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無題  作者: ナナシ
第2章
33/102

第11話 『状況説明』

 

 全裸でナイフ片手に襲いかかる変態と、泣き叫んで抵抗する美少女。


 死ぬ思いをして、命がけでこのアルシオン山脈を登ってきた俺たちが目にしたのは、そんな、胸糞の悪い光景だった。


 ちょうど、この一帯が安全地帯である事に気付き、崩れ落ちるように地面にへたり込んで、ひと息着こうとした矢先に、不意に甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 びっくりした顔で面を上げるリティリーを置き去りに、反射的に飛び起きて声の方向へと駆け出すと、遠目に人影が二つ見えたのだが、どう見ても肌色の面積が多すぎる。

 人気のない場所でその色合い、尚且つ乙女の悲鳴とくれば、何が行われているかなど容易に想像できてしまい、思わず舌打ちがこぼれる。

 頼む、無事であってくれ。


 積み重なった疲労から休息を求める体に鞭打って、足場の悪い岩道を全速で走り現場に飛び込むと、眼前の兇行を止めるべく声を張り上げた。


「やめろ! その子をはなせ!」


 急遽参入してきた俺の存在に、虚を突かれたのか。

 意外そうにピクっと白い眉を上げ、こちらに顔を向けた男の目は、冷酷で寒気がする程の冷たい色をしている。

 改めて見ると、そのあり得ないくらいの優れた容姿に驚き、次いで男の全身と下半身のそそり立つ物体を目にして、嫌悪で自分の頬がひどく歪むのを感じた。


 間違いない。

 この男は、猟奇的で残虐な犯罪者だ。

 これだけ常軌を逸した美貌を持っていれば、女などいくらでも好きにできるだろうに、こんな所で幼気な少女を襲っているのだ。


 刃物をお尻に突きつけられている少女は、黄金色の澄んだ瞳を大きく瞬いて、目に溜まった雫を弾いている。

 きっと、本来は笑顔がよく似合うであろうその可愛らしいかんばせは、今は血の気が引いて白く強張っており、短刀が自らの身に突き立てられる恐怖に震え上がる様は、ひどく痛々しい。

 緑地の帯が目立つ灰桜の衣は、粗雑な扱いを受けていたせいか薄汚れており、下には何も履いておらず、若々しい地肌が惜しげも無く晒されている。


 もちろん、彼女の意思でこんなあられもない格好をしている訳ではないだろう。

 この男に、無理やり脱がされたに、違いない。

 ーークソ野郎が!!


「なんだ貴様は? 邪魔をするな」


「邪魔するに決まってんだろうが! 自分が何してるか、分かってんのか!?

 怯えてんじゃねえか! 離してやれよ!」


「......誤解だ、これは訓練にすぎん。やましい事など、何もない」


「そんな汚ねえモンおっ立てて、大嘘こくんじゃねえ! 信じられるか!」


 白々しい顔で平然と戯言をのたまう銀髪の強姦魔と言い争いを繰り広げていると、バタバタと背後から同行者のリティリーが追いついてきた。


「オスタ、どういう状況!?」


「見りゃ分かんだろ? この変態野郎から、あの子を助けてやらねえと......いけるか? リティリー」


「......ちょっと、厳しいかもしれない。あの男、あんな格好してるけど、相当の実力者よ?

 ああ見えて、全く隙がない。戦えば、相打ちに持っていけるかどうかも怪しいわ......」


「うそだろ!? アイツ急所丸出しだぞ?」


「そう見えるだけよ。オスタにはまだ分からないかもだけど、アレはそういう類の強者よ」


 まじかよ......ただの変態じゃねえのか。

 俺には分からねえが、リティリーが言うなら、きっとそうなんだろう。

 悔しいが、俺よりこいつの方が探索者としての実力は上だ。


 予想外の変態の手強さを知ったことで、迂闊に身動きが取れない俺たちを前にして、男は不愉快そうな面持ちで小さく息を吐くと、驚くことに自発的に美少女から少し距離を取り始めた。

 改心したのだろうか?


