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無題  作者: ナナシ
第2章
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第26話 『遂に時はきた』

 幾度もの攻防と強化魔法による魔力消費に呼吸を荒げつつ、オスタはこれまでの交戦によって得た情報を整理する。


 今の今まで化物と剣を打ち合っていたリティリーとオスタだが、何も闇雲に斬りつけていた訳ではない。

 全くダメージを与えられていないとは言え、様々な箇所を攻撃し続けた事で、見えてきたものがある。


「リティリー! こいつは!」


「ええ! たぶん、あの紫の部分が弱点よ! フュフテ君に狙ってもらうのは、そこ!」


 リティリーに端的に確認を取りつつ、オスタは斜め前から力任せに左肩へと切りつけた。

 が、深々と剣が沈むのみで、黒の剣士はオスタの攻撃を防ごうともしない。

 にも関わらず、リティリーの正面から顔面目掛けた細剣の一突きは、わざわざ首を横に倒してまで躱し、追撃を警戒して間合いを取ってくる。


 ーー間違いない。

 コイツは、あそこを守ってやがる。

 おそらくだが、あの紫が急所みたいなもんなんだろう。


 だが、いくら攻撃を仕掛けても奴の防御を突破できない。

 出来る事なら、俺たちで片をつけたかったが、やはりフュフテに頼るしかなさそうだ。

 しかしーー。


 慣れてきたとはいえ、あいも変わらず吹き出した吐き気を催す悪臭に胸を悪くしつつも、オスタはこちらに尻を丸出しで向けるフュフテに、チラリと視線を投げた。


「なんつう魔力を、尻に溜め込んでやがんだ、あいつ............ありえねえ......ッ!」


 なぜ尻から出そうとしているのか、意味は全く不明だが、あの少年が発射寸前に圧縮させた魔力はとんでもない質量だ。

 目に込めた魔力による可視ーー所謂【魔眼】と呼ばれる戦闘技術によって見えたフュフテの魔力量はケタ外れで、それこそ人外といえる程に凄まじく、オスタは鳥肌が立つのを感じた。

 それと、同時に、


「あのバカ......はっきり言って、集め過ぎだ。ここら一帯、まとめて吹き飛ばすつもりか? 冗談じゃねえ......」


 洒落にならない威力を肌で感じて、オスタは別の意味で戦慄する。

 だが、それくらいでないと、この化物を滅ぼすには足りないかもしれないのも、事実。


 それよりも、この化物を足止めする方法だ。


 剣では止められない。

 あまりやりたくは無かったが、こうなっては仕方ない。

 アレしかないかーーと、オスタが覚悟を決めていると、


「なっ!」


 突如として、黒の怪物がフュフテに向かって駆け出した。


「くそっ!」


 慌ててオスタも後を追う。

 せめてもの足止めになるかと、走りながら剣を投擲するも、化物の黒剣に弾き飛ばされ、明後日の方向へ。

 秒の時間すら、稼げずに。


 化物の向かう先で、地に屈むフュフテは、尻を丸出しでこの上なく無防備だ。

 この怪物の太くて黒い凶器で突き刺されれば、どう考えても無事では済まない。


 フュフテの異常な魔力の波動を、感知したのであろう。

 自分にとって脅威となる、と認識した化物は、瞬く間にフュフテへと接近し、一直線に少年の秘部を抉り貫く軌道で、自身の持つ黒光りする突起物を、激しく突き出した。がーー、


