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無題  作者: ナナシ
第3章
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第49話 『野菜の目覚め①』

 

『覚醒』


 という言葉を、耳にした事はあるだろうか?


 俗に物語の登場人物などが危機に瀕した際、何がしかのきっかけを得て急激に精神的・肉体的な成長を経て、自身の能力の限界を超えた力を引き出す、といった状態で使われる事が多い語句だ。

 本来この言葉は、「目が覚める」「迷いから覚め過ちに気づく」といった意味合いを持つのだが、このケースでいえば「迷いや過ちに端を発する葛藤を断ち切った事で、秘められた能力が目を覚ます」という所だろう。


 もっともそれは、元々それだけの実力を有する者が何らかの制限下にあっただけの話であり、持たざる者がどう足掻いた所で急激に力を得ることなどあり得ない話だ。


 現実は、そう甘くはない。

 突如降って湧いた能力で危機回避が成功するなど現実逃避もいいとこで、そんな御都合主義が通用するのは創作の世界に限られた話だ。

 実際に危機に遭遇してしまえば、誰しもが配られたカードをどうにかやりくりし場面場面での切り方を模索することしか出来ないのだ。


 現にウンドコの能力により絶対的支配領域に囚われたおっさんを含め、フュフテたち全員が現状の危機に対してそれぞれ解決の糸口を模索している。

 幸運な事に、というべきか、『覚醒』の可能性を持つ人物がこの場にいないわけではない。

 いないどころか、複数人いる。



 シリンと、フュフテの二人だ。



 股間の巨塔の強化に人生を捧げたせいでそれ以上の引き出しを持たないおっさんとは違い、この二者はまだまだ余力を残している。

 がしかし、制限が解除されていない以上、その能力が発揮される芽は限りなく薄いと言わざるを得ない。


 シリンはいまだ、過去に負った傷を克服できずに。

 フュフテも同じく、尻穴に負った傷が元で復調する事が出来ていない。


 このように言うとフュフテがまるでふざけているように聞こえるかもしれないが、本人は至って真剣なのだ。

 心に空いた穴も、ケツに空いた穴も、どっちも重要なものであり、両者とも閉ざされた扉をこじ開けようと必死。

 違いがあるとすれば、解放された時の美的景観がプラスかマイナスか、くらいのものであろう。


 そんな八方塞がりとも言うべき状況下で、意外にも最初に動き出したのは彼ら二人のどちらでもなかった。



「遂にきた......俺の、出番が......ッ!!」



 シリンとフュフテの少し後ろ。

 己に言い聞かせるように一言発し、懐から一冊の本を取り出した男。

 この場の誰よりも「覚醒」の目が薄い人物、マイケルである。


 割と頻繁に発言をスルーされがちなマイケルは、案の定誰からもその言葉を拾ってはもらえないものの、ひとり険しい顔つきで手元を凝視していた。

 彼が震える両手に掴む奥の手は、以前に尻学者シャルロッテから勝手に拝借した魔本。

 未知のリスクを代償に、使用者に力を与えてくれる「()()()()()()」物体だ。


 当たり前の話だが、魔法の才をまるで持たないマイケルにはこの本に書かれている魔法はどれも使えない。

 最後のページに記された血文字のようにおどろおどろしい文言を読み上げて、魔法かどうかも定かでない謎の現象にすべてを賭ける事が、いま彼にできる唯一つ。

 何が起こるかは全く予測出来ないが、一度天才尻学者が翻訳の手を入れている事から発動する確度だけは疑いの余地がない。


 あとは、やるかやらないか。

 その二択だ。


「ハァ......ハァ......やべぇ、変な汗が出てきたぜ。......でも! 俺は、やるッ!

 やらなきゃいけねぇッ! 俺だけなんにも出来ねぇのは、もうウンザリだッ!!」


 自分を無理やりに追い詰めて逃げ出しそうになる足を懸命に留めるマイケルは、お世辞にも格好いいとは呼べないもので。

 だとしても、現状を打開しようと額に汗する姿は決して笑っていいようなものではなく、彼なりに一世一代の大勝負といった様相を呈している。


「シリンちゃんも、フュフテちゃんも、おっさんだってすげぇ頑張ったんだ! 俺だって、やらなきゃ!

 ......大丈夫だ。きっと、こいつを使えばなんとかなる筈ッ! 信じろ、俺!!」


 持たざる者代表である彼自身、自分が無力であることを誰よりも知っているから。

 届かぬ遥か高みを