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無題  作者: ナナシ
第2章
30/102

第8話 『茶褐色の銃弾は、白い巨砲には敵わない』

 

 ーー全裸の男が、空を飛ぶ。


 フュフテが尻から捻出した高速回転の排出物は、丁度イアンの心の臓、ど真ん中に突き刺さり、勢いを落とす事なく暴走。

 それと一体化する形で、イアンの体が周りの景色を置き去りに、後方へと大きく吹き飛ばされた。


 まるで巨大な鳥の鉤爪に掴まり、宙に連れ去られる獲物のように。

 土魔法によって成型された凶悪な土杭が、捉えた標的を決して逃す事なく、ひたすらその体を食い破らんと突き進む。


 相手は一糸纏わぬ、もろ出しの肉体だ。

 褐色の凶弾を遮るものなど何一つ無く、抵抗力など皆無に等しい。

 このまま白い皮膚を突き破り、胸の内で激しく脈打つ鼓動に、引導を渡すのではないか。その当然の期待は、


「ーーーー!!」


 鼓膜が破裂したかと思うほどの轟音と、常識外れの灼熱の閃光に、一瞬にして滅ぼされた。


 儚いまでに、撃墜された土弾が消滅してゆく。

 一欠片の土塊も残さず、塵となって。


 推進力を失ったイアンの体は、見る間に失速していくと、重力によって大地と接触した両の鉄足を踏ん張り、確実に惰性を殺す。

 ががが、と荒い土音を立て、二筋の轍を地面に残しながら、かなりの距離を後ずさってその動きを止めた。


 驚くことに、あれだけの威力の砲撃をその身に受けたにも関わらず、胸からは、ほんのひと筋の血が滴るのみ。

 貫通どころか、軽く刃物で小突かれた程度の負傷。

 どれだけ、規格外れの造りをしているのか。


 唯一の救いは、意表を突かれた、という表情で、イアンが少なからず吃驚した顔をしている事くらいだろう。

 結果は振るわなかったかもしれないが、小さくとも一矢報いることには成功したようだ。


 しかし、一体何が、イアンを救っただろうか。


 その答えは、見事なまでに反り返り、ふゆりとその先端から熱のこもった一条の煙を吐き出す、下半身の分体が知っていた。


 あの瞬間。

 主人の危機に反応したのか。

 持ち主の逞しい肉体と同じ色の、気高い白色を颯爽と起き上がらせると、分身は赤い光を纏って輝き始めた。

 発光しながら、溜めを作るように一度深く沈みこむと、勢いを付けて鎌首をもたげ、凶弾に照準を合わせて何かを発射。


 その膨大なエネルギーは、凄まじい熱量を撒き散らし、怪光線となって標的に衝突。

 大気を震わせる振動を伴って、主人を危機から守り抜いた。

 今は、役目を果たした満足感のせいか。

 照り返す朝日に挨拶をする仕草で、意気揚々と背伸びをしている。


「......驚いたな、これ程とは」


 声音にそこはかとなく感嘆の響きを乗せて、イアンが重々しく呟く。

 その繰り言に同意するように、下腹部の相方も、先端を上下に往復させた。


 相当な距離を飛ばされたせいで、遥か前方に豆粒の大きさになったフュフテを見たイアンは、今まで見せていた動きとは段違いの、神速とも言うべき速度で疾走を始める。


 たった二回の瞬きをするだけの時間で、フュフテの元にたどり着いたイアンは、体に長剣を生やして地を赤く染め上げているフュフテを見下ろした。


「ネメシア!」


「はいはい、聞こえてるわ。そんなに焦らなくても、大丈夫よ。意外とあなたも、心配性よね?」


 珍しく声を張り上げたイアンに、今までその存在を微塵も感じさせなかった黒の女が、前触れも無く急に姿を現す。

 そのまま、意識を失って死んだかと思うほどに静かに横たわるフュフテの側にそっと寄り添うと、深々と背から腹にかけて貫通する銀の刃物に手をかける。


 右手を腹部に、左手で背中の刃渡りを掴むと、ゆっくりと慎重な手付きで銀剣を引き抜いてゆく。

 と、同時に、押さえた右手の患部からごぽりと血が吹き出すが、ネメシアはさして気にした様子もなく、魔力を収束させ始めた。


「ずいぶんと派手にやったのね? ......イアン。あなた、ちゃんと分かっているの?」


 濃密な魔を纏った右の手から、強力な癒しの魔術が光り、腹から覗く桃色の肉を次々と中に押し込む。

 あっという間に塞がっていく傷跡から目を離し、ネメシアがその金の双眼にキツく力を込めて、イアンに圧力をかけた。


「この子に何かあったら、困るのは私たちなのよ?

 戦いに夢中になるあなたの悪い癖はよく知っているけれど、時と場合を考えてちょうだい」


「......すまん」


 きまりが悪そうなイアンの低いトーンの謝罪が、怪我人の治療を即座に終えて腰を上げ、腕を組んで目くじらを立てるネメシアの耳を擽ぐる。

 親に叱られた童子にも似た有様で、美しい肉体美に陰を落とすイアンに、


「イアン。イアン=ヴァイスロード。あなたが守るものは何? 剣を捧げたは、誰の為?」


 ネメシアの重々しい口調の駄目押しが発せられるとーー、


「!」


 ぞわり、と、底知れぬ強圧的に凝縮された殺気が、絶望的なまでの殺意を振り撒いて、裸の戦士から放出された。

 地獄の鬼も裸足で逃げ出すであろう恐ろしい気圧は、その場にいるものに無差別に襲いかかる。

 常人であれば、その濃密な威圧に当てられ直ぐにでも意識を手放すこと間違いなしだが、ネメシアはもちろん平然としている。

 その事が、彼女が一端の戦士である事を如実に示しているのだが、さすがに堪えるのか。

 組まれた両手に篭る微小の力が、自身の珠玉とも言えるグラマラスな女体を守護している。


 ちなみに、すでに意識を手放しているフュフテには特に影響はなく、起きていれば間をおかずして失禁という惨状を引き起こしていてもおかしくはなかったが、今は幸運にも尻をふるんと震わせるのみで済んでいた。


