第2話 『少年の秘策①』
賊の拠点、といってもいいだろうか。
無頼漢たちによってこの洞窟に連れて来られてからいままで、たったの一言もしゃべらなかったフュフテが突然吐いたその言葉と内容は、今この場に集まる全員の時間を停めるに十分値するものであった。
決意を秘めた悲壮な覚悟を全身から醸しだし毅然と立つフュフテを視界にいれた者達は、皆一様に思考の混乱に陥っている。
それも当然であろう。
男たちからしてみれば「自分から襲ってくれ」と、それも同性に対して言い出すやつは頭がおかしいとしか思えず呆気にとられるのも無理からぬことだ。
またニーナ達からしても、「自分達がよく知る少年はこんなことを言い出さない」「恐怖で気がふれてしまったのではないか?」と、今まさに襲われんとしている状況を忘れて唖然としてしまうほどに意味不明の言であった。
しかし時間が経つに連れて、男たちはフュフテの類いまれな美貌と先ほどの言葉を反芻し、あたらしい玩具を見つけたと言わんばかりに下卑た笑みを浮かべた。
「へえ、坊主が相手してくれんのか?」
「よくみりゃとんでもねえきれいな面してやがんな。その辺の女よりよっぽどそそるぜ」
いままでははっきりと顔を確認していなかったのか、男たちは改めてフュフテの容姿をまじまじと見やる。
少年であるとはいえフュフテも美に愛された森の民のひとりであり、当然その風貌は群を抜いて美しい。
両頬に一筋ずつ垂らされた錦糸を思わせるやや長めの髪は、お団子の形で後頭部にちょこんと纏められていて。
柔らかく細い影のような睫毛の合間から覗く、太陽の光と同じ輝きに彩られた瞳は、神秘的な印象を目にしたものに与えるだろう。
強く触れると破れてしまいそうな薄く繊細な唇は、花びらのように小さく描かれており、男たちの興味を惹きつけるには充分なものであった。
おまえらはあとで相手してやる、と言わんばかりの厭らしい視線を三人の少女へと投げかけた後、ぞろぞろと彼らはフュフテのもとへと向かう。
急に屈強な男共に囲まれたことで怖気づいたのか、縮こまるフュフテの姿は可憐な容姿も相まって、男であることを忘れてしまいそうになるほど愛らしい仕草で。
(なるべく女らしく......あれ? 女らしいって、どうやったらいいの? やばい......わかんなくなってきた!)
一方、フュフテは急にこの場の注目を一身に集めたことと、失敗できないという重圧で完全に一杯一杯になっていた。
ニーナ達の危機的状況を打開する作戦のため、男たちの気を引くという第一段階は達成できたようだが、今からは自分がよりおいしい獲物であると認識させなければいけない。
雄だとわかっていても襲いたいと思うほど、フュフテが魅力的に見えなければならないのだ。
当たり前のことであるが、フュフテは健全な十二歳の男であり女の子として振る舞ったことなど一度もない。
しかし、十二歳という年齢は発育段階として、ちょうど子供から大人へと脱皮する時期であり、まだまだ男らしさからかけ離れていることから、大人と子供、男と女という性別の不均衡がゆえの魅力を遺憾なく発揮できるともいえる。
しかしながら、あっぷあっぷになっているフュフテがそんなことにまで考えが及ぶはずもなく、ただただ自分がうまく女性らしい仕種が出来ているかどうかの不安と緊張でいっぱいなのだ。
そんな彼の有り様は如実に体へと表れ、頬がほのかに赤く染まり、首すじはうっすらと汗ばんできていた。
おどおどと定まらない視線は、少し俯く所作でいじらしさを匂わせている。
胸の前で組まれ押し当てられた手のひらは、ドキドキと早鐘のように脈打つ心臓の音を抑えているのだろうか。
結果として、この上なく恥じらう乙女が出来上がっていることに、彼は一向に気付いていなかった。
「やべえな、たしかにこいつはたまんねえけどよ......」
「いや......コイツ本当に男、だよな? 女にしか見えねえんだが」
「どうする? いちおう剥いて確かめてみるか?」
そんなフュフテの艶麗を目の当たりにした男たちは、各々戸惑いの声を上げている。
もはや、男であることを疑われる領域にまで来ているらしく、獲物と認識され始めていて。
がしかし、それでも即座に襲いかかりたいと思わせるには、いま一歩何かが足りていないようだ。
(やっぱりダメだったか? なんとかしないと......ッ! でも、どうすれば......)
