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無題  作者: ナナシ
第2章
32/102

第10話 『アイツには負けられない』


『そらッ!  どうしたどうした!? このままでは、お主の尻は壊れてしまうぞ? さっさと、強化魔法を使わんか!』


「あああぁぁ......む、無理です、先生! い、痛すぎて集中できな......痛い痛い痛いッ! そんなに、押し込まないで下さいッ!!」


『馬鹿者ッ! この程度で根を上げてどうするのだ! 根性が足らぬわッ!』


 一向に勢いを緩める事なく襲いかかる攻撃は、フュフテの必死の懇願にも関わらず、一切の情けをかけずに尻の防壁を突破しようと奮闘する。


 フュフテとて、決して無抵抗という訳ではない。

 歯を食い縛り、両目をギュッと瞑って、白い肌に汗の滴を張り付かせながら、懸命に魔力を放出しようとしている。

 しかし、これまで感じた事のない強烈な痛みに精神を大いに乱され、そもそも不慣れな強化魔法の使用という事も重なり、グググ先生の期待にうまく応える事が出来ていない。


「ああっ! 今、なんか、メリッ、っていいました! ちょっと、中断! 中断して下さい!」


『ええい、騒がしい奴よ! 戦士とは、極限の状態で真価を発揮するものなのだ! 

 お主には、戦う者としての心構えがまるで足りて居らぬ! もっと、気合を入れんかッ!』


「いやほんと無理です、先生! そういう問題じゃ、ないです! このままでは、爆発してしまいます!」


『いっそ、爆発してみるがよい! ゆくぞ! 貫けぇぇっ!!』


「ぎゃあああぁぁぁーーーー!!!!」


 グググ先生の渾身の雄叫びとともに、深くねじ込まれた棍棒の先端が火を噴くと、爆発したかのような破裂音が世界に鳴り響く。

 同時に、フュフテの身体は発射台から放たれた弾丸に勝らぬとも劣らぬ速度で、はるか前方に勢いよく吹き飛ばされ、巨大な岩石に顔面から衝突し、ズルズルと地に滑り落ちた。

 全ての衝撃を受け止めた大岩の真下で倒れ臥す少年は、どうやら意識を失った様子で、ピクリとも動かず沈黙している。

 顔面と臀部から流れ出た液体が、そこそこの量で大地を赤く濡らしていた。


『全く、これでは訓練にならぬな。基礎からやり直すしかあるまい。

 ヴァイス! 小僧を起こせ。時は有限ぞ!』


「ああ、わかった。時間はあまり無いからな。仕方がない」


 まだまだ扱き足らぬといった様相で、ぐぐぐ、といきり立つグググ先生ーーグリフィスに頷き、イアン=ヴァイスロードは、今さっきフュフテの尻にぶち込んだ右手の立派な『()』の棒を、粗雑に地面へと投げ捨て、少年に足を向ける。


