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無題  作者: 名なし
第1章
14/102

第14話 『叫び』

「......ごめんね、こんなこと言って。勝手だよね、あたし。

 ......うん、わかってる。自分は何も出来ないくせに、何言ってんだコイツ、って思うよね」


 ーー違う。そうじゃない。

 そんなことは思っていない。


「フュー兄だって怖いと思う。怪我するかもしれないし、死ぬかもしれないもん。

 でもね、もしあたしがフュー兄みたいにちゃんと魔法が使えたら、きっと助けに入ると思う」


 ーー違う。みんな、勘違いをしている。

 思い違いでしかない。


「だけど、ダメなの......今のあたしには何もできなくて......っ! 誰かに助けを求めることしかできない!

 ここには、フュー兄しかいないの! フュー兄にしか、頼れないの! だからお願い......」


 ーー違う。助けを求める相手を間違えている。

 何も出来ないのはサシャだけじゃない。


「できないなんて言わないで? 大丈夫、できるよ! だって、あんなすごい魔法使えるんだもん!

 きっとニーナ姉を助けられる! だからーー」


「違うんだっ!! 魔法なんて使えないっ! ......僕には、()()()()魔法を使うことなんて、できないっ!!」


  拳を握りしめて、喉を震わせ、唇を戦慄かせて、血を吐くようなフュフテの叫びが、向かい合うサシャに頭から叩きつけられる。

 サシャの希望を、謝罪を、励ましを、それら全ての姉を救いたいという願いを、真っ向から切り落として、フュフテは自分には「できない」と吠える。


 そんな彼の姿に、さすがにサシャも二の句が継げず、押し黙ってしまう。

 失望を露わに、虚ろな目で見上げてくる少女に、


「サシャは言ったよね? お尻から魔法を使うなんてカッコ悪いって。そうだね、 僕もそう思うよ............でもね、違うんだ」


 一度言葉を切って、言い聞かせるように。


「お尻から、魔法を使ったんじゃない。

 お尻から()()、魔法が使えないんだ」


 内心はどうあれ表面上は平穏に、今さっきの喚きから一転して冷静に。

 感情を押し殺す淡々とした声で、フュフテは自身の真実を語る。


「え......?」


 何を言われたのか、理解できなかったのだろう。

 サシャの呟きは、ただの発声としての役割しか持たず、思考はまるで追いついていない。

 フュフテの語った内容は、それだけ突飛なものであった。


「なぜだかは分からないけど、僕は普通に魔法を使うことができない。何をやっても、お尻以外には魔力が集まらないんだ。

 でもそれって、どういうことか分かる? サシャ。......ミシャも」


 自分を見上げるサシャと、隣で一部始終を見届けているミシャ。

 二人の幼馴染に、フュフテは力無い笑みをたたえて、問いを発する。


 問われた少女達は、口を開くことができない。

 理由は単純だ。

 森の民として、魔法使いとして。

 それはあまりに、残酷な事実である事が、分かってしまったから。


「里のことは.....今は置いておこう。でも二人も里の掟は知ってるよね?

 ああ、今はまだマシになったかな? 母さんが色々動いてくれたから。昔は酷かったけどね......」


 みんなと出会う前の話だけどーーと、そう話すフュフテの目は空虚で、何も写さず過去を望むかのように。


「魔法に関しては......本当にもう、どうしようもないよ。

 確かに使えるよ? 必死に練習したからね。

 火も、風も、水も、土も、治癒だって! でも、どれも、意味がない!」


 右手で前髪をクシャリと掴み、くつくつと笑い声を上げる少年は、壊れてしまったのではないかと。

 そう感じる程に深い闇に捕らわれている彼の姿を見て、少女らは戸惑いで声をかける事ができない。

 全く気付かなかったのだ。彼がこれほど抱え込んでしまっていることに。


「まともに使えると思う!? 後向きに打つんだから、的に当てることさえ碌にできやしない! 

 いちいち屈まなきゃいけないんだ、相手の攻撃だって躱せないよね? それでどうやって戦えっていうの!?

 こんな無様な魔法使い、見たことも聞いたこともないよ!」


 口角から泡を飛ばし、フュフテがずっと抱いてきた思いが、嘆きが、次々と飛び出す。


 極限の状況とは、人の本性を容易く露呈させるものだ。


 これまでは、うまくやってこれた。

 彼女たちーーいや、母親以外の近しい者たち全てに真実を隠し通してきた理由は、彼の内に押し込めてきた負の感情が、外に溢れ出ないようにするためでもあった。

 気取られないように、悟られないように、明るく洒脱な振る舞いで、必死に心の奥に踏み込ませないよう防波堤を築いてきたのだ。


 しかしそんな虚栄は、眼の前で大切な人を失う恐怖と、助けに応えられない己の無力さの前に、いとも簡単に壊れてしまう。

 当然だ。

 正面から問題と向き合うこともせず、ただひたすらに逃げ続けてきただけなのだから。


 一度決壊してしまった感情の波は留めることができず、涙こそ流していないが、慟哭となって空間を切り裂く。

 まだ十二の少年なのだ、彼は。

 理不尽な境遇にあらがうことも受け入れることもできず、ただただ年相応に喚き散らすことしかできない。


「なんで僕が......僕だけがこんな目にあうの......?

 ......助けたいよ、僕だって。

 ニーナを助けたいに、決まってる!

 こういう時のために、ずっと修行してきたんだ。

 みんなみたいに、普通に魔法が使えたら、僕だって、きっと......」


 特別でなくてもよかった。

 普通でありさえすれば、きっとフュフテは前を向けた。

 たとえ力及ばずとも、窮地に陥っている仲間と肩を並べて戦うことができたはずだ。

 そのための準備はずっとしてきたのだ。


 胸元で右手のひらを上向きに開く。左手で右手首を掴み、意識を集中する。

 深く息を吐き、大きく息を吸いながら呼気と共に魔素を体内に取り込み、魔力に変換する魔臓へと送り込む。

 右胸で力強いエネルギーが生み出され、旋回し、織り重なりながら、排出器官に乗り込むのを今か今かと待ちわびている。

 それら全てを右手へと送出、魔法現象を引き起こそうとしてーー突如、流れは断ち切られた。

 右手へと向かう力が、何の前兆もなく消え失せたのだ。


 驚くことではない。これまでずっと繰り返されてきたことだ。

 下半身の一箇所を除き、全ての場所で同様の現象は起こる。

 何度やっても。フュフテの意思とは無関係に。


「ははッ......」


 少年は、楽しさなど微塵も感じられない、諦めと皮肉に塗れた笑い声を漏らし、両手の構えを解いて視線を伏せた。

 俯きながら歯を食いしばり、魔臓のある右胸に手を当て、五指で服地を握りしめる。


 そうでもしなければ、内から溢れでてしまうとでもいうように。

 羨望が。諦観が。哀願が。悲嘆が。怨嗟が。憎悪が。絶望が。

 渦巻く数多の情念が、これ以上吹き出さないようにーー。


 全てをさらけ出しぶちまけたフュフテに、かける言葉を誰も持つ事ができず、刻々と流れゆく時を立ち尽くすことしかできなかった。

 と同時に、この場にニーナ達に助成できる存在が、誰一人としていないことにも気付く。


「だれか、助けてよ......」


 救いをもとめる声は三つの人影の内、どれから漏れたものだったのか。

 その声に応えるものはなく、激しく撃ち合う魔法の衝突音と地面の爆ぜる音だけが、辺りに鳴り響いていた。

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