内心の焦りが表にでないように、フュフテは頭を巡らせる。
彼の作戦には、確実に無防備な隙が必要なのだ。
それは、男たちの興味が再びニーナ達に移ってしまっては意味がない。
自分の目の前で油断している、それもごく至近距離で。それが最善の状態であり、最も勝率が高い賭けでもあった。
だがどうやら、天はフュフテに味方したようだ。
いや。彼の必死な演技(?)が、男たち全てとはいかなくとも一部の者の理性を崩壊させるには十分だったのだ。
「でゅふふふ、どけおめえら。やんねえなら俺にやらしてくれ。もう我慢できねえよ」
進路上に立つ男たちが邪魔だったのだろう。
両の手で押しのけて後方から姿を現したのは、縦にも横にもボリュームたっぷりな巨漢の大男。
腹はでっぷりと突き出ており、脂ぎった顔に気持ち悪い表情を張り付けた醜い男が、饐えた臭気を全身から漂わせてフュフテの前へと現れた。
「ゴンザ、おめえも好きだねえ」
「【穴掘り】ゴンザか。あいつなんでもいけるからな。むしろ今回は大当たりなんじゃねえか?」
ゴンザと呼ばれた男は周りの声などまるで耳に入っていないのか。
フュフテの体を舐め回す勢いで視線を這わせており、どうやら十二分に発情しているらしい。
(よしっ! 乗ってきた! 次はアレの出番だ!)
醜男の淫猥な情念を浴びながら、心の中でひっそりと会心の笑みを表し、フュフテは次の秘策へと取り掛かる。
彼は、とある女性から、『男を落とす必殺技』を学んだことがある。いや、正確には無理やり教え込まれたというのが正しい。
男である彼にそんなことを教えた人物はおそらく頭のネジが数本はずれているのかもしれないが、いまはそれは重要ではない。
問題なのは、彼がその技を実戦で使用したことがないということだ。
もっとも、どこかで使っていたらそれはそれで問題なのだが。
勿論、「果たして本当に男を落とすことができる技なのか?」 というのが一番重要な要素なのだが、そこは伝授された教えを信じるほかないだろう。
(やるしかない......うまくいってくれ!)
神にも祈る気持ちでゴンザと向き合ったフュフテは、おもむろに自分の下半身の衣服に手をかける。
そのまま一息に下着ごとずり下した後、恥じらう仕草で後ろを向き、そのままゆっくりと前かがみになっていく。
そうすると、フュフテの頭が下がると同時に臀部が高々と持ち上げられて、ひときわその存在を主張して鮮烈にゴンザの目へと飛び込んできた。
その美々しい臀部は、柔らかな丸みを描いており、程よいハリ感がありながらも適度についた脂肪が柔らかさを醸し出している。
瑞々しい果実を彷彿とさせるその存在は、ゴンザだけでなくこの場の全ての者の視線をくぎ付けにした。
十分に周囲の注目を引き付けたことを確認すると、最後の仕上げとばかりにフュフテはその体勢のままにゴンザを振り返る。
自然と視線は男を見上げる形となり、上目遣いに見つめてくるその瞳は、かすかに濡れて蠱惑的に。
人差し指をそっと口元に添え、咥えるように優しく食みながら、熱っぽい吐息と共にフュフテの唇から甘いささやきが紡がれる。
それは、トドメの一撃であった。
「お願い......優しく、シて?」
--効果は、劇的であった。