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無題  作者: 名なし
第1章
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第6話 『唐突な暴露』

 急激に飛び込んできたあまりの光量におもわず目をつむる。

 幾度か瞬きをするが眼球がやられたのか、視界が白いモヤでかすみがかっておりよく見えず、あわてて目を擦りつつ周りを見渡す。

 ずっと暗いところにいたせいで、慣れるのにしばし時間がかかりそうだ。


「大丈夫......敵はいないみたいだわ」


 自分より先行して外を伺っていたニーナが、張り詰めた緊張を解いたのか身体から力を抜いた。

 切れ長のくっきりとした瞳は鋭く辺りを睥睨し、枷の解かれた腕は、障害は即刻排除すると言わんばかりに警戒しながら標的を探している。


 ニーナさん男前すぎる......と思いながら、ただしく男である自分は果たしてこのままでよいのか? と自問し、軽く頭を抱える。

 年上とはいえ女性に守られる今の自分はわりと情けないし、そんな有様は美しくない。フュフテにも男としての意地があるのだ。


 どこかで挽回しよう、とひそかに拳を握りながら、自分と同じように目をごしごしとしていた隣のサシャとミシャを見やる。

 未だ危機の真っ最中であるし、これから何が起こるかもわからない。

 まだまだ気を抜くわけにはいかないのだ。

 

 徐々に光に順応してきた目を細めながら辺りを警戒する。

 少し開けた広場に鬱蒼と生い茂る周囲の樹々を見るに、どこかは分からないが森の中にこの入り口は位置するようだ。

 ニーナの言うとおり周辺に人影は見当たらず、ひとまずは安全な様子にフュフテは視線を緩めた。


 なにはともあれ、四人は捕らわれの洞窟から脱出したのだった。



 ※ ※ ※ ※ 



「とにかく、こいつらが手錠の鍵をもってないか、探すわよ!」


 地べたに寝転がる気絶した男たちを足で蹴転がしながら、ニーナは三人に指示を出す。

 なにやら急に地面に四つん這いになり、うーうー呻き出したフュフテと、それを見て慌てふためき介抱する姉妹を横目に、ニーナは行動を開始する。


 吹き飛ばされて無造作に転がるボロ雑巾たちは、もともと身綺麗ではなかったがフュフテの魔法によりさらにぼろぼろにされ、もはやゴミ屑と化している。

 正直忌避感に触れるのも躊躇するのだが、顔を顰めながら手近なゴミから探っていく。


 妹達も手伝ってくれているのか、


「うええぇ......これに触るの嫌なんだけど......」


「............臭い」


 鼻をつまみ、顔の前で臭気をぶんぶん手で払いながら、サシャとミシャが不快気に声を上げている。


 途中、いつまでも蹲って遊んでいるフュフテの尻に蹴りを入れて捜索を促すと、ふと壁にめり込んで白目を剥いている、鼠に似た風貌の男が目に入った。

 

(あいつ確か、手錠.....『魔封緘』だっけ? 説明してた奴よね? )


 自分を小馬鹿にして嘲笑っていた顔を思い出し、怒りが再燃しそうになるが、目を閉じて息を吐き落ち着きを取り戻す。

 小狡い感じの印象だったが、何処となくまとめ役っぽい雰囲気も持つ男だった......気がする。


(他は低脳で粗野な奴ばっかりだったし、こいつ鍵持ってないかな......というか持ってて!)


 触ったら急に動きだしたりしないよね? と若干びくつきながら、こわごわと男の懐を探ると、

 

「......!  あ、あった! 鍵、見つけたわ!」


 目的のものを発見し、飛び上がってはしゃぎながら三人の元へ走り寄る。


「鍵、鼠男が持ってたのか」


「鼠......? ふふ、確かに似てるわね」


 ぽつりと呟いたフュフテの比喩に、男の顔を重ねて笑いを零しながら、少女は鍵穴を回していく。

 フュフテ、サシャ、ミシャの順に手錠を外し、自分のものもカチリという音と共に拘束が解かれた。


「よし、 手錠がなくなればこっちのものよ! あとは私にまかせなさい! 全部、消し飛ばしてやるわ!」


 鼻息荒く自信満々に胸を張るニーナの姿に、三人はそこはかとない不安を感じたが、水を差すと後が怖いので黙っている。


「奥の通路はすぐ行き止まりになってたよ? ここ、賊の拠点だと思ったんだけど、違うみたいだね。このフロアしかないみたいだし」

 

