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無題  作者: ナナシ
第1章
18/102

第18話 『これから』

(......ん? 待てよ?)


 果てしない殺意に飲み込まれそうになっていたフュフテは、ある考えに至るとふと我に返り死んでいた目に知性の光を取り戻す。


「師匠」


「? なんだ」


「ひょっとして......僕は、強いのですか?」


 もしかして、もしかしてだが。

 自分は強いのではないだろうか?

 何せ師の言葉通りなら、通常の魔法士の十倍もの修行を今までしてきたのだ。それも、七年もの間。

 単純計算で七十年分修行した力を手にしていても、何もおかしくはない。


 お尻から魔法が出ると知ってから。

 何度も何度も失意と絶望を繰り返し、擦り切れ失ってしまった希望が。

 それこそ、魔法を習い始めた頃には確かに感じていたはずの、洋々たる未来への希望が。

 再びフュフテの体を駆け巡り、自然と手に汗を握る。


 もしも力があるのなら、自分は戦える。

 ずっと抱いてきた憧れを。憧れることしか、できなかったものを。

 夢へと変えて、本気で目指すに値する目標へと変えることができる。


 いつか何かが変わるかもしれないと、不確かで根拠のない望みを抱き、惰性に流されてきた日々を。

 出来ないんだから仕方ないと、骨の髄まで染み付いた負け犬思考に染まってしまった生き方を。

 ニュクスの返答次第で、終りにすることができるのだ。


 歳に似合わず達観していてどこか冷めた色をしていた瞳は歳相応の金色の輝きに染まり、師が口を開いた言葉にーー、


「いや、弱いな。すごく弱い」


「えっ......」


「私なら二手で殺せるな」


 あっという間に光を失い、再びフュフテは気落ちしてしまう。

 希望が大きかっただけに落胆も凄まじく、全身の脱力を隠そうともせず投げやりに地面に座り込もうとして、



「おい、勘違いするなよ? お前が弱いのは、基礎訓練しかさせていないからだ。

 本来はある程度、そうだな......中級程度の魔法を習得させた時点で、並行して戦闘訓練を始める」


「じゃあ、ニーナが戦えるのは......」


「ああ。ニーナは風だけなら特級まで扱えるからな。相当前から鍛えている。

 だがニーナと違って、お前は普通に魔法が使えないからな。特殊なやり方で鍛えてきた。まあ、少々やり過ぎた感はあるが......」



 ややバツの悪そうに言い澱むニュクスの苦笑に、膝を折るのが止まる。

 

 ーー彼女の言が確かならば、自分にはまだ可能性があると言う事だ。


 賊を不意打ちで倒した時とは違い、ニーナ達の戦いを見て「自分は今まで何をしてきたのだ」と思った。

 文字通り死ぬほど修練を重ねてきたのに、あんな風には戦う事が出来ない自分に遣る瀬無さしか感じなかった。

 そもそも、魔法士同士の戦闘を見たのは今日が初めてだ。


 そうではなかった。

 まだ、途中だった。

 自分は、これから強くなる所だったのだ。


 枯れ果てた心に希望が注がれ、期待が胸を膨らませる。

 失ったはずの意欲が、眠っていた気力が、何処からか吹き出して武者震いが止まらない。

 心の臓が、熱い。


 蹲り、他人を羨んで、諦めに呑まれて、目的を見失って。

 自身への蔑み、他者の目の恐れ、それらに呑み込まれて心を閉ざして。

 「自分には無理なんだ」と、そう思い込んで嗤って縋って泣き喚いて。

 変えられない、変わることなんてできないと。同じ所で繰り返し繰り返し、無意味な足踏みを刻み続けるのは、もういい加減にやめにするべきだーー。


 フュフテは今度こそしっかと両の足で大地を踏みしめ、



「師匠。僕は、強くなれますか?」



 紅い瞳を真っ直ぐ見つめて、想いを形に、雄語にしてはっきりと紡ぐ。


「もちろんだ。誰が、鍛えてやっていると思っている」


 弟子の質問に当然だと、頷きを一つ返して、


「というか、もうそれなりに力はあるはずだが? 一対一は無理でも、サポートだけなら十分な戦力になる。

 お前がちゃんと戦っていれば、私が来るまで持ち堪えるのはそう難しくなかったはずだ」


 フュフテが参戦していた場合の想定をニュクスは語る。

 

 ーーどうやら師匠は、弟子の自分が戦いに身を置いているものだと思っていたようだ。

 だから、戦力となるにも関わらず安全地帯でのうのうとしていた事に怒りを覚えていた。

 窮地に陥った兄弟弟子を見殺しにする息子に、だ。

 そういうことなら、さっきの鳩尾蹴りも頷ける......いや、まずは口で言って欲しいものだ。


 とはいえ、そんなことを言われても仕方のない部分もある。

 なにせ、自分がそんな過酷な環境に放り込まれていたとは思いもしなかったのだ。

 年上の、ましてや姉弟子が手も足も出ないほど強大な相手に、未熟な上欠点持ちの弟弟子が敵うはずもない。

 そう考えてしまったのも仕様がないと言える。

 きちんと説明をしなかった師匠も悪い。


 だが、それはもういい。

 なにより、まだ戦いは終わっていない。

 現に、自分たちに膨大な戦意が近づいて来ておりーー、


「随分と親切だな。私たちを待ってでもくれていたのか?」


「フフフ、そう言うわけでもありませんが。お話は終わりましたかな?」


「そうだな。あとはお前を始末すれば終わりだ」


 ニュクスが降り立つと同時に遙か彼方まで蹴り飛ばしたはずの男は、眼鏡こそ無くしているがさしたる負傷もなく、首を左右に振って関節を鳴らす。

 ニュクスの煽りすら歯牙にもかけず、余裕綽々としている。


 結界の中にニーナを横たえ、改めて聖職者ーーアダムトと向かい合い、実力者同士の戦いが今......という所で何を思ったのか。

 ニュクスは後ろに立つフュフテを振り返り、



「ちょうどいい。お前に面白いものを見せてやろう」



 悪戯を思いついた悪童の顔をして、ニヤリと不敵に笑った。

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