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無題  作者: ナナシ
第2章
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第3話 『王の帰還』

「あなたが、僕をここに、連れてきたんですよね?」


「ええ、そうよ。あら、そんなに怯えないで。なにも取って食おうという訳ではないわ。少しお話しがしたいだけ」


 左目の下の泣き黒子が目立つ、切れ長の瞳を薄っすらとすがめて、丹唇を面白そうに綻ばせる黒衣の女と、警戒を露骨に出しつつも体の震えを止めることができない少年。


 無理もない話だ。

 ほんの寸刻前に殺されかけたばかりで、たとえ気丈に振る舞おうとも体には死の恐怖が刻み込まれている。

 人の本能は、意志ひとつでどうこうできるほど単純に御せるものではないのだ。


 おそらく、昨日までのフュフテであれば、我が身の不運を嘆くばかりで早々に心を折っていたに違いない。

 哀れに泣き喚き、無様な命乞いすら辞さなかったであろう。

 しかし、彼は今日この日、アダムトとの戦いの中で多くを学び、更に己を見つめ直す機会を得ることができた。

 その最たるものは、「未来を諦めない」という決意だ。


 森の民という誇り、英雄を目指すという夢、魔法士としての大成。

 どれも「ケツ魔法」のせいで一筋縄ではいかないものばかり。

 光明などかけらも見えない、まさに五里霧中ともいうべき状況。


 にも関わらず、フュフテは折れない、折れてはいけない。

 可能性という、たった一つの武器で見苦しくも踠き立ち向かわなくてはならない。

 でなければ、何も変えられない。

 変わると、心に決めたのだからーー。


「理由を、教えてもらえますか。あなた達は、何がしたいのですか?」


 自由に扱えない手足を懸命によじり、フュフテは何とか上体を起こす。

 膝を揃えて座る華奢な痩躯は、未だ怯えから逃れることはできていないが、その身の震えとは裏腹に不動の意志を込めた瞳は、女の眼を捕らえて離さない。


 相手の思惑を飲み込み、生き残る可能性を、打開する術を、必死に探ろうとする剥き出しの姿勢は、


「うふふ、いい子ね。賢い子は好きだわ。あんまりお話しにならないと、つい殺したくなってしまうもの」


 どうやら女のお眼鏡に叶ったらしく、ぞっとする笑みで快く迎えられた。

 ぴたりと張り付く黒の衣を押し退け激しく自己主張する豊満な胸元にかかる、鮮やかな金糸の髪を指で弄びながら、


「理由は簡単よ? あなたに取ってきて欲しいものがあるの。私の、大事な、大事な忘れ物。

 もちろん、あなた一人で行かせるつもりはないわ。ここにいるイアンも一緒。 どう? 寂しくないでしょ?」


「......もし、嫌だといったら?」


 唄うように理由を紡ぐ女の、その真意を確かめるため、フュフテはあえて危ない橋を渡る。

 が、しかしーー、


「貴様、ネメシアに逆らう気か?」


 フュフテの浅慮は、冷酷な殺意によって退路を断たれる。

 黒衣の女ーーネメシアの隣で沈黙を守っていたイアンが、殺気まじりの怒気を、反逆者を逃すまいとする勢いで裸体から放出した。


(ーーしまった! 選択を間違えたか? 今度こそ、殺される!」


 迂闊な発言で死地に立たされたフュフテは、何か弁明をしなくてはと、大急ぎで思考を回し、視線を慌ただしく泳がせて、


「っ! なっ......!!」


 とんでもないものを目撃し、おもわず直視してしまう。



 ーーイアンの、「もうひとりのイアン」が、その威容を高々と誇っていた。



 逞しい肉体に負けず劣らず肉付きの良い竿は、見るからに硬さとしなやかさを感じさせる。

 古代神話に登場する巨人兵の握る棍棒を彷彿とさせる力強さは、見るものに絶大な圧迫感を与えるだろう。

 その先端に鎮座する神々しいまでの冠は、まさに王者の風格を漂わせ、全てを睥睨して赤く輝く。


