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無題  作者: ナナシ
第2章
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第24話 『回帰』

 黒の化生の上げた高音域の叫びは、戦いの合図であったのか。

 異形の人影が高々と跳躍。

 高台から飛び降り、両の脚を地に付けるや否や、こちらに準備のいとまも与えず突貫を仕掛けてきた。


 黒い腕と半ば同化する形で生える、漆黒の刃らしき物体が狙う先は、剣を構えるリティリー。

 体ごとぶつかる勢いで振られた黒剣と、迎え打つ細剣が交錯する。


「フュフテくんッ! オスタを!」


 まともに打ち合うは不利。

 黒の圧力が自身の刃に圧しかかる刹那に、剣に捻りを加えて衝撃をいなし、素早く後退するリティリー。

 短く発せられた指示には、余裕など微塵も感じられない。


 フュフテは弾かれたように彼女を見て、身を翻し、唐突に走り出す。

 別にビビって逃げ出した訳ではない。

 向かう先はもちろん、死体の如く動きのないオスタの元だ。


 二人の交戦に巻き添えを食わないよう迂回ぎみに駆け、岩床を蹴り、尻をふりふり全力で足を回す。


 彼女は時間を稼ぐつもりだ。

 フュフテが、オスタを助け出す時間を。

 リティリーの切羽詰まった声が、化物の危険度を暗に伝えていたため、少年は焦燥に駆られる。

 出来る限り、迅速に行動しなければまずいーーと。


 すぐに、妖草たちに囲まれるオスタの近くに到着。

 迂闊に近寄れば、霊草に何をされるか分からない。

 ここが接近できるギリギリの、限界地点だ。


「オスタさんッ! 大丈夫ですかっ!? 聞こえますかオスタさんッ!」


「............うっ......フュフテ、か......? 俺は......一体......?」


「っ! 気をつけて! 慎重に起きてください! 周りの奴らに、触れないように!」


 どうやら死んではいなかったらしいオスタが、呻きながらゆっくりと身を起こす。

 フュフテの注意喚起にビクっと体を竦ませ、接触しないようにおそるおそる立ち上がったオスタは、


「こっちまで、来れますか?」


「ああ......体がめちゃくちゃ痛えが......よっ! と」


 その場で自身のコンディションを確認した後に、少ない地肌の見える面積を蹴りつけて、霊草を一息に飛び越える。


 ズダッ、と革靴を重く鳴らして両足から着地。

「ぐっ......!」と、着地の衝撃が身体の痛みに響いたのか、小さく苦痛の声をくぐもらせた。


 フュフテのすぐ側で肺から空気を長く吐き出した後、少年に顔を向けたオスタの目は、最初に出会った時と同じ、鮮黄色で明るく染まっていて。

 今までのおかしな雰囲気が綺麗さっぱり消え去っているのを感じ、フュフテの肩から力が抜ける。

 どうやら、無意識に彼の挙動を警戒していたらしい。


「ふぅ.......。すまねえ、やっと、正気に戻れたみてえだ。......お前が止めてくれて助かった......恩にきるぜ、フュフテ」


「もう大丈夫そうですね! よかったです。ほんと、びっくりしたんですから。勘弁して欲しいですよ......。

 っ! それより! 早くっ!  リティリーさんが、危ないです!」


「! そうだっ! リティリー!」


 ばっ、と振り返って、すぐにオスタが走り出す。

 幸いにも、彼の所持していた武器は足元に転がっており、止まる間も惜しいと引ったくるように拾い上げて疾走。

 その後ろを、フュフテも急いで追いかける。


 無事に不気味な霊草の群生地から距離を取った二人の視界に映るは、高速で物騒な舞踏を披露するふたつの人影。

 火花を散らして前後左右に躍動し、互いの位置を入れ替えて戦う姿は、尋常ではない速さだ。


 介入する余地のない激戦の場から離れた位置で足を止め、その争乱を目にするフュフテには、速すぎてまともに姿を捉えることが出来ない。

 だがオスタには、彼等の動きがちゃんと見えているらしい。


「まじかよっ!? あいつの〝二束(にそく)″で互角なのか!?」


「? ニ束? 何ですかそれ?」


「身体強化魔法の段階だ。何だ、知らねえのか? ほら、今リティリーのやつ、黄色く光ってんだろ?

 ありゃあ二段階目、〝身化二束″とか〝二束″って呼ばれる状態だ。

 大体、通常の4倍まで身体能力が跳ね上がる。すげえんだぜ? リティリーは」


「4倍!! すごいですね! ......というか、名称とか初めて聞いたんですけど。

 あれ? おかしいな。ぐぐぐ先生、そんなの一言もいってなかったんですが......」


 割と長いこと尻の強化訓練をやらされてきた筈なのだが、全く聞き覚えがない呼び名に、フュフテは困惑する。


 実は、それには理由がある。


 身体強化魔法は現在、一束から五束までの五段階で呼称されるのが常識となっているのだが、それはここ百年ほどの間に人々の間で浸透したものであるため、人外であるぐぐぐ先生はそんな事は知らないのだ。

