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無題  作者: ナナシ
第2章
31/102

第9話 『尻魔法の可能性』(*)

 

『何を驚いておる。感情の揺らぎを他に悟らせるなど、未熟極まりない輩よ。......これは、相当に骨が折れるぞ、ヴァイス』


「ああ、分かっている。

だが、それも含めてお前に頼みたい。できるか、グリフ」


 生来の気高さを感じさせる立派な風体から、目の覚める一喝を放った棍棒。

 彼(?)は威厳を崩さぬ口振りを維持しつつも、面倒くさいといった不満をあからさまに匂わせ、全身を起こして相方に同意を求める。

 銀髪の麗人ーーイアン=ヴァイスロードを、慣れた様子で愛称呼びする下腹部の存在に、イアンは顔を下に向けて、彼にお願いをする。


 グリフと呼ばれた下半身の白く逞しい棒は、どこから発声しているのか、『ふんっ』と鼻を鳴らすに似た音を奏でると、


『当然よ。そもそも、お主のような口下手な男が、人に物を教えるなど出来る訳がなかろう。でなければ、我が出る必要などないわ』


「すまんな、グリフ。頼む」


『致し方あるまい。......おい小僧、いつまで呆けておるのだ』


 突き放す物言いでイアンに文句を言ったのち、唖然といった様相で目を白黒させて固まっている眼前のフュフテに話しかけてきた。


(ええっ......普通に喋ってるんだけど.....。アレと会話する人、はじめて見た。

 すごい光景だな......。この人、体おかしいんじゃないか?)


 どう見ても人格を持っているとしか思えない、自分の体の一部である白い巨砲と意思疎通を行なうイアン。

 摩訶不思議な光景に、至極真っ当な感想を抱きつつも、黙ったままでいると再び怒声を浴びせられると思ったフュフテは、


「あの、はじめまして? フュフテと言います。えっと、何とお呼びしたらいいでしょうか?」


『うむ。我が名は、グリフィス=グルニカ=グアルディオス。お主を教え導く者だ。師と、敬うがよいぞ?』


「その、師匠はすでにいますので......『先生』、ではダメでしょうか?」


『ふむ? まあ、よかろう。好きに呼ぶがよい』


「あ、ありがとうございます」


 律儀に頭を下げて挨拶をしたのち、グリフィスから先生呼びを許された。

 ぐぐぐ、とその身をおっ立てて直立するグリフィスは、心なしか嬉しそうにテカっているようにも見える。


 名乗りが長すぎて、(グリフィス、グ......なんとか、グ......かんとか............だめだ、覚えられない。もう、グググ先生でいいや!)と、半ば諦めの境地で呼び方を決定したフュフテは、グググ先生の「教え」について問いただす。


「グリフィス先生、一体、何を教えて頂けるのですか?」


『我が生徒よ。我が教示するのは、お主の戦いに関するもの全般だ。お主、魔都にゆくのだろう?

 今のままでは、ただ死ににゆくに等しいぞ? まさか、破滅願望でも持っておるのか?』


「いや、死にたくはないです......。どうすれば、良いですか?」


『で、あれば、大人しく我に従うが良い。徹底的に鍛えてやろう。

 心配せずとも、我は数多くの戦士を育ててきた実績を持つ。お主のような軟弱者も、瞬く間に、一端の戦士にしてやろう』


 思わぬグググ先生の教育歴を耳にして、心底驚きながら、こんな得体の知れない存在を教師とした先達に畏怖と同情を抱くと共に、今から自分もその仲間入りを果たすという事実を目の当たりにして、フュフテの目からは熱い涙が滴り落ちた。