 誠に残念なことに、フュフテの過酷な修行は、まだまだ幕を開けたばかりであった。



 ※ ※ ※ ※



 グググ先生とイアンによるフュフテの強化特訓が開始されてから百度目の朝日が、聳え立つ山塊を赤々と照らし出す。

 宵闇を切り裂き初声を上げて生誕した太陽は、世界有数の険しさを誇るアルシオン山脈の荒土を、じっくりと見渡している。


 別名「不帰の山」とも呼ばれるこの険山は、その呼び名が示す通り、一度入ったら二度とは戻れぬ死界となっている。

 人を寄せ付けない悪路は勿論の事、上は灼熱、下は極寒という出鱈目な気候に加えて、難所の彼方此方から登山者の命を奪う死の瘴気が噴き出す。

 一息吸えば全身が麻痺し、二息吸えば脳が焼かれる。三度目は言わずもがなだ。


 標高は天まで届く程の高さで、頂きは雲に隠れて仰ぎ見ることすら叶わない。

 踏破すれば間違いなく歴史に名を残す偉業となることから、登頂を目指す挑戦者が後を絶たない。が、

 精々が命からがら中腹まで辿り着き、そこで命の有り難みを噛み締めて、その先の絶望を知り、再び地獄を味わって引き返すものばかりだ。


 大半の敗北者は、その道程で更に屍を晒す。

 よほどの幸運にでも恵まれない限り、次の朝日を拝む事は出来ないのだ。


 そんな悪夢の中腹を乗り越え、七難八苦を潜り抜けた先に、この山の唯一の良心とでもいうように、眇眇たる一角の安息地が存在する。

 その中で、目まぐるしく動く二つのシルエットが、陽光を照り返す原野を蹴って、幾度も影を交差させていた。


『重心が高い! 腰を落とせ! 動きに惑わされるな!』


「はい! 先生!」


 飛び交う鋭利な檄に即座に答える小さな影が、見上げる程の巨躯の男に、電光石火の拳打を打ち鳴らす。


 互いに、至近距離での拳撃の応酬。

 しかし、殴り合いといった単純なものでは、決してない。


 一方が手刀を繰り出せば、もう一方が受け流し軌道を変える。

 そうはさせじと、手刀は手首の先のみ形を変えて、受け流した腕を掴み捻り上げようとする。

 それをお返しとばかりに上から叩き落とし、拘束から逃れ反撃。


 そんな鬩ぎ合いが、熾烈な陣地争いの如く、眼にも止まらぬ程の速さと激しさで繰り返され、肉の打ち合う音が大気を震わせる。


 常人では捉えきれない速度の中で、一方が相手を制したのであろう。

 繰り出された大男の攻撃が、小男の顔面目掛けて繰り出された。

 だが、小男とて黙ってやられる筈がない。


 最短距離で顎先を抉ろうとする豪腕に低姿勢で飛び込み、顔の側面に立てた手甲を掠らせて、右の掌底でそれを殴打。

 弾かれた男の腕によって生まれた懐の空間に、潜り込みながらの高速旋回。

 振り切られた左の裏拳が相手の顔面を穿つーーその拳は、割って入った男の左手に瞬時に阻止され、次いで側面から放たれた蹴撃をまともに食らった小柄な体躯が宙に浮かされ、面白いように吹き飛ぶ。

 が、接触の際に自ら左へ飛んだ事で衝撃を緩和した少年は、受け身を取りつつ何度か地を転がることで勢いを殺し、何食わぬ顔で立ち上がる。


 まだまだ、勝負はこれから。

 そう語るように一歩足を前に踏み出し、再び、戦いの幕が切って落とされるーー、


 と、思いきや。

 二歩目でパタリ、と倒れ込み、そのまま動かなくなった。


『......愚かものが。ヴァイスの蹴りが、そんなもので凌げるわけなかろう。

 一度食らえば終わりだと、何度言わせれば気が済むのだ。全くもって、阿呆な小僧よ......』


「だが、先程の攻めは、悪くはなかった」


 ぜいぜいと荒い息をついてうつ伏せに力尽きた生徒を眺めていたグググ先生は、日の光に白く輝く御身を左右に動かして、嘆かわしさを表現している。

 そんな下半身の相棒を励ます意味合いも込めて、イアンはフュフテの成長点を評価するように、整った口元を愉しげに歪める。

 そこの部分に関しては、グググ先生も同意だったのか、


『ふむ。まあ、多少は褒めてやらんでもない。しかし、我が指導しておるのだ。当然の結果というもの。

 むしろ、成長が遅いくらいよ。まだまだ追い込みが足らぬやもしれぬな!』


 急に元気にぐぐぐ状態を取り戻して、揚々と息巻き出した。


(勘弁して下さい......これ以上は、死んでしまう......)ーーと、地面に引っ付いて二人(?)の遣り取りを耳に入れていたフュフテはそう思いつつ、痺れの残る左半身に四苦八苦しながらも、なんとか起き上がった。


『よし、組手はこの辺で良しとする!

