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無題  作者: 名なし
第1章
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第5話 『英雄はむずかしい』(*)

(ふう、ひとまず誤魔化せた......)


 ニーナの追及を有耶無耶にしたフュフテは、外面は平静を装いながら背中にしっとりと冷や汗をかいていた。

 濡れた服がひやりと肌にしみる。


 ーーやってしまった。

 ついに人前でやらかしてしまったのだ。


 他者に知られないように。

 ずっと隠し通してきたにも関わらず。


 仕方なかったとはいえ、誰にも見られたくない姿を。

 美しさと相反する、とてつもなく恥ずべき戦法を。


 禁断の『ケツ魔法』を、衆目に晒してしまったのだ。

 

 他に手はなかったのか。

 安直な手段だったのではないだろうか。


 ニーナが腕を組み何か考えに耽っている姿を横目に、フュフテは己に問いかけていた。

 が、ふとあきらめた表情で小さく溜め息を落とし、ゆるゆると左右に頭をふる。

 

 どう頑張っても自分ではあれ以外の方法が考えつかなかったのだから仕方がない。

 それに、実行した作戦もうまくいったとはいえ、決して容易いものではなかったはずだ。

 結果として襲い来る悪の手から三人のお姫様を救い出すことができたが、もし一歩何か間違えていれば......、


 男たちがフュフテに興味を抱かなければ。

 ゴンザが食いつかなければ。

 初っ端の風撃を外していれば。


 どれかひとつでも取り零していたのなら、いま自分達は呑気に会話などしていられなかっただろう。

 

 そういった意味では、本当によくやったと自分を褒めてやりたいくらいだ。

 実際、捕らわれたのが自分ひとりだけであったとして、目的が賊どもを油断させ、奇襲攻撃を叩き込むことのみであったとすれば、この戦果にフュフテは小躍りしていたに違いないだろう。


 問題はそこではないのだ。

 左右あわせて二つ、計六つの瞳に一部始終を目撃されていた状況こそが、問題なのである。


 そこで初めてフュフテはニーナの他に二人の視線があったことに思いあたり恐怖。

 おそるおそる二つ年下の少女達を盗み見て、


(あれ? なんか思ってた反応と違うような......?)


 二人の姉妹ーーサシャとミシャの様子が少しおかしいことに気付いた。


 悪い方向にではない。

 フュフテは二人から、きっと軽蔑の眼差しを向けられるだろうと、覚悟していたのだから。

 

 もともと二人の少女は、正反対の性格をしている。


 一族共通の黄金の髪や、細作りな体型ーー若草色のつなぎ服(ワンピース)に隠された未成熟な肢体はよく似ているが、その他は全くもって真逆である。


 サシャの、常に活発に動きまわり楽しそうな出来事を見つけ出そうとする、キョロキョロと落ち着きのない瞳は、瞠目しながら一点を指して動かず、言葉の弾幕を常時展開する騒がしい大口は、今はぽかんと静かに開かれていてーー。


 ミシャの、いつもは眠そうに細められぼんやりとしている目は、キラキラと輝きながら大きく見開かれ、食事以外滅多なことでは運動しない怠け者の口辺は、感動をぶつけ矢継ぎ早に隣の幼馴染の少女に一方的に語りかけていてーー。


()わがしい】サシャ、【()てるだけ】のミシャと、冗談まじりに二人の印象から心の中でこっそりと名付けをしていたのが、不思議なことに平素とまるで対極な振る舞いと、特に悪感情を抱かれていない点に、小首を傾げる。


 サシャの様子は理解できる。

 訳も分からぬうちに脅威であった賊たちが全滅し、突然事態が好転して危機が去ったのだ。

 よほど驚いたであろうことは、固まっている姿を見れば誰だって容易に知れる。

 もう一拍ほど時間をおけば、すぐに騒がしく囀り出すだろう。


 反して、よく分からないのはミシャである。

 なぜあんなに興奮して、熱のこもった視線を向けているのだろう。

 あれではまるで、物語の英雄の活躍を見て憧れる子供のようではないか。


 なにが彼女の琴線に触れたのだろうか?

 さきほどフュフテが戦う姿に見惚れたのか。

 いや、それはおかしい。

 

 たとえばフュフテが、華麗な剣技を駆使して強大な敵と斬り結ぶ剣士であったり、深淵なる魔法をいくつも展開する壮大な魔法合戦を繰り広げる魔法士であったのなら。

 彼女の前で、目を奪われ魂を揺さぶられる熱き戦いを経て、運命をその手で切り開く勝者の姿を見せたのなら。

 

 それなら、しょうがない。

 紛れも無い英雄の姿だ。

 見惚れて憧れるのは、当然のことだ。


 フュフテは英雄に憧れている。

 

 強く、気高く、美しく。

 森の民の血を引く男として、心身ともに誰に恥じることもなく生きていきたいと、心に熱く描いている。

 

 弱きを助け、強きをくじく。

 たとえ今はまだ理想に手が届かなくとも、いつの日か己の生き様を誇れる男になりたいのだ。


 さっきまでの自分はどうだったろうか。

 大事な存在を守るため、必死に、なりふり構わず闘った。

 輝かしい未来への一歩を踏み出し、英雄の片鱗をわずかでも発揮することができただろうか。


 そこまで考えたところで、フュフテは脳天を鈍器で殴られたほうが遥かにましなぐらいの、衝撃的な事実に気付いてしまった。

 

 ......なんてことだ。

 一体自分はなにをした?

 英雄的行動を......いや、それは違う。


 ただ、服を脱いだだけだ。

 下半身を露出して、尻から魔法をぶっ放した。

 同性の、それも倒すべき敵を娼婦のように淫らに誘惑して尻を差し出した上で、だ。

 

 ......いくら誰かを助けるためとはいえ、果たしてこれは英雄として誇れる姿なのだろうか。

 そもそも物語の英雄は、尻を丸出しにして戦ったりはしない。そんなやつは英雄ではない。


 ただの、変態だ。

 

 どうやら気づかぬ内に、英雄どころか変態への一歩を踏み出していたようだ。

 

 つい先刻の、現時点までの自分の行動を客観的に振り返ったフュフテは、そのあまりにあんまりな映像に、膝から地面に崩れ堕ちた。



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【フュフテ】


挿絵(By みてみん)


イラストは「あっき コタロウ」様より頂きました。ありがとうございました!

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