「させないわッ!」


 間一髪、間に割り込むリティリーの一閃によって、フュフテのピンチは救われた。

 しかし、度重なる酷使と無茶な使い方でぶつけられたリティリーの剣は、少年の命と引き換えに、繊細な破砕音を奏でて、その生涯を終えてしまう。


 武器を失い、攻撃手段を失ったリティリーと、お尻をスレスレに掠めて地面に刺さった黒い剣を引き抜き、再びフュフテに襲いかかろうとする化物。

 障害がなくなり、またもや少年に危機が訪れるかと思われたが、その動きはひとりの男の行動により、完全に止められる事となった。


「おっと! そこまでだ。そろそろ、観念してもらおうか!」


 黒の怪物を真後ろから羽交い締めにするのは、青の〝身化一束″を全開で放出するオスタ。


 唖然とする無手のリティリーに、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべたオスタが、


「フュフテッ! いまだ! 俺ごとで構わねえ! コイツの顔目がけて、撃てッ!」


「何馬鹿なこと言ってるの!? やめてっ! オスタ!」


「こうでもしねえと......止めらんねえ、だろっ! くっ......! 早くしろ、フュフテ! 長くは、持たねえ......ッ!」


 静止の声を聞き入れず、フュフテへと必死の形相で魔法の発射を促す。


「あ......う......オ、オスタさん......ま、待ってください......ッ!」


「いいからやれ! 俺はいい! 元々コイツは、俺から生まれた化けモンだ! てめえのケツはてめえで拭くのが、探索者ってもんだ!」


「やめて......オスタ......お願いッ! あなたが居なくなったら、私......ッ!」


 苦悶の表情でこちらに何かを言いたそうなフュフテに向かって、オスタは「何も言うな」と言わんばかりに、言葉を重ね掛けした。

 そして、悲痛な震え声で自分に縋るリティリーに対しては、


「......リティリー、悪ぃな。だが、俺にも大事な、守りてえもんがある。そいつは、譲れねえ」


 はっきりとした口調で言い切り、自身から作り出された負の遺産を、両の腕で強く締め付ける。

 拘束を振り切ろうと、全力で暴れる憎悪の塊は、後先考えずに限界まで魔力を燃やすオスタの肉体から逃れられずに、ただ藻掻くばかり。

 剣で刺されても無限に再生するかも知れないが、物体である以上捕まえてしまえば、この化物に逃れる術はない。


 至近距離で鼻をつく刺激臭が、より強烈にオスタの鼻腔を襲う。

 コイツは憎しみから生まれた、憎悪だけで構成された異物。

 なるほど、憎しみという感情を匂いで表したとしたら、こんな堪え難い臭気になるのかも知れないなーーと、自嘲混じりの苦笑を零し、リティリーに向けて、伝えておかなければいけない想いを紡ぐため、オスタは瞼を下ろす。



 ーー長い間、ずっと見続けてきた。



 自分から、大切なものを奪い去った、咎人たちを。

 自分に、大切なものを与え続けた、恩人たちを。

 ひとつのパーティーの、有り様を。

 三人の探索者の、彼らの、生き様を。


 最初は、只々恨みしかなかった。

 父を、妹を。

 たった二人の家族を、虫けらのように殺しておいて、何を被害者面しているのか、と。


 自分を連れてきたのも、単なる偽善の行動に過ぎない。

 すぐに化けの皮が剥がれて、醜い本性を現すだろう。


 その時は、嘲笑ってやるのだ。

 大声でこいつらの欺瞞を周囲に喧伝し、高笑いでも上げて、自分の喉を掻っ捌いてやろうかと。

 自身の死を持って、最後に一泡吹かせてやろうと。

 せめてもの、ささやかな報復をーーそう、考えていた。


 でも、違った。

 こいつらは、馬鹿だった。


 リーダーのおっさんは、自分を息子のように育て始めた。

 弓師の野郎は、出来の悪い弟を持つ、兄のように振舞い始めた。

 剣士の女は、双子の片割れのように、ピタリと側に張り付き始めた。


 別に口に出して、そうすると言われた訳じゃない。

 気が付いたら、自然とそうなっていた。


 すると、嫌でも目に入ってくるものがある。


 ひとりになった自分を引き取り、なんだかんだと言いながらもしつこく構ってくる、過保護なリーダーのおっさん。

 感情など邪魔なだけだ、と捻くれた事を言う癖に、ひとりこそこそと毎日馬鹿みたいに、自分の家族の墓参りをする、いけ好かない弓師の野郎。

 誰よりも己に厳しく、身体を痛め付けるように鍛錬を繰り返し、有事の際は真っ先に自分を守ろうとして、一番危険な役割に身を投じる、危なっかしい剣士の女。


 本当に、どいつもこいつも、不器用な馬鹿ばっかりだ。


 そんな馬鹿達と一緒に過ごす羽目になり、ふと我に帰れば、もう八年もの年月が過ぎ去っていた。


 こんなものを、繰り返し繰り返し見せつけられて、果たして変わらずに居られるだろうか?