 加えて、イアンやぐぐぐ先生の使う強化魔法は桁外れに高度なので、彼らにとってあまりにも低いレベルに、いちいち名前など付けない。

 未熟、の一言で片付けてしまう。


 詳しく説明すると、身体強化魔法で跳ね上がる倍率は各段階の累乗となっており、


「身化一束」ーー2倍

「身化二束」ーー4倍

「身化三束」ーー16倍

「身化四束」ーー256倍

「身化五束」ーーこれは驚異の、65536倍


 と、なっている。


 また、それぞれのステージを区分けするように、

 下から、「青」「黄」「緑」「赤」「極彩色」へと身体を纏うオーラは色を変える、という特徴を持つ。


 もちろん、これらはおおよその目安である。

 身化四束〜五束は幅が大きすぎるため、四束下位〜四束上位といった分け方も存在する。


 例を上げれば、ぐぐぐ先生が以前披露した薄いオーラは、赤に白を混ぜた桜色だ。

 これは、身化四束下位に相当する。


 大雑把に言って、通常の固さの、約10000倍くらいだ。

 イアンのもう一人のイアンは、すごく硬いのだ。

 カッチカチだ。



 ーー話を元に戻そう。



「ーーって感じでな、大体色で強さが分かんだよ。俺はまだ【青】しか使えねえんだが、【黄】で倒せねえとか冗談じゃねえぜ......」


「......あの黒いのは、何なんですかね?」


「あれは、おそらくだが......俺の中の恨みが具現化したもんだと思う。

 あの気持ち悪ぃ草に取っ捕まった時に、身体からごっそり抜き取られる感じがした。

 俺のせいだ。すまねえ.....」


 オスタから強化魔法の説明を聞いて、フュフテはひとつ納得した事がある。

 それは、ぐぐぐ先生の謎の言葉についてだ。

 修行の最中に、やたらと先生が、『もっと尻を光らせんか!』と叱咤してきたのだが、あれはそういう意味だったのか。


 とは言われても、自分で尻の穴を見ることは出来ないから、色とか全く分からないのだが。

 ぐぐぐ先生は、無茶苦茶だ。


 それはともかく、黒い化物の正体が、オスタの悪感情を端に発したものであるとは、驚きの一言である。

 だがそうと分かれば、あれを倒す事に躊躇などいらない訳だ。

 倒せるかどうかは、別として。


「フュフテ。お前、さっき御影草に使った凄え一発。まだ出せるか?」


「え? あ、はい。結構タメなきゃいけないので、時間はかかりますが......もう一回くらいなら、捻り出せると思います」


「よし! じゃあ、俺とリティリーであの黒い奴の足を止めるから、そしたらアイツ目掛けて、思いっきりぶっ放してくれ!」


 御影さんから脱出した時の魔力を感知していたオスタが、その凄まじい威力の魔法を決定打に、簡潔に作戦を打診してきた。

 自身の余力を計算し、遂行が可能であるというフュフテの回答に、力強く頷くオスタの元へ、


「ーーきゃっ!」


 黒色の怪物と戦っていたリティリーが勢いよく弾き飛ばされて、背中から突っ込んできた。

 それを胸元でがっしりと抱き止めるように受けたオスタが、


「リティリー!」


「オスタ......っ! 無事だったのね!? よかった......! その、さっきの事だけど......」


「いや、それについては、俺から言わせてくれ......。本当に、すまなかったッ!

 あん時は、どうかしてたみてえだ......。後でちゃんと謝る。

 今はまず、アイツをどうにかしようぜ?」


「! そうね......そうするべき、よね! わかったわ、私も謝る事が沢山あるから、これが終わってから......」


 リティリーと至近距離で見つめ合い、互いに胸に巣食う想いを一時押し込めて、やるべき事に目を向ける。


 こうして会話する合間にも、執拗に彼女を狙う黒染めの怪異は、こちらに段々と距離を詰めてきており、時間の猶予は限られている。


『フュフテ砲作戦』を掻い摘んで聞いたリティリーが、戦士の顔付きでオスタを見て、


「アイツ、相当強いわよ。【黄】でギリギリ......。【青】のオスタじゃ、キツイかも」


「舐めんなよリティリー。確かに俺は【青】しか使えねえが、元のベースが違うんだ。

 腕力とかなら、【黄】のお前よりも強いぜ? まあ、うまくやるさ!

 フュフテも、準備はいいか?」


「大丈夫です。ぶっ放すのは得意なので。それより、ちゃんとアイツを止めて下さいね?」


 懸念を口にするが、それを太々しく笑う男が軽く一蹴する。


 ーー明快闊達。

 それが、オスタの生来の気性なのであろう。

 口は悪いが、陽気で、何処か軽い雰囲気を持ちながらも、やる時はやる男。

 冒険に命をかける探索者とはかくあるべきーーという明るさを宿す今の彼には、先刻までの負感情はまるで似合わない。


 これが、本来あるべき時間を正しく経た、オスタの姿だ。


 完全に己を取り戻した彼が、小生意気にも念押しをしてくる年若い魔法士にかけた言葉は、



「頼もしいな。任せたぞ、フュフテ!」



 彼が生きてきた人生の中で、いつか使ってやろうと心に決めていた、大切な人達から受け継いだ、大好きな台詞であった。

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