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無題  作者: 名なし
第1章
22/102

第22話 『転機』

 師匠が強いということは知っていた。

 正確無比な魔力操作、神速で組み上げられる魔法構築、底知れない魔力量。そして彼女が纏う威圧感。

 全てが、ニュクスが強者であることを示している。


 だが、それはあくまで事前知識でしか無かったことを、今フュフテはまざまざと体感させられていた。


「すごい、どうやってるの、あれ? あり得ないよ」


 アダムトの光刃が触れようとする度に、ニュクスの姿が忽然と消え失せる。

 その直後に真横や真後ろに現れ、腰に添えた右手から攻撃魔法を射出。

 業火、風刃、吹雪、土石流といった手段を選ばぬ多種多様な魔術が、隙だらけの体躯に次々と着弾する。

 嘘のようにアダムトが沈み、よろめきながらも立ち上がる。

 が、次弾が標的を逃がすはずもなく、再びの衝撃。


 巨大な岩石をぶち当てられ派手に宙に吹き飛んだアダムトを追って、その射線上の空中にニュクスが出現。

 男の進行方向を直角に、真下の地面に撃ち落とす角度で氷塊が放たれ、重い打撃音と共にアダムトが落下していく。


 彼女は変わらず自らの視界を封じているが、涼しい顔で薄く微笑んでさえいる。

 きっと、彼女は心から楽しいのだろう。

 アダムトを殺すために力を振るうことが、魔法を使って痛めつけることが、ではない。

 ただ、ああして戦うことが楽しいのだ。子供みたいに、純粋に遊んでいる。


 アダムトを見やると、先程までの余裕からくる驕りは一切かき消えていた。

 当然であろう。

 光刃による斬撃や氷魔法の数々が、ニュクスを捉えることができずに空振りを繰り返すのだ。

 それによって生まれた隙に容赦なく、魔の暴力が怒涛の勢いで叩き込まれる。


 生半可な威力ではない。

 どれもが一撃必殺の殺傷力を持ち、五体が焼け爛れ、斬り刻まれ、凍りつき、袋叩きにされる。

 すでに死んでいてもおかしくない程の負傷を負いながらも、まだ立ち上がる。

 本当に、異常なほど頑強な男だ。


「うわ......また消えた。あ、もうあんなところに......すごすぎて、よくわからないな。

 ねえ、ニーナはどう思う?」


「そうね。男のくせに毛とか全然無くって、割と綺麗だと思うわ。ちょっとムカつくわね」


「どこ見てんの!? そっちじゃないよ!」


「うるさいわね、あんたの尻しか見えないのよ! これいつになったら終わるの!? さっさとどきなさいよ!」


 フュフテの尻の下で治療中のニーナが、不満を露わに怒りをぶつける。


 結局さんざんの抵抗を経て、断固としてお尻の蕾との口付けを拒否したニーナ。

 妥協案ということで、鼻先に近づけたお尻からでる治癒魔法を口から吸い込む形で、なんとか治療を同意させることに成功。

 このやり方だと若干の漏れが発生するため、どうしても完治に時間がかかってしまうのだが、乙女心にはそんなことはどうでもいいらしい。


 つまり、なかなか治療が終わらないのは彼女のせいであり、フュフテは何も悪くないため怒られるのは理不尽というものなのだが。

 それを言えば、さらなる怒りを買うのは必至なので、フュフテは口を噤む。


「ごめん......。うん、そろそろいいかな。立てる? ニーナ」


「はぁ......やっと解放されるのね、もう二度と御免だわ。......一応、お礼は言っとくけど。ありがと」


 立ち上がって尻を仕舞い、寝そべるニーナに肩を貸して助け起こすフュフテは、色々な疲労が積み重なって何処と無く憔悴している彼女に心配を抱く。

 が、自身の胸の痛みが消え去ったことを確認してほっとすると同時に、なにやら複雑そうに口を尖らせてフュフテに礼を言うニーナを見て、それは解消された。

 この分なら時期に元気を取り戻すに違いないーー、そう思って、師匠の戦いに目を移す。


「師匠、こんなに強かったんだ......ていうか、強すぎるんだけど。

 それに、あれは僕と同じ条件で戦ってるんだよね? なんで相手の攻撃とか、位置が分かるんだろう?」


 自分には到底できない戦い方を見せる師に対し、低く唸りながら頭を捻るフュフテに対し、


「『視覚結界』はってるからでしょ? はっきりとは分からないけど、たぶん六ヶ所くらいは多重構築してるんじゃない?」


「視覚......? なにそれ?」


「はぁ? 見たら分かるじゃない! 『魔眼』使いなさいよ!」


「え......と、なに言ってるか、全然わかんないんだけど......」


 魔法士として訓練を受けていながら何も知らないことに、ニーナは仰天して思わず語気が荒くなる。

 無知を字で行く少年に、「仕方がないわね」と先輩風を吹かせる少女は、


「いい? 相手がどんな魔法を使ってるか判断するには、目に魔力を込めて可視化出来るようにするのよ。

 それを『魔眼』っていうの。戦う上での、基本中の基本よ」


「それ、できないんだけど。僕、尻以外に魔力集中できないから......」


「う......それ、洒落にならないわよ?  相手が罠とか張ってきたらどうするのよ。目隠しして歩くようなもんじゃない......」


 得意げに知識を披露するが、フュフテの欠陥を聞いてそのあまりの不備に、二本の指でこめかみを押さえながら首を振り、困惑を示す。


 本当に、なんて厄介な体質なんだーーと、フュフテは俯いて、思わず吐息が漏れる。

 ただでさえ使い勝手が悪い上に、次々と知らなかった欠点が発覚していくのだ。