 無慈悲な攻撃を受けたお尻をさすりながら、少年が話し出す。

 腑に落ちないことでもあるのか、難しい顔で首をひねるフュフテに、


「そう! それじゃ、他に仲間はいないのかしらね。どっちにしろ出口はひとつ。行くわよ!」


 ひとつ頷きを返すと、行き止まりと反対の唯一の通路に向かい始める。

 熟考せず勢いのまま突き進もうとするニーナの言動は一見無謀にも見えるが、本来の自衛手段を取り戻した彼女にとって、並大抵の敵など障害にもならないのだろう。


「先頭は私。サシャとミシャは真ん中。フュフテは後ろを警戒して。任せたわよ」


 歴戦の指揮官のように指示を飛ばすニーナに頼もしさを感じながら、一同は慎重に歩を進めた。



 ※ ※ ※ ※



 洞窟の入り口が後ろに小さくなるのを見ながら、ニーナは順調にことが進んでいる状況にほっとし、いささか気が緩みかけていた。

 何ごとも無く無事に里の集落まで帰れるのではないか、以外と楽勝ではないか、と。


 日は中元を過ぎ傾きかけているが未だ高く、森の中とはいえ見晴らしのいい小道にそこまで神経を研ぎ澄ます必要はないのかもしれないーーと考える辺りに、油断がみられる。

 もっともここまでニーナのやった事といえば、フュフテの活躍に呆然としたあと、鍵を見つけて斥候の真似事をしただけなのだが、魔法を無事使えるという現況に余程万能感を抱いているのか、その足取りは軽い。


 ゆえに彼女の余裕がこの問いを口にさせたのだろう。


「そういえば......なんでフュフテ、さっき魔法つかえたの? 手錠してたのに」


 昨日の夕食なんだった? と聞くぐらいの軽さで投げかけられた問いかけは、このタイミングで言われると思わず、完全に無防備だったフュフテを硬直させた。


 ぱっちりとした目を丸く見開き、あわあわと口を震わせる少年に頓着せず、ニーナは、


「すごい威力だったわね。あ、もしかしてお尻から出したから、封印の効果が発動しなかったのかしら?」


 立て続けに爆弾を投下する。

 言っている内に例の光景を思い出したのか、「でもお尻って......ちょっと、ね......」 と少し引き気味に続けるニーナに、


「え? お尻? なにそれ......」


「............尻?」


 間に挟まれた少女二人が同時に首を回し、驚愕の眼差しをフュフテに送る。

 同様に、二人に凝視されたフュフテは、「あれ? 気付かれてなかったのか!?」とでも言いたげな驚きの表情で、彼女達を見返している。


 途端、フュフテがこちらに何かを訴えかける懇願混じりの眼差しを向けてきた。

 少年の白くすべすべの頬には、額から流れ出る一汗がきらりと光っている。


 しかし、その必死な訴えは、自由奔放なニーナにはまるで届かない。

 

 衝撃の事実を今知ったばかりといった驚きを見せる妹達のそぶりに、ニーナは不思議そうに小首をかしげ、


「あら、あんた達ちゃんと見えてなかったの? まぁ私もフュフテが魔法使うのは初めて見たんだけど、まさかあんな方法で魔法を使うなんて驚いたわ!

 よっぽど練習したんでしょ? ......なんであそこから出そうと思ったのかは、分からないけれど......」


 若干言い澱むが、ちらりとフュフテに視線をくれながら賞賛の言葉をかける。

 

 基本、魔法というものは、手のひらに収束して放つというのが魔法使いの間で常識となっている。

 というよりも、それ以外の箇所から魔法を使用することが、単純に困難なのだ。


 少々講義的な話になるが、魔法とは大気中に存在する魔素をエネルギーとして体内に取り込み、物理もしくは自然現象に変換して体外に放出するものである。

 人の住む大陸には多種多様な民族が存在するが、共通して体内に魔素を一定量蓄積するための『魔臓』と呼ばれる器官を有し、呼気と共に魔素を吸入、排気する。


 つまり、空気が漏れる穴であればどこからでも魔法は出せるわけだ。


 長くなるので詳細は省くが、一例として、目から魔法を放つ事はもちろん可能だ。

 しかし、発動の瞬間に目線を動かせば照準がずれる、使用中は何も見えない、火魔法の最中に目蓋を閉じれば大火傷、火力調整に失敗すれば失明、と使い勝手が非常に悪い。


 おまけに出力をイメージしづらく、使いこなすのに多大な時間と労力がかかるため、わざわざ茨の道を歩みたいとは誰も思わない。

 それは同様に尻にも言えるため、あれほどの練度で魔法を行使したフュフテを見て、ニーナは感嘆したのだ。


 おそらくフュフテはいざという時に備え、体のあらゆる箇所から魔法を使いこなす訓練をしていたに違いない。

 彼のたゆまぬ努力と柔軟な対処能力によって、自分達は悪漢から救われた。

 秘部を露出して魔法を放つなど、一生の汚点になりそうな不名誉を被ってまで私達を助けてくれたのだ。

 

 例えどんな姿を彼が見せようと自分は決して軽蔑したりはしない、と再びフュフテを視界に収めてーーなぜか追い詰められた獣が見せる殺気混じりの視線を感じるのだが、感謝を込めた柔らかい笑みをひっそりと送った。


 純粋な親愛を向けるニーナと、恩を仇で返されたフュフテ。

 両者のすれ違いは見事なものであった。

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