『泣いて喜ぶとは、なかなかに殊勝な奴よ! ふはははは! 気に入ったぞ! 我についてくるがよい!』


 実際はイアンにぶら下がっているので自分では移動出来ないのだが、高揚しているグググ先生には関係ないようだ。

 昂ぶりを体現するかのように、ぐるぐると大きく円を描き、高速でその身を回転させている。


 ーー無表情で立ち尽くす男が、下半身の一部のみを旋回させる様は、誰かどう見ても狂人にしか見えなかった。



 ※ ※ ※ ※



『それはそうと、お主。いや、我が生徒、フュフテよ。

 なぜ、先程のヴァイスとの戦闘の際に、身体強化を使わなかったのだ?』


「えっ? 身体強化......ですか?」


 ひとしきりの円舞を終えたグググ先生が、不思議そうに先端を器用に曲げて、疑問をフュフテに投げかける。


『そうだ。ん? さてはフュフテ、お主。強化魔法の有用性を、理解しとらんな?』


 自身の問いに、困惑の色で口籠るフュフテを見て、言葉だけでは今一つ伝わらないと感じたのか、


『ふむ。おい、ヴァイス。あれをフュフテに渡してやれ』


 ぴょこん、と頭を跳ねさせ、 横柄にイアンに向けて指示を出す。

 いつどこから取り出したのか不明なショートソードーー通常のものより若干刃渡りの短い抜き身の剣を持つイアンが、鷹揚にフュフテへと近づき、少年の細い手首を掴んで、その柄を握らせる。


 展開に全くついて行けず、イアンの顔と手元の小剣に視線を交互に行き来させているフュフテを見遣って、


『さあ! 我に斬りかかって来るがよい!』


 高らかに声を張り上げたグリフィスが、溢れんばかりの魔力を根元から放出し始めた。


 強力な魔力は、男であれば誰もが羨むであろうその長さと太さを、根っこから頭部まで隈なく覆い、薄っすら桜色の霞を伴って、薄皮一枚程度の厚さの幕を張り始める。

 一見すると被り物をしたような状態で、準備を終えたグリフィスが、凛々しくこちらを見上げる。


『ほれ! 遠慮はいらぬぞ! 全力で構わぬ! 来い!』


「ほ、本当にいいんですか? わ、分かりました。行きます!」


 再度急かされたフュフテは、内心の動揺を無理くり押し込めて、刀剣の柄をぎゅっと握りしめる。

 男としての本能がそうさせるのか、急所に刃物が当たるという想像に、自身のもう一人のフュフテが寒くなるが、意識を強く持って事に望む。

 イアンの他の部分に当たらぬよう狙いを一点に定め、両手で上段に振り被った刃を、渾身の力を込めて勢いよく振り下ろした。


(ーー切れたら、ごめんなさいっ!)


 これだけ自信満々なグググ先生なのだから、万に一つの危険もないとは思うのだが、非常事態を考慮して小心者の少年は、謝ることを忘れない。


 フュフテの罪悪感に満ちた一撃が、グリフィスの赤い胴体と、遂に接触するとーー、


「ーーうわっ!?」


 ガキン、と硬質な金属音を立てて、直後に鋼がひび割れる。

 欠けた部分から亀裂が走り、それが見る見る内に範囲を広げ、中腹から神経に障る甲高い音色を上げるのに合わせて、ポロリ、と力無く刀身が地に落ちた。


 フュフテがもし剣技に優れていたならば、恐らくはより美しい軌道で刀身は宙を舞ったのであろう。

 魔法士とはいえ、師であるニュクスの訓練の一貫で、一通りの武具に対する多少の心得は持ち合わせているが、フュフテは別に剣に優れているわけではない。

 ほぼ、駆け出しの腕前。

 正確な軌道で、真っ直ぐ振り上げ、振り下ろすことが出来る。

 その程度だ。

 もっとも、それが難しいのだが。


 未熟な使用者の一撃にも関わらず剣が折れたという事実は、刀身を全損させる程の強度を、グググ先生が有していたという事に他ならない。

 そこまで考えの至ったフュフテは、先程、「もしかしたら切れてしまうかも」という余計な心配が恥ずかしくなり、同時にグググ先生の凄さを悟り、口を丸く開いて感嘆の声を漏らす。


「は〜、すごく、硬いです......。折れちゃいました、先生」


『当たり前であろう? 我が硬さを、舐めるなよ。我を傷付けることなど、何人たりとも出来ぬわ!