 その千載一遇の好機に、横にいたリティリーが、ヨロヨロと地に倒れ込む少女の元へと素早く駆け寄る。

 同時に俺の体も、男から彼女たちを背に守る位置に移動した。

 加害者と被害者の間に割って入る形となりながら、銀の変質者と向かい合う。


 男は変わらず感情の起伏に乏しい仏頂面を見せているが、こうして正面から眺めると、腹の立つくらい整った容姿をしている。

 まず間違いなく、今まで見たどの生き物よりも美しい。

 同性でありながら、見惚れるくらいだ。

 それなのに、さっきから男の象徴だけをぐいぐいと動かして、まるでそこだけが別の意思を持っているかのようにこちらに見せつけて来るのだから、全てが台無しだ。

 なに考えてやがるんだ、この野郎は。


「おい、リティリー。その子は大丈夫か?」


 美しい露出野郎と顔を合わせながら、後ろのリティリーに少女の安否を問うが、返事がない。

 不思議に思いつつ振り返るのと同じタイミングで、リティリーの驚きの声が聞こえた。


「あなたっ......男の子なの!?」



 ーーなんだって!?



 ※ ※ ※ ※



 彗星の如く現れた二人の男女にびっくりしながらも、フュフテは心の底から安堵していた。


(助かった......グググ先生、ほんと鬼だな。ひとつ上の段階って、いきなりナイフは無理だ。

 せめて心の準備くらいさせて貰えないと、お尻がまた死んじゃう)


 仮に、気構えが出来てから小刀で刺された場合、しっかりと強化魔法で防ぐことが出来たのかーーと言われると、首を傾げざるを得ないのだが、大混乱中にやられるよりは遥かにマシだ。


 何はともあれ、助けてくれた二人を見上げると、なぜか両者共呆気にとられた表情で、フュフテを凝視している。

 なにか、驚くことでもあったのだろうか?

 あ、もしかして、自分が下に何も履いていない事に対して、驚いているのかもしれない!

 そう思ったフュフテは、


「あ、助けてくれて......ありがとうございます。でも、大丈夫です。いつもの事ですので。

 あの、下着は、履かないようにしてるんです。毎回、破れてしまうから......」


 きっと、自分を心配して助けに入ってくれたのだろうから、これ以上心配させないようにと、わざと明るめに微笑みつつ、履かない理由を告げた。

 その言葉を聞いて、女は悲痛な表情で口唇をギュッと結び、男の方は怒りで目を吊り上げて歯ぎしりしている。


 おかしい。

 なにか、思っていた反応と違う。

 もしや、言葉が足りなかったのだろうか。

 もっと、この状況を、イアンとグググ先生と自分の関係が、真っ当なものである事をきちんと説明した方がいいのかもしれない。


「違うんです、えっと。確かに最初はいきなり攫われてきて、すごく怖かったんですけど。

 でも、イアンさんは、僕のためを思って訓練をしてくれますし、辛い事も正直多いですけど、感謝してるんです。

 だから、僕は、大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます」


 なるべく誤解を与えないように、笑顔を交えて、落ち着いて穏やかに話す。

 微笑むために目尻を細めた事で、先程から溜まっていた涙が丁度一筋、頬を伝って流れ落ちた。


 もう、限界だったのだろう。

 わなわなと身を震わせていた女が急にフュフテを抱き締め、少年の小さな肩に顔をうずめる。

「うっ......」と、押し殺した涙声が耳元で聞こえて、フュフテは訳が分からず、されるがままに硬直している。

「辛かったのね、もう大丈夫よ......」と言いながら、フュフテの後頭部を優しく撫でて、力強く少年を抱擁する様は、聖女のように慈愛に満ち溢れていた。


「くそったれッ......! こんな小さな子に、なんてひでえ事を......っ!!」


 男は、苦悶と激怒がない交ぜとなった様相で激しく拳を振動させながら、親の仇を見るに似た憎しみの篭った視線で、射殺さんばかりにイアンを睨んでいる。

 おそらく直ぐにでもイアンを、腰に履いた剣で斬り捨ててやりたいのであろうが、実力差によってそれが不可能である事も彼の怒りに拍車をかけているに違いない。


(あれ? これ悪化してる? なんでだろう......なんか、間違ったかな?

 いや、でも、嘘を言ったわけじゃないし......。どうしたらいいんだ......。グググ先生! 助けて下さい!)


 どんどんと思っていた結果とは違う方向に転がってゆく展開に動揺し、フュフテはイアンの下でふんぞり返る先生に、内心で助けを求めた。

 そんな、フュフテの心の叫びが届いたのだろうか。

 

 明らかに誤解が蔓延したこの状況で、皆が皆、それぞれの感情に没頭している光景を見て、


(『全く、どいつもこいつも、戯けた阿呆ばかりよ。仕方あるまい。

 人前に出るのは余り好きではないが、我が一肌脱いでやるしかないか。......一応、あやつの師ゆえにな』)


 現況を打開すべく、イアンの下方で、様子を伺っていたグリフィス=グルニカ=グアルディオスが、意気揚々とウォーミングアップを始めていた。

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