の声を挙げ始めた。
どうやらヤル気満々のご様子。実に頼もしい限り。
これにて、準備は完了。
あとはその目をかっぽじって新たな奇跡をとくとご覧あれ、といった所か。
多くの人の目に晒されながら極度の集中力を維持して起立するフュフテが、いまようやく動き出す。
一見するとなんの変哲もないように見えるが、その体内は凄まじいことになっている。
特に腹部から下半身にかけては、とてつもないエネルギーが収束し荒ぶっているのだ。
目には見えないながらも、その威圧を感じ取ったのか。
フュフテを囲む人々は、ある種異様な雰囲気に呑まれそれでもなお高まる機運を肌で感じたのか、取り巻く空気が期待感という熱気で満ちていき、知らず知らずの内に手に汗を握っている。
きっとすごいことが起こるーーそんな予感を胸に抱いて。
そして遂に、フュフテが開放体制へと移行した。
立ったままにかすかに上体を前傾させているのは、少しでも呼吸を止めて息むのを楽にするためだろうか。
少し屈んだことで両足が曲がり、尚且つ出しやすさを考慮して右足が爪先立ちにセクシーさを見せた。
自然と膝は内股になって女性らしく、お尻が気になるのか肩越しに臀部を覗く目線は色っぽい仕草で。
何より、お尻から出ることをカムフラージュするために尻口に添えられた右手のひらが、まるで衣服が風で捲れ上がるのを心配しているかのような、淑女的な恥じらいを感じさせていた。
その上、魔臓の負荷が辛いのか胸元の服を握りしめる左手が、更にいじらしさを助長させている。
排便を我慢するかの様相で紅顔を晒す美少女の背徳的容姿に、ギャラリーの数人がゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。
「あ、は......んんッ! い、イきます......。皆さん、見てて、下さいね?」
場所が場所であれば明らかに勘違いを生みそうな、間違った一声を発した美少女フュフテは、今の今まで堪えに堪えた尻の菊紋を、意を決して開放する。
一度開いてしまえば、もう誰にも止められない。
爆発的推進力でこの場を瞬く間に席巻するであろう尻の息吹を、お集まりの皆さまに思う存分嗅がせるだけだ。
その待ちに待った開始の合図が、桜色に色付くフュフテの潤い豊かな唇から、そっと囁くような声量でたった一言、神聖な言の葉を紡いだ。
《天使の屁ーーッ!!》