 ......して、これで分かったであろう?』


「あの、ググ......グリフィス先生の凄さはよく分かりましたけど、僕、尻しか強化出来ないのですが。

 だから、あんまり強化魔法も、使った事がなくて......」


 フュフテからの賞賛に、天に向かって自慢気に鉾先を持ち上げていたグリフィスは、次いで告げられた少年の後ろ向きな発言に、やれやれ、と先っちょから空気をふかす。


『だから有用性を理解しておらん、といったのだ。

 大方、尻からでは使い道がないなどと、早急に鍛錬を放棄したのであろう?』


「はい、その通りです......」


『それが間違っておる! よいか? 

 身体強化の魔法は、極めればどの金属にも勝る強度を付与する事が出来る。

 もしお主が強化魔法を使いこなせておれば、先刻のヴァイスの刺突も、尻で受ける事が可能であったのだ。

 捨て身の行動など取らずとも、予想外の反撃を与え、継続して戦闘を行えた。分かるか?』


「なるほど、分かります」


 グググ先生は、大仰にその身を左右に振りつつ、フュフテの考え違いを正す。

 フュフテ自身も、その発想はなかったのか、目から鱗といった様子で、瞬きを忘れて真剣に聞き入っていた。


『お主の尻魔法は、確かに、やや扱いづらいものやもしれぬ。

 しかしだな、それ故、相手の常識を打ち破る可能性を常に秘めておるのだ。これは重要な事であるぞ?

 歴戦の戦士であればあるほど、定石というものを土台に研鑽を積んでおる。それをお主は、覆す事が出来るのだからな。

 なにせ、こんな想定外の場所から魔法を放つ魔法士など、誰も戦ったことが無いのだ。自明の理であろう?』


「はい! 先生!」


『うむ。よい返事だ。では、早速実戦に入るぞ! 何をしておる。さっさと尻を出せ!』


「もう出てます! 先生!」


 威厳を出そうとする割に、やたらと饒舌なグリフィスが一声かけると、フュフテの打てば響くような快活な返事が返ってきた。


 実は、イアン=ヴァイスロードとの戦闘の際に使用した土魔法のせいで、フュフテの上衣の刺繍と同色の翠色のズボンには、見事な大穴が空いていた。

 下着もろとも貫通したせいで、お尻は非常に風通しが良い状態となっている。

 気絶した際に部屋へと運んでくれたようだが、着替えさせてはもらえなかったようだ。

 どうりで、尻が涼しいはずだ。


『よし! ならば、後ろを向いて、尻を突き出すがよい!』


「えっ......あの、先生、何を」


 出し抜けに掛けられた命令に戸惑っていると、グリフィスの意志を反映する形で、イアンがフュフテの両肩に手を添え、くるりと後ろ向きにさせる。

 そのまま肩に込められたイアンの馬鹿力に、為す術なく屈まされ、必然的にグリフィスの注文通りの形となった。


『では、ゆくぞ!』


 自分の背後を見る事が出来ず、ただただ、当惑するフュフテに向けて、何かが開始される合図が発せられた。


 ーー嫌な予感がする。

 早く逃げろと、脳が五体に指令を発するが、拘束されて動けない。

 尻が、緊張で汗をかいている。

 ぶわり、と一陣の風が尻を撫でて、火照った皮膚を冷やすのを感じた。



 ーー直後、尻の排出口に、激痛が走る。



太くて硬い()()()が、凄い勢いでフュフテの門に突撃してきた。

そのまま、狭い入り口をこじ開ける動きで、グリグリと苛烈な攻撃を加えてくる。

情け容赦など、あるはずもない。



「アーーーーーーーッ!!!!」



絹を裂くような少年の絶叫が、荒野のしじまに大きく響き渡った。



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【イアン=ヴァイスロード&グググ先生】


挿絵(By みてみん)


イラストは「あっき コタロウ」様より頂きました。ありがとうございました!

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