第11話 『少女のプライド』
「冗談......じゃないわよ。あんなの、反則じゃない......!」
光刃が生み出す存在感とその威圧を浴びて、ニーナは自分の声が震えを帯びていることに気付く。
怯えているのか、自分は。
あるいは死を予感してしまっているのだろうか。
小刻みに振動を伝えてくる膝は言うことを聞いてくれず、金縛りにあったかのように。
絶対的な暴力を。圧倒的な絶望を。
ただただ、ありのままに享受するだけの肉の塊と成り果てている。
だが、それは仕方のないことでもある。
確かに彼女は優秀な魔法士だが、戦士ではないのだ。
謂わば、命のやり取りなど経験した事もない、新兵同然のひよっこといっても過言ではない。
好戦的な性格と物怖じしない度胸は立派なものだが、それとこれとは話が別。
逃れられない恐怖を前にして、足が竦まない者など滅多にいない。
「おや? やっと協力的になって頂けたようですな。いささか期待外れなのは否めませんが」
得々として語る男は、眼鏡の奥を心底愉快そうに細めながら、ニーナにゆったりと歩を進める。
弱者の絶望を眺めることが至上の喜びといった具合に歪められた口元は弧を描き、睫毛を震わせ蒼白に染まる獲物を射程範囲の一歩外に置くと、
「なかなかに楽しめました。それでは、さようなら」
労いの言葉をかけた後、一度腰を深く落とす。
そのまま踏み込みと同時に凶器を揮えば、いとも容易く少女の首は宙を舞うであろう。
その予想を忠実に再現するべく、左脇から唸りを上げて放たれた輝く大剣は、
「ニーナぁぁぁーーっ!!」
命懸けで飛び込んできた少年に盛大に邪魔をされ、命を刈り取ることはできなかった。
※ ※ ※ ※
無我夢中ーーといえば聞こえがいいが、実際は無様この上ない体当たりを幼馴染にぶちかまし、二人仲良く地面を転げ回る。
がっしりと組み合ったまま幾度かバウンドし、最後は互いに頭突きをし合って悶絶。
致命の一撃を回避することには成功したが、戦いが始まって以来最大のダメージをニーナに与えたフュフテは、激痛にくらくらする頭を押さえて立ち上がる。
「......っ! あ、あんたねぇ......もうちょっと、まともに助けなさいよっ!!」
「ええっ!」
まさか怒られるとは思わなかった。
なぜだ。解せぬ。
死地に救世主が登場し、悪者から身を呈して助け出す場面。
自分の知る英雄譚などでは、こういう場合、感謝とか淡い恋心やらなんやらを抱かれたりするものじゃないのか、とフュフテは述懐する。
ーーいや、別にニーナにそういう感情を抱いている訳ではないし、抱かれても困る。
彼女は確かに可愛いとは思うが、個人的にはもっとお淑やかな性格の女性が好みなのだ。
ニーナは、ちょっと無しだ。
だがしかし、気持ちは分からなくもない。
やはり最後のやつが原因だろう。すべてを頭突きに持っていかれた。
それぐらいさっきのは強烈な一撃だった。今も目がチカチカするし、歯茎の奥もガタガタいう気がする。
命の恩と痛みに対する怒りを秤にかけて、なお怒りに傾きかける程度には激痛であったのだーーそう、フュフテが逆の立場であれば、同じ感想を抱いたかもしれない。
無論、無事であったからこそ言えることではあるのだが。
「ありがとう、助かったわ............感謝はしてるからね! すっごい、痛かったけど......」
あまりの痛みに感情の赴くまま叫んだことに対し、思う所があったのか涙目になりつつも上体を起こし、律儀に礼を言うニーナ。
浮かぶ涙は、頭突きによるものだけではないだろうが、そこを指摘するのは野暮というものだ。
彼女にも矜持がある。
ニーナは、膝立ちから勢いを付けて立ち上がると、目元を乱暴に拭い、
「おかげで目が覚めたわ。......情け無い、私。このままじゃ、師匠に合わす顔がないわね」
自嘲まじりに笑みを浮かべて、薄く目を瞑る。
気持ちの整理に時間を要したのか。
僅かばかりの間瞑目したあと、その目を静かに見開き、フュフテに振り返る。
先刻とは打って変わり、覇気に彩られた顔付きでフュフテに一度微笑みかけると、再び前を向いた。
地面を転げたことで羽織っている薄い藍のローブは土埃に汚れているが、その背中からは怯えの陰は払拭されている。
「逃げよう、ニーナ! 僕たちじゃ、あれには勝てない、殺されるよっ!?」
「無理よ。あの男からそう簡単に逃げられると思う? それに、やられっぱなしなんて嫌よ。あの澄ました眼鏡、叩き割ってやらなきゃ気が済まないわ!」
毅然とした背中に慌ててかけられた声を即座に否定し気炎を上げたニーナは、なぜか追撃をかけなかったアダムトを不審に思い、その姿を探すと--、
二連の鎖に両腕を拘束され身動きを封じられる聖職者という、思いもよらない光景を目にすることとなった。




