第12話 『横槍は突然に』
「どういうつもりですかな。まさかあなたに邪魔をされるとは思いませんでしたが」
どんな生き物も、ご馳走を前にして横から邪魔をされれば激怒するのは当たり前だ。
激情といった感情とは無縁にみえるアダムトも、それは例外ではなかったようで、口を突く台詞は低く、剣呑な眼つきをもって乱入者を見据えている。
「それはこっちの台詞でさぁ、旦那。嬢ちゃんらを始末しようってなぁ、ちょいと気がはええんじゃねぇかい? 短気な男は嫌われますぜ?」
太々しいにやけ笑いを張り付けた男は、その手に絡めた鎖を器用に操り、ギリギリとアダムトを締め付けながら答えた。
お世辞にも壮健とはいえない細身の痩躯のどこにそんな膂力があるのか、綱引きのように互いの力は拮抗し合っている。
「洞窟の鼠男!? なにしてんのよ、あんた、敵じゃなかったの!?」
突然現れた見覚えのある顔にどうにか記憶を探ると、洞窟内で自分を攫った一味の一人である鼠顔の男と一致。
ニーナは困惑を隠しきれず、思わず声を上げた。
より一層現状を消化しきれなくなっている彼女の問いに、「鼠......?」と怪訝な表現を浮かべた鎖の男は、
「お、意外と元気そうじゃねぇかい、嬢ちゃん。まぁ、こっちにも事情ってぇもんがあるんでね。
しっかしひでぇな、鼠って......。あっしにも一応、アレクサンドロスってぇ立派な名前があるんだがねぇ」
「なにそれ!? 立派過ぎるわよ! 完全に名前負けしてるじゃない。あんたなんかドロスで充分よ、ドロスで!」
ニーナに鼠よばわりされた挙句に自身の名前を似合わないと一喝され、「ドロス......」と呟きながらしょんぼりと落ち込む。
洞窟内で嘲笑された鬱憤を少しは晴らせたのか、若干満足気に胸を張るニーナと、苦笑しながら空いた手で所在なさ気に頭を掻くドロス。
一度敵対していた二人の距離は、今のやり取りで少しは近づいたようにもみえるが、
「余所見とは、ずいぶんと舐められたものですな」
張り切った鎖を意図的に緩め、相手の力を利用して跳躍したアダムトが、物理的距離を縮めてドロスに差し迫る。
接近したことで鉄鎖の制約が弛んだのか、光刃の先端は正確にドロスの胸元を貫く軌道上に乗せられ、体ごと一体となって飛び込む刺突がその痩躯を穿つべく繰り出される。が、
「おっと!」
ニーナと会話しつつも意識は向けていたようで、ドロスは即座に接近に対処。
右手の二連の鎖を高速で引き戻し引っ張ることで、刃先が到達するまでの間に矛先を僅かに逸らすことに成功。
紙一重の回避、と同時に、新たに左手から繰り出された二連の鉄鎖でアダムトを横殴りにする。
しなる鉄の打擲は、相当な速度と重さを持って無防備な横腹を打ち据え、
「それなりに悪くはないですが、この程度では足りません。残念ながら」
「ーーっ!」
赤熱し、黒煙を上げて鉄が蒸発していく。
一層輝きを増した巨大武器が、その身から赤光と熱風を纏い始め、使用者に襲い来る鎖を触れる先からドロドロに溶解させた。
拘束していた鎖も呆気なく溶け落ち、アダムトが無傷なのは言うまでもない。
「こいつぁきついぜ......」
背後に飛び退いて距離を空け、自身の攻撃が微塵も痛手を与えていないことに、乾いた笑いに口元を強張らせるドロス。
「アナタではワタクシを倒すには力不足です。もっとも、出直してこいなどとは申しません。契約違反をしたのですから死んで頂きます、当然」
「へへへ 、んなこたぁ分かってますぜ旦那。あっしはただの時間稼ぎでさぁ。まぁ死ぬのは御免だがね......」
光の巨大な双刃を軽く一回転させ、身に張り付いていた鎖のカスを振り払いながら、アダムトは語る。
その何気ない動作だけで周囲には高温の熱風が吹き渡り、地面に焼け焦げた幅広の残痕が刻まれる。
光刃が如何に脅威であるかを改めて認識させる行ないに、ドロスの声が軽く震えた。
「ちょっと、契約ってどういうこと? あんたもあの変態も、目的が見えないわ。説明しなさいよ!」
ずさずさと乱暴な足取りでドロスと並び、苛立ちを込めて問い詰めてきたニーナに、
「まぁそう怒りなさんなって。簡単にいうと、あっしは二重契約ってやつでさぁ。
あの賊を使って嬢ちゃんらを攫って、旦那に協力するのが一つ目の依頼。んで、もう片方は嬢ちゃんらを影ながらお守りするってぇ感じかねぇ」
宥めながら飄々と自身の立ち位置を明かしたドロス。
そのあっけらかんとした物言いに呆れつつも、ドロスの目的を知れたことで、ニーナはひとまず矛を収める。
「やけにあっさり逃げ出せたことに、何とも思わなかったかぃ?
予定ではすぐに旦那が嬢ちゃんらを引き取りにくるはずだったんだが、あの坊主にしてやられて逃げられるたぁ予想外ってもんだ。こんなことなら見張りでも置いとくんだったぜ......」
「それは残念だったわね。でも、あんた、その二つの依頼って矛盾してるんじゃないの?
なに? どっちに転んでもいいように保険ってわけ?」
手錠で封じたはずなのに、まさかあんな方法で魔法を使われるとは思ってもみなかったのだろう。
ヘタをこいた、と言わんばかりに重くため息をつくドロスに対し、勝ち誇った顔で鼻を鳴らしたニーナは、素朴な疑問を次いで投げかけた。
「バカ言っちゃいけねぇ、本命はこっちに決まってらぁ。依頼人には借りがあるんでね。むしろ旦那の依頼のほうが飾りってもんだ。
しっかし、旦那の目的なら、こんな早くに嬢ちゃんらを手に掛けようとするのもおかしな話なんだがねぇ。
まったく、予想外ばかりってもんでさぁ」
「......? あの変態の目的ってなによ。私達を奴隷にでもして売り払うんじゃないの?
あ、でもそうすると、殺そうとするのはおかしいわよね......」
彼の言葉に考え込み、ニーナはより正確なアダムトの目的を推察しようと、眉間にしわを寄せて頭を捻るが、
「少々お喋りにも飽きましたな。......ワタクシの目的が知りたいようですが、それをアナタが知る必要はありません。先ほども言った通りーー」
ドロスとニーナの会話に割り込みをかけ、光剣に再び魔力を込めながら態勢を整えるアダムトは、眼前の二人から視線を外して、
「彼がいれば、それで充分なのですから」
結界を維持する姉妹に合流しつつ、こちらの会話に耳をそばだてているフュフテを見つめて、怪しく舌舐めずりをしながら前言を締めくくった。