 普通の魔法士なら当たり前に出来ることが、彼にはできない。

 これからも、こんなことが繰り返されていくのだろう。

 もはや、溜息しかでない。


 しかし、そんなことは百も承知だ。

 欠点だらけなのは、この七年間で分かりきっている。

 それを踏まえた上で「できない」で終わらせてしまうのは、もうしないと決めた。

 出来ないなら、出来るようになるしかないのだ。

 今はやり方すら見えなくとも、必ず克服して見せる。


 涙を流す二人の少女の前で、今しがた誓ったばかりだ。

 こんなことで、へこたれてやるわけにはいかないーーそう、前を向く少年は、


「それで、ニーナにはどういう風に見えてるの?」


「え? あ、うん。ええと、ニュクス師匠からはね、緑色の線みたいなのが何本も伸びてるのよ。

 あまりにも広すぎて先端は見えないんだけど、その先に擬似的な瞳を構築して視覚を増やしてるんだと思うわ。それが視線の結界になってるの。

 要は、すごく高い所からいろんな角度で箱の中身を観察してる感じっていったら、分かりやすいかしら?」


「へ〜、そんな魔法あるんだ、便利だね」


 そんなことはさして問題ではないとばかりに、毅然とした態度でニーナに解説を促す。

 その強い意志を宿す瞳に僅かに気圧されながら説明を続けるニーナは、フュフテの呑気な感想に呆れを露わにした。


「便利って......。あのね、フュフテ。視覚魔法って本来戦闘に使うようなもんじゃないのよ?

 自分の目だけでも大変なのに、他にいくつも目があってみなさい? 頭が混乱して滅茶苦茶になるわよ?

  あれはニュクス師匠だから出来るの! 凄いんだから!」


「ほー、すごいんだね」


 年の割に控えめな胸を張って、ニンマリと笑みを浮かべながら師匠を絶賛するニーナ。

 確かに、色んなとこに目があったら距離感とか全く分からなくなるし大変なんだろうなぁ、と今一つ実感が湧かないが、特別なことをしている事はなんとなく分かり、パチパチとおざなりな拍手をするフュフテ。


「じゃあ、それを使って相手の動きを把握して移動してるってことだよね?」


「そうよ。それも全て『転移魔法』でね。あんな風に短距離に転移するのって、物凄い難しいのよ?

 見てるだけじゃ分かり難いかもしれないけど」


「うん。高度すぎて真似するのはとても無理だけど、すごく勉強になるよ」


 恐らく、あれがフュフテの目指す一つの形なのだろう。

 道のりは果てしなく険しいが、戦う手段は必ずあるのだと、師匠が身体を張って教えてくれている。

 そのことに、フュフテは感謝で胸が熱くなった。


 兄弟弟子が師匠の教えから学び、分析を行う合間にも、緩やかにニュクスとアダムトの戦闘は終局へと向かっていきーー、


「貴様、いくら何でも頑丈すぎるな。もう百回は殺したと思ったが......」


 固く閉じていた目を開き、赤の瞳が満身創痍の聖職者を映し出す。

 弟子に手本を見せるためにとっていた構えを解き、正面に体を向き直したニュクスは、


「口だけではなく、存在まで厄介な男だ。こんな奴に目を付けられるとは、うちの息子はつくづく不運な星の下に生まれついているらしいな」


「ごほっ......ふぅ.....ふ、ふフフ。お誉めに、預かりまして、光栄ですな......しかし、困りました。

 どうやら......はぁ......ワタクシでは、アナタを倒すことは、難しい、ようです」


 疲労の極地にあり、内臓にまで深手を負ったのか、口から鮮やかな血色を吹き出して笑うアダムトを前に、嘆きを零す。


 アダムトのほうも、このままでは自身が勝てないということを理解しているのだろう。

 法衣はすでに衣服としての役割を果たさず、曝け出された意外にも筋肉質な胸元は、傷だらけで血みどろだ。

 鬱血した黒点が身体の至る所に浮き出ており、無傷な場所など皆無。

 左腕はあらぬ方向を向いており、折れているのは明白で、まともに戦える状態ではないことは誰の目にも明らか。


 にも関わらず、アダムトから戦意が衰える気配は、微塵も感じられない。

 小突けば今にも死にそうな風態でありながら、血汁で色付く歯茎を剥き出しに狂喜を覗かせて。

 死に限りなく近いはずなのに、彼の目は死から最も遠い場所で暗くぎらついている。

 それが、とてつもなく不気味で。


 この男は、まだ何かをやるーー、そう、ニュクスに思わせるには充分なアダムトの様子に、警戒を最大限にまで上げて、一挙一投足まで見逃すまいとした所で、


「ーーーー」


 薄氷を踏み割るに似た、繊細な破砕音が耳に響いた。


 全身の毛が逆立ち、戦慄が足先から頭の天辺まで駆け抜ける。

 悠久の時に捕らわれたかのように、意識だけが先行し、背後を振り返る身体がもどかしい。

 

 全てはこの一瞬のため。

 ニュクスの意識が一点に集中することで、()から注意が外れる瞬間を待ち構えていた。


 辛うじて目の端が弟子たちの姿を捕まえる。

 姉妹の結界は割れ、放心する少女たちが見つめているのは、フュフテ、いや。

 彼を黒衣で包み込み、背後から抱き締める女。


 漆黒のフードから覗く艶やかな金の髪は、見慣れた一族の象徴。

 同じく金色の瞳は、堪え切れない愉悦の光に染まって。


「ーーだから、あなたは甘いのよ」


 蠱惑的な唇が、そう形作って、息子共々母親の目の前から、音もなく消え失せた。



 この日、フュフテ=ベフライエンは、里から誘拐された。

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