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無題  作者: 名なし
第1章
13/102

第13話 『不信』

 アダムトの意味ありげな一瞥の後に再開された戦闘は、剣山刀樹もかくやといった無数の斬撃を持ってして、鼠と少女を防戦一方の展開に押し込める。


 舞台を織り成すのは、無造作に死を宛てがう狂剣をかい潜り命を拾い続ける二人の弱者と、それを振るう強者。

 観客は、なす術もなく眺めることしかできない三つの傍観者のみ。

 ある種膠着ともとれる戦況に業を煮やしたのか、法衣の演者によって次の演目がめくられる。


 近接だけではないと言わんばかりに、光刃の表面から幾つもの球体が浮き出ると、矢を形作ってニーナとドロス目掛けて次々と発射された。その数は大小さまざま、五十は下らない。


 一矢でも受けて態勢を崩せばそれで終わりだ。

 怒濤の矢嵐に見舞われ、穴だらけの骸がひとつ完成するだけの話である。

 単純な物量こそ最大の武器、を体現するかの様。


 ニーナは最も得意とする風弾で。

 ドロスも魔道具なのかーー懐から取り出したナイフを投擲。

 次々に襲い来る光矢を撃ち落として相殺もしくは回避しながら、急場を凌いでいく。

 が、射出されたそばから補充されていく球体は即座に光矢に変わりゆき、終わりが見えない。


 互いの連携は拙く、綻びだらけだ。

 だが、相方の負担を軽くするため出来る限り矢の弾幕を受け持とうとするニーナと、彼女に当たりそうな攻撃を優先し守るように撃墜していくドロス。

 急造のコンビは連携不足ながら協力の意思は固く、それによって崩壊一歩手前の際どい一線は守り抜かれている。


 しかし、それは時間の問題であろう。

 気力と体力、一度のミスが死に直結する重圧で二人は削られ続けている。

 精神的にも肉体的にも。

 絶え間なく襲いかかる矢は、反撃に転ずる機会を許さない。

 戦況は決して楽観視できるものではなく、むしろーー、


「まずいよ、このままじゃニーナ姉が......」


 危うい均衡の上に成り立つ姉の戦う姿を見て、サシャは焦りに視線を泳がせて隣に立つフュフテの袖を強く曳く。

 ミシャもそうだが、彼女達は専ら防御や支援に関する魔法しか習得しておらず、戦闘力は皆無に等しい。

 いまこの場で戦う術を持つものは、幼馴染の少年しかいないと、そう思うのは当然の流れだ。


「フュー兄、お願い! ニーナ姉を助けて!」


 先刻洞窟内で見せた、十人以上を一網打尽にした魔法使いとして能力を発揮してくれれば、事態は好転するかもしれない。


 この少年は二つ年上だが、どこか頼りなく、力も強くないし男らしくもない。

 けれど、彼は自分たちを守ってくれたではないか。

 今まで見せたことはない、隠していた魔法の力を使って助けてくれた。

 そんな彼が姉を見捨てるはずがないーーそう、期待を込めて見上げたサシャの懇願にも似た表情は、


「......僕には無理だ......ごめん」


 無情にも告げられた否定の一言で、愕然と色を失った。

 それは、そばで聞いていた片割れのミシャも同様だったようで、驚愕に目を見開いている。


「............え? ......いま、何て言ったの......? なんで......?」


 信じられない言葉を聞いたーーそう言いたげにフュフテの顔を凝視、唇を半開きにして唖然とするも、決して少年はサシャと目を合わせようとはしない。

 一拍遅れて激情が膨れ上がり、その半開きの口から罵声が飛び出そうになるのを寸前で堪え、サシャは身を震わせる。


 我慢できたのは奇跡だ。

 それは無意識の内に、何か理由があるに違いないという信頼が頭の何処かで働いたからか。

 だが、理由が分からない。納得もできない。その時間もない。

 少女にできるのは、フュフテに言葉をぶつけることだけだ。


「あ、ひょっとして怒ってた!? ほら! お尻からはカッコ悪いとか笑っちゃったじゃない?

 冗談だって! うそうそ! ごめんね、ちゃんと謝るから! だから、お願い......お願いだから......ニーナ姉を、助けて......っ!!」


 軽い戯言であったのだと、謝罪混じりに懸命に言の葉を紡ぐサシャ。

 眦を下げ瞼を震わし、口は笑みを型取りながらも引きつり、泣き笑いに顔を歪めながら、最後には悲痛な叫びをフュフテに訴えかける。


 そんなことが理由でニーナを助けないなどとは、もちろんサシャは思っていない。

 ただ何かを語りかけねば、このままでは姉が死ぬ。殺されてしまう。


「そんなんじゃない......できないんだ......僕には」


「なにができないの!? フュー兄の魔法なら、できるでしょ? 戦えるじゃない!

 あたしらじゃ戦えない! .....悔しいけど、なんにもできないよ......」


 ついにはサシャはフュフテの胸倉に掴みかかる。いや、縋り付く、と言ったほうが正しいかもしれない。

 小さな手の平が握りしめた緑色の服は、姉の窮地に飛び込み転げた際に付着したのか、砂塵でザラザラとしておりその感触に、さっきは命懸けで姉を助けたのにどうして! ーーと、再び憤りが噴出する。

 サシャは、自分より頭一つ分高い位置にある顔を下から覗き込み、弱気を吐くフュフテにさらに叫号しようとしてーー、


 その動きを止めざるを得なかった。

 見上げた彼の表情は、サシャが未だかつて見たことがないほど、苦渋に染まったものであったのだから。

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