「以後、気をつけよう」


「......なら、いいわ。お願いね。

 それはそうと、フュフテはどうだったかしら? 使えそう?」


 別にネメシアに向けた訳ではなく、感情の発露と共に吹き出しただけだったのだろう。

 イアンの言葉の後に、立ち込めていた心気は拍子抜けするほどあっさりと過ぎ去っていった。

 聞くべきことを聴いて満足したのか、話題を変えて問われたネメシアの質問に、


「駄目だ。使いものにならん」


「あら。それは困ったわね......。ねぇ、イアン。

 あなたなら、どれくらいでこの子を仕上げられるかしら?」


 顔色ひとつ変えることなく淡々と言い切るイアン。

 それに対して憂うように頬に手を当てて悩んだのち、ネメシアはイアンに確認をする。


「二十年だ」


「あのね、イアン。 何も、一流の戦士にして欲しいわけじゃないの。

 それなりに、自分の身は自分で守れる程度でいいのよ? ほんとうに、あなたは察しが悪いわね」


「そうか、すまん。

 なら............一年だ。魔都は、甘くはない」


「少し、長いわね。......仕方がないわ。このまま連れて行くよりは、遥かにましね。

 いいわ、フュフテを鍛えてちょうだい。明日からよ」


 言うべきことは言い終えたと、現れた時と同様にその場から寸時に、イアンを置き去りにしてネメシアが姿を消す。

 残された裸族は、誰にともなくひとつ頷くと、剥き出しで転がる長剣と一緒にフュフテを担ぎ上げ、家の中へと引き返していった。



 ※ ※ ※ ※



 フュフテが目を覚ますと、赤黒いモコモコが目に飛び込んできた。


(あれ? これ、すごく気持ちいい毛皮、だ......。なんで?)


 がばり、と起き上がって辺りを見渡すと、まだ見慣れない年季の入った部屋の壁が目に映る。

 何一つ変わる事なく居座る本の群れと、質素な一対の家具。

 他には何も無い。

 小窓から差し込む、最初に見た時よりも遥かに明るい光が、床板を優しく照らしている。


(朝、だよね? えー、もしかして、夢、だったとか?)


 鼻腔を刺す、古ぼけた香りに鼻をすすりながら、フュフテは頭を悩ませる。


 おぼろげではあるが、どうにも、裸の部族の襲来があったような気がするのだ。

 気の所為だったのだろうか?

 何か分からない、大変なことがあった記憶だけが脳を陣取り、それ以上はっきりと思い出せない。

 きっかけでもあれば、直ぐにでも浮かび上がりそうなものなのだがーー。


「ーー!」


 そんな物思いに耽っていると、今まさに想像していた通りの裸の部族が、突然扉を蹴り開けて侵入してきた。

 それを目にしたフュフテの瞳が、驚きに大きく見開かれる。

 すごい! 銀の裸族は、本当にいたのだ!


 美しい裸族は、フュフテを掴み上げると、寝起きで混乱しまくる少年を小脇に抱え、軽快な足取りで階段を降り、玄関の扉を開けて、陽光がきらきらと輝く外の世界へと飛び出した。


(あっ! これ知ってる! やばいヤツだ! 死ぬ! 助けてっ!!)


 抱えられたお荷物の少年は、見る見る遠ざかる玄関の入り口を目にしながら、何処かの誰かに悲痛な助けを求めた。

 すごい速度でどんどんと小さくなっていく肌色の物体とそれに抱えられた小物を、家の前に座り込む老年の切り株だけが、そっと静かに見送っていたーー。


 

 吹き付ける風圧が尻に当たるのを感じながら、後ろ向きに抱えられていたフュフテは、だんだんと臀部の感覚が落ち着いていくのに気付いた。

 流れていく景色が、徐々にはっきりとしてゆく。

 遂には風景は停止し、突然、視界が反転した。

 どうやら、荷物よろしく投げ出されたらしい。

 

 またしても乱雑に地面に降ろされ、強かに打ち付けた尻をさすりつつも、すっくと立ち、仁王立ちするイアンと向かい合う。

 昨日と同じく、右手に長剣をぶら下げており、このままの流れだと再び地獄の試しが始まってしまうーーそう、ビビりまくっているフュフテをよそに、


「今から、貴様をしごく。覚悟しておけ」


 無表情で告げるイアンだが、直ぐさま襲いかかってくる、という事はなさそうだ。

 その事に幾分か安堵しながらも、なお警戒していると、ふいに何処かから、聞いた事もない声が聞こえた。


『おい、小僧』


 耳につく声は、武骨ながらも貫禄を感じさせ、重々しく二人の間に響きを伝える。

 イアンの声が、男性らしい理想の重さだとするのなら、この声は魔王のように物々しく、格調高さを纏った重さである。


 だが、声の出所が分からない。

 きょときょとと辺りを見回すフュフテに業を煮やしたのか、


『我はここだ、愚か者!』


 声の主は、輝くばかりに青く発光し、その雄姿を衆目に晒け出していた。

 

ーーイアンの、下半身で。


「しゃべったッ!?」

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