第21話 『信仰の狂気』
「ずいぶんと、賑やかなお弟子さん達ですな。ワタクシも混ぜて頂きたいものです。
ああ、いけません。少々興奮してまいりました」
自分の弟子があらわにしている尻に視線を釘付けにして、持ち上がった口端から涎を垂らしている聖職者ーーアダムトに対し、
「貴様、レアオス教の者ではないな? かの教義は、同性への情欲を禁忌としているはず。......異教徒か」
呆れを多分に含んだ吐息を零したあと、眉を寄せつつ、アダムトから感じた違和感を元に推測を口にする。
すると、今の今まで煩悩に支配されていたアダムトの灰眼がギョロリとニュクスを捉え、口元が真っ直ぐに引かれた。
「異教だと......!? フフフ、アナタも所詮は無知の輩なのですな......。
っ! 愚昧がっ!! どいつもこいつも、何も分かっていない! アシュレ様こそが唯一無二の神であらせられるのだ!
レアオスだと? あんなものはまやかしに過ぎん! 作られた偶像だ! にも関わらず我が神を下に置き、腐った教義を撒き散らし続ける、害悪め! 即刻根絶やしにし、偉大なるかのお方の前に全ては跪くべきなのだ!」
右腕を天高く掲げ、拳を握り、ぶるぶると振動させて、アダムトが絶叫を上げる。
体全体が義憤に躍動し、限界まで拡大した眼は血走り、犬歯を剥いて、頬に血を滴らせる顔はまるで悪鬼羅刹かという程に凶悪な有様で、声を裏返し、吠え猛る。
ニュクス以外の傍観者が唖然とする周囲を置き去りに、まさに別人へと変貌を遂げたアダムトは、荒い呼吸と激烈な感情の発露の余韻を漂わせたまま、
「ワタクシとしたことが、失礼。取り乱しました。ですが、そのような侮辱は止めて頂きたい。次は抑えきれませんので」
息を整えて、ニュクスへと一息に吐き出される。
「貴様がどこの神とやらを信望していようが、知ったことではない。私に関係があるのは、弟子たちが襲われた、その一点のみだ」
瞬時に、空気が張り詰める。
ニュクスから発した重厚な殺気が、鋭利な威圧を伴いアダムトへと差し向けられた。
彼女の普段から持つ他を寄せ付けない雰囲気が、より一層の剣呑さを増して、
「問おう。目的は、フュフテか?」
「ええ、その通りです。彼を見て一目で分かりました。
ワタクシが見間違う筈がありませんからな。ついでに処理もしておこうと思ったのですが......」
「......なるほど。それがニーナを殺そうとした理由か。そこまで知っているのなら、やはり無関係ではないな。
あの女はどこだ」
「この場にはおりません。ですが、アナタへの伝言を預かっております。『魔都にて待つ』だ、そうです」
「っ! ......そうか。ならば、貴様にはもう用はない。早急に、処分してやろう」
事情を知る者同士のやりとりが交わされる。
もはや語る必要なしと、動き出そうとするニュクスに、不意に真剣な表情になったアダムトが、押し留めるように手のひらを彼女の方へと向ける。
「? まだ何かあるのか?」
「お待ちください。少し聴いて頂きたいお話が」
「命乞いなら聞くつもりはないぞ」
「そうではありません。......実はワタクシ、御子息に一目惚れを致しまして。ワタクシ個人の目的として、御子息の身体を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
よほどこの狂信者にとって大事なことなのか、姿勢を正して厳かに宣う姿は、婚姻の許可を貰いに挨拶に来た若者のように真摯さに溢れている。
内容が常軌を逸している点については、触れてはいけない。
「却下だ」
背後で顔面を蒼白にして震えているフュフテをちらりと振り返り、気の毒になりながらその申し出を握り潰す。
その姿から、変態を近づけるのは息子の情操教育上あまり良くないな、とニュクスは考える。
が、今からこの男を始末すればいいだけの話だと思い直し、
「あまり不埒な視線で息子を見られるのは、母親として些か気分が悪い。それが貴様であれば尚更な」
「それは失礼致しました。では、アナタを倒してから、思う存分愛でることに致しましょうか」
「ああ、好きにするといい。出来るものならな」
息子に妄執するアダムトの戯言を鼻で笑い飛ばし一蹴すると、唐突に背を向けて瞼を閉じた。
「......なんのおつもりですかな?」
「さっき言っただろう? 面白いものをみせる、と。
フュフテ! よく見ておけ!」
あたかも余興を始めるくらいの気軽さしか感じさせない声音を、不審な面持ちで行動の意図を探るアダムトに、後半は息子へと投げかけたニュクスは、ちょうど自分の腰の辺りに後ろ手で右の手のひらを広げる。
「どこからでも、かかってこい」
「舐めた真似を......っ!」
その仕草を挑発と受け止めたのだろう。
愚弄されたと感じたアダムトは、愚者としか思えない行動を取る女を一息に切り捨てるべく、左手の神器を両手で握りしめ、魔力を解放。
噴射した魔素を長大な光の双刃へと変えて、戦闘態勢へと移行する。
そのまま、自身の身の丈の悠に倍を超える巨大な得物を振り回し、一足飛びにニュクスに切りかかった。
歴戦の戦士の風格を備えてはいるものの、何の武器も持たない無防備な女。
増してや後ろ向きに棒立ちになり、視界を自ら塞いでいる。
普通であれば、今日初めて剣を手にした駆け出しの探索者でさえ、易々と屠ることができるであろう獲物。
なんのつもりかは知らないが、望み通りあっさりと切り裂いてやろうーーと、触れるもの全てを消滅させる凶器を叩きつけた瞬間、
ーーすでにアダムトの敗北は、決定していた。