第3話 『少年の秘策②』
フュフテの放った、脳髄までしびれるほどの強烈な一打は、それをまともに浴びせられた巨漢、もといゴンザの劣情をはげしく掻き立てた。
それをそばで見ていた男たちも、若干鼻息が荒くなっており、目つきが怪しく変わったものさえいる。
次は俺にやらせてくれ、という声が今にも聞こえてきそうだ。
そして、先ほどから、そんなフュフテの痴態を凝視していたものたちがいる。
いうまでもないことだが、絶体絶命の危機を大事な幼馴染に庇われた、いたいけな少女達だ。
年少であるが故、いったい何が起こっているのかをうまく理解できず、目を白黒させている二人の妹。
それにひきかえ、姉であるニーナはフュフテの置かれている状況を正確に把握しており、きめ細やかで雪白な顔色を青くさせていた。
彼女が青ざめている理由は、純心な少女には目の前の光景がいささか刺激的過ぎた、という事も理由のひとつではあるが、大きくは自身の不甲斐なさによるものだ。
フュフテが自らを犠牲にして男たちに身を捧げようとしているのは、自分たちの身代わりになるためだ、とニーナは思っている。
本来であれば、皆より年長である自分が守らなければならない存在が、穢れた毒牙にかかろうとしているのに、ただ眺めていることしかできないのだ。
もっとも、冷静に鑑みれば彼のコトが済み次第、次の矛先が少女らに向くのは明白なのだが、そこまでは未だ考えが及んでいないのか、彼女の精神上それは幸運な事なのかもしれない。
--ごめんなさい......。
かすかに聞こえた懺悔の言葉はフュフテには届かない。
面を伏せ、小さく打ち震える振動に合わせて、薄く形の良い耳朶の飾りが小刻みに揺れる。
先ほど、身の危険を感じた時よりもはるかに大きい無力感に華奢な身体を縮こませ、ニーナは打ちひしがれていた。
※ ※ ※ ※
そんな彼女とは対照的に、全身の血液が一気にかけめぐり、頭が沸騰したのではないかと思うほどの興奮を味わったゴンザは、猛り狂っていた。
もはや眼前のなまめかしい姿態以外は目に入らず、いやそれすらも見えておらずーー、
「ふぅー! ふぅー!」と肩を上下させるほど荒い息づかいをしながら、自分の一番熱をもった突起物を使い、一刻も早く【穴掘り】をすることしか考えていない。
発情期の獣もかくや、という勢いで、すぐさま獲物に襲い掛かりたいようだが、どうやらたるんだ腹部の脂肪が邪魔で腰のベルトがうまくはずせず手間取っているようだ。
みっともなくもがく様子から視線をはずし、フュフテは己がなすべきことに思考を向ける。
--ここからは、見極め時がすべてだ。
そう自分に言い聞かせながら、体内をめぐる魔力を練り上げ、限界まで制御をはじめる。
使うのは風の魔法。もっとも森の民が--自分が得意とする武器だ。
全力で魔法をぶっぱなしてやりたいが、出力を上げすぎるとこの場の賊どもを一掃するにとどまらずニーナ達を巻き添えにしかねない。
かといって、生半可な威力の攻撃では、これだけの人数を倒すのに到底足りない。
緻密な魔力操作--魔法使いとして未熟なフュフテには荷が重いのだが、泣き言は言っていられない。
ガチャガチャとした金属音が止み、ばさっ、と地面から音がした。
尻ごしにそちらを見やると、服を脱ぎ捨て、下半身を露出させたゴンザが目を血走らせていた。
よほど興奮しているのであろう。顔面は脂ぎった汗で、てかてかとしている。
--まだだ、まだ早い。
いま攻撃を仕掛けたら、魔法が出るところを見られる。
避けられるかもしれない。
もう少し、我慢だ。すごく気持ち悪いけど......我慢だ.....ッ! と、内心でこらえながらフュフテは絶好の機会を待つ。
ゴンザが一歩踏み出し、手汗でべっとりとしめった掌で艶美な尻を鷲掴んだ。
じっとりとした手の感触と生理的な嫌悪感に、「ひっ」とのどから悲鳴が漏れ出そうになるが、必死に耐える。
男が抑えきれない欲望を吐き出すため、凶器に手を遣り、照準をさだめ、腰を引いた、今まさにその時--、
臀部は、ゴンザの巨躯と重なったことで周囲の視界からはずれ、フュフテの狙いが、ついに完成した。
そして、城門が破城槌で突き破られようとした刹那、膨大な魔力による暴力が、すさまじい勢いで『門』から解き放たれた--。