 ここだ! 我はここにいるぞ! ーーと言わんばかりに、下半身で存在を主張する第二のイアンから目を離せず、フュフテは頭が真っ白になった。


「いいのよ、イアン。この子も本気で言っている訳ではないわ」


「む。そうか」


 ネメシアに低く返したイアンの声に連動して、その心情を代弁するかのように、下腹部の王は立ち上がるのをやめて、ゆるゆると王座に座った。

 左右二つの肘掛の間に収まり、落ち着きを取り戻している。


 今しがた起こった謎の現象を全く意に返さず、


「そうね。いいわ、教えてあげる。もしあなたが行きたくないと言うのなら、無理はしなくていいわ。

 その代わり、あなたの手足を切り落とすわね。心配しなくても死にはしないわよ? 人形みたいに大人しく転がっていればいいの。

 少し面倒だけれど、ちゃんと一緒に連れていってあげるから。ね?」


 心底楽しそうに、ころころと笑い声を上げるネメシアの口から物騒な発言が飛び出すが、フュフテは微動だにせず、じっと彼女の顔を見つめている。

 その態度に、ピクリと形の良い眉を跳ね上げ、


「あら、なかなか肝が座っているわね。少し生意気だけれど、嫌いじゃないわ。男の子はそれぐらいじゃないと、詰まらないわ」


 笑いを収め、妖艶に下唇をちろりと舌で舐めとるネメシアを前にして、フュフテは飛ばしていた意識を取り戻した。


(やばっ! 全然話きいてなかった! え、何? なんか、すごいの見せられたんだけど!?

 あれ? 見間違い、じゃないよね? ええっ!? 今の、流すの?)


 イアンの見せた生理現象(?)に全ての意識を持っていかれていたフュフテは、我にかえった途端に焦り出す。

 どうやら放心状態であったことがネメシアの目には余裕に映ったらしく、結果的に高評価を得たらしいがそんなことはどうでもいい。

 懸命にうろ覚えな記憶を引っ張り出し、ひとまず会話の糸口を捻り出す。


「え......と、つまり、僕の意志とかは関係なくって、体が必要ってこと......ですよね?

 何処に何を取りに行くのかは分かりませんが、今僕が殺されていないのは、生きている状態じゃないと役に立たないから、ですか?」


 ここまでで得た情報を元に拙い推論を展開するフュフテに、ネメシアは思わず歓声を上げる。


「ええ! その通りよ! あなた本当に賢いわね! いいわぁ、話が捗るのって。イアンにも見習ってほしいくらいよ。

 ふふ、気に入ったわ。あなた、フュフテだったわね。ご褒美にもう少し、詳しくお話ししてあげる」


 たいそうご満悦な様子のネメシアは、嬉々としてフュフテを褒めちぎる。

 ちろりとイアンに残念な目線を投げるのは忘れずに。


「フュフテ。あなたに向かって欲しいのは魔都......今は迷宮都市と呼ばれている場所なのだけれど、そこである物を取ってきて欲しいの。とてもとても大切なものよ」


「迷宮都市、ですか。名前だけは聞いたことが......。何を取ってくればいいんですか?」


 先ほどまでの快楽的な雰囲気を一転して、真剣な表情で語るネメシアに、フュフテは最も重要な要点を聞き返す。


「『聖アシュレの秘宝』、それを手に入れてきて欲しいの」


「聖、アシュレ?」


「あら、あなた知らないの? この国では、とても有名でしょう?」


 頭を傾げて口を半開きにぽかんとするフュフテに、純粋な驚きに目を見張った後ネメシアは人指し指を口元に添えて濃艶に微笑んだ。

 そして、そこから次の語りが発せられるのをフュフテは大人しく待っていたのだが、視界の端に何かが蠢くの認めて、ついそちらを見やるとーー、


 またしても、王が立ち上がっていた。


(えっ!? なんで今!?)


 ぐぐぐ、と重い腰を上げた覇者は、再び天を仰ぎ、覇道を突き進もうとしている。

 栄光の道しるべを辿るフュフテをやはり置き去りにして、ネメシアは物々しく語りを再開した。


「仕方がないわね。いいわ。話してあげる。神の子と呼ばれる、悲劇の聖人の話を」

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