 次は、強化魔法の訓練だが......本日から、ひとつ上の段階へと進む』


「上、ですか?」


 徐々に整ってきた息を大きく吐き出して、グググ先生に不安に彩られた顔付きを向ける。


 初日の訓練で尻に木製の棒切れを突き刺されて以来、毎日のようにあの棒は、フュフテの穴目掛けて執拗に襲いかかってきた。

 フュフテにとっては、太くて硬くて尖ったアイツは、恐ろしい強敵だ。

 ここ最近は、割といい勝負を出来るようになってきたが、未だ油断を見せられる相手ではない。


  密かに、いつの日か完膚なきまでに打ち勝ってやろう。

 そう意気込んでいたのだが、どうやらヤツとの勝負は、しばしお預けらしい。

 フュフテは、肩透かしを食らった気分で、ほんのちょっとだけ寂しくなってしまう。


 ーーしかし、そんなフュフテの感慨は、次の瞬間に吹き飛んだ。


『今日から、こいつで訓練を行う。準備はよいか?』


 グググ先生の視線の先には、ギラリと鉛色に輝く、大振りの「ナイフ」があった。

 イアンが右の手に握りしめた大仰な刃物は、百人が見れば百人とも、「すごく切れそう!」と声を揃えて合唱するであろう。


 新しく姿を現したライバルは、その身を煌めかせてフュフテを見つめている。


「アイツとはいい勝負をしたようだが、果たして俺に勝てるかな?」ーーそう、フュフテには幻聴が聞こえた気がした。


「しょ、正気ですか? 先生」


『当たり前であろう。この程度で臆して何とする!

 最終的には、ヴァイスの長剣のみならず、我が最強の一撃を受け止めれるようになって貰わねば困るのだぞ?』


 何やら聞き捨てならない恐ろしい台詞が、グググ先生から聞こえた気がした。

 

 ーー最強の一撃とは、何だろうか?

 もしや、最硬と自称するグググ先生自身のことだろうか。


 それは、駄目だ。

 たとえ修行であろうとも、それだけは、フュフテは許容出来ない。

 何故ならば、人として大切な何かを、失ってしまう気がするからだ。


 もしそれで、世界を救える程の力が手に入るのだとしても、そんなおぞましい力など欲しくはない。

 そんなものでしか救えない世界など、滅んでしまえばいいのだ。


 身の危険に四肢を震わせ、ジリジリと後ずさるフュフテを追う勢いで、凶器片手に詰め寄るイアンとグリフィス。


「い、いやだ! 助けて!」


 恐怖に顔色を蒼白に染めて、ついにフュフテは、叫びながら逃げ出した。

 ピリピリと張り詰める緊張に耐えかねたように、颯爽とその身を翻して全力の逃走を図るフュフテだったが、


「無駄だ」


『往生際が悪いぞ、フュフテ』


 呆気なく捕まり、いつものように尻を後ろに屈む姿勢へと、強制的に移行させられた。


「お願いします! それだけは......それだけは勘弁してください!」


『これもお主の為なのだ。なに、痛いのは最初だけだ。直ぐに慣れる。

 こんな物では満足出来ぬ身体に我がしてやるゆえ、心配せずともよいぞ』


 イアンの逞しい腕が、フュフテを逃さぬように彼の細い手首を鷲掴み、右手のナイフの刃先が尻に当てられた。

 グググ先生の声が、優しく諭しつつも極悪な内容を吐き出している。


 全くの抵抗が意味をなさない事を悟ったフュフテの眼に、じわじわと涙が浮かぶ。

 その様は、悪辣な犯罪者に純潔を散らされようとする、純真無垢な少女のように可憐。

 そして、とんでもない絵面であった。


「いやだーーーー!!」


 切ない悲鳴を上げるフュフテの秘部が、いままさに蹂躙されようとしたその時、突如として救いの手が差し伸べられた。


「やめろ! その子を離せ!」

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