 少なくとも、俺には無理だった。


 絆されたわけじゃない。

 ただ、疲れちまっただけ。


 いくら悪意をぶつけても、返ってくるのは好意。

 冷たくしても、優しくされる。

 どんなに否定しても、丸ごと肯定されちまう。

 無償で与えられ続ける事が、こんなにもしんどいとは、夢にも思わなかった。


 そして、こいつらはしつこかった。

 勘弁してくれと、何度思った事だろう。

 でも、やめてはくれなかった。

 何をしても、何を言っても。

 最後まで、見捨ててはくれなかったのだ。


 ーーもう、憎み続けることに、疲れちまった。


 負けたのかも、しれない。

 ああ、俺は負けた。負けちまった。

 それが、悔しくも何ともないのだから、完敗ってもんだ。降参だ。


 そんな奴らだから、基本的に、俺に何かを強要してくることはなかった。

 だが、ひとつだけ。

 初めて、といっても、いいかもしれない。



「リティリーを、頼んだ」



 ーーたったひとつだけ、求められた。

 最初で、最後の、頼まれ事。


 期限はない。

 何から守るのかも、定かじゃない。

 曖昧過ぎる上に、達成状況すら見えない。


 だったらーー、



 溢れそうに雫を湛える濡れた眼を見据えて、オスタは正しく発声する気を整える。

 悔いの残らないように、胸に燻る熱量の、すべてを託して。



 ーーお前は、俺が守る。



 口唇から伸びる語尾が空気に溶けるのに合わせて、彼女の眦が、静かに落涙を許した。


 彼女は、俺から何もかもを奪った女だ。

 その代わりに、俺に多くを与えてくれた女。

 大切な存在。

 俺に残された、たった一人の、家族。


 一度は、失態を見せてしまった。

 だから、もう、間違わない。


 沢山を貰ったのだから、その分を返さなければいけない。

 今が、その時だ。

 頼まれたからには、命をかけて答えてみせる。

 それが、馬鹿な俺の、最後の意地ってやつだ! ーー。



「やれッ! フュフテっ!! ぶちかませええぇぇーーーーッ!!!!」



「あああああァァァーーーーッ!!!!」



 オスタの咆哮に呼応する形で、四つ這いの少年が尻を高々と持ち上げ、絶叫する。

 豊潤な魔力に煌めく肛門が、遂に脚光を浴びて、出陣の法螺貝の如く意気揚々と、盛大に開門した。



「ーーーー!!」



 ーー血の朱が、戦場に満ちる。



 猛烈な噴出音が空間を切り裂き、二つの標的へと、尻からの一撃が炸裂。


 濃厚な鉄錆の匂いが、即座に一帯に充満した。


 リティリーの、声にならない悲鳴。


 化物が上げる、カンに触る醜い苦悶の奇声。


 オスタは視界を失い、遅れて激痛。

 そのまま、地に倒れーーは、しなかった。


 あまりの痛みに、のたうち回りたくなるのを耐えて、懸命に状況に耳を澄ます。


 ーーなにが、起こった!?


 なぜ、自分は生きているのか。

 というより、何かがおかしい。


 顔面にこびりつく、夥しい量の血痕を、服の袖で拭う。


「あ......ああ......ッ!」


 リティリーの声に焦りながら、目の痛みに涙を流しつつ、なんとか視界を確保してーー、絶句した。



 なぜならば、そこには高く掲げた尻の穴から、ビュービューと間欠泉のように勢いよく血を噴出させる、フュフテの姿があったからだ。




 ーー「魔血乏症」ーー

 原虫を病原体とする感染症。

 侵入経路は、出血を伴う肛門から。感染源は、特定の動物の毛皮である。

 肛門から侵入した虫は魔臓へと到達し、機能障害による魔力暴走を引き起こして、魔力が血管に異常に流れ込む事で全身の血流を狂わせる。

 

 症状としては、主に肛門からの出血。副次的なものとしては、一時的な認識障害を伴う。

 感染から発症までの潜伏期間が長く、出血という症状しか現れないため、裂肛と混同され発見が遅れる事が多い。

 

 発症時の特徴としては、致死量を超える多量出血が見られ、その死亡率は極めて高い。

 故に、発症直前に見られる、肛門部のピリピリとする刺激や、会話時の認識齟齬といった兆候に留意し、発症前に治療する事が重要である。【王立医療研究所「感染症診療の手引き」より抜粋】




 ーーフュフテの尻の病が、ついに、発症した。

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