第4話 『威風堂尻』(*)
ーー死屍累々。
目前の光景を言い表すならば、その一言以外あり得ない。
陥没した岩くつ。倒れ伏した男たち。光彩目を奪うばかりの装いの少年。そびえ立つお尻。
ニーナは混迷していた。魔法を行使したフュフテに。秘部から掃射されたその事実に。
フュフテが収束させた魔力--風の魔法は、放出された直後球体を形作ると風弾と化し、密接していたゴンザの下腹部にぶち当たり吹き飛ばした。
次に、フュフテの周囲に扇状にたむろしていた男たちが宙を舞う。
吹き飛んだ巨漢に目を奪われていた男たちが、慌ててフュフテを見たときにはすでに遅く、第二射が放たれたのだ。
もちろん、それだけの威力の攻勢に出ればニーナ達にも被害がいきかねないのだが、苦心して構築したのか。
範囲を選定して現出した暴風は、渦巻き、唸りを上げ、踊り狂いながら正確に敵のみを内に取り込む。
散々に掻き回した後、飲み込んだ異物を猛烈に吐き出すがごとく、中心から爆散した。
圧倒的初速で中空に打ち出された男たちは、身動きひとつ取れず岩窟の天井や壁面に激突し、意識なく床に落下。
あまりの勢いに壁に深くめり込んでいる者までいた。
役目を終え大気を泳ぎ去る気流が対岸の破壊現象に巻き込まれることなく、棒立ちになっていたニーナの頬を撫でる。
突如はじまり瞬きの間に終わった殲滅劇に、未だ立っている演者はひとり。いやーー、
ーーお尻がひとつだった。
※ ※ ※ ※
わずか二度の魔法で、「蹂躙される未来」という幻影を文字通り吹き飛ばした少年ーーフュフテがそそくさと下着を身に着けるのを見て、
「なにこれ......え? なに? なんなの!?」
しばし呆然としていたニーナが我に返ると、純粋な問いが口をついた。
いくつもの疑問が消化できず思考の波に飲まれていた彼女は、いつの間に着衣を終えたのかとぼとぼとこちらに歩きだしたフュフテに気付き小走りに駆け寄る。
「あ、ニーナ。よかった。ケガしてない?」
「それは大丈夫だけど......っ、そんなことはどうでもいいのよ!
なにバカなことしてるの!? 自分からあんなことするなんて......なに考えてるのよ......」
心配していたのだろう。
フュフテの、普段と変わらないのほほんとした笑みとニーナの身を案じる言葉に、少女の肩の力が抜けていく。
それと同時に、さっき自分自身に覚えた罪悪感がふつふつとよみがえり、語尾がだんだんと弱々しくなっていった。
自己犠牲に等しい行動をとったフュフテに対し保護者として怒りを覚えていたが、これでは叱ってやれないではないか。
それはそうと、
「なんで魔法が......? 手錠は......してるわね」
「こっ、これはなんていうか......その......。
い、いまはここから逃げ出すほうが大事じゃないかな!? はやく逃げよう!」
素朴な問いをぶつけると、「ギクリ」という音がしそうな引き攣った表情をフュフテは浮かべた。
フュフテの後ろめたい仕草と声音にニーナは秀麗な眉をひそめるが、誤魔化すようにあたふたと続けられた彼の早口にあっと声を呑んで、慌てて当たりを見回す。
たしかに、今はこんなことを悠長に話している場合ではない。
周囲に動き出すものの気配は感じられないが、まだ他に仲間がいるかもしれない。
「お頭」と口走っていたことから、彼らをまとめる立場の存在がどこかにいるのかもしれないのだ。
それこそ今この瞬間に岩屋の奥から飛び出してきても、全くおかしくは無い。
ーーそうだ。フュフテの言う通りだ。
「なぜ封じられているのに魔法が使えたの?」とか。
「見間違いじゃなければお尻から魔法でたよね?」とか。
気になって気になって問い詰めたくて仕方がないのは事実だが、よほど刹那的に生きる探求者でもない限りここから逃げ出すことを優先に考えなくてはならない。
思う存分知的好奇心を満たすのは、後でいくらでもやればいいのだ。
まずはこの忌々しい手首の拘束を解かなければ、自分は戦えない。
魔法さえ使えるようになれば、あんな男たちにいいようにされないだけの力を揮うことができる。
次こそは自分が、幼い少年と妹達を守るのだーー。
無理やり自分を納得させると改めて己の決意を確認し、冷静に気持ちを落ち着けるため一度大きく深呼吸をした後 、ニーナは最善の道を模索しはじめた。
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※挿絵のイラストは「あっき コタロウ」様より頂きました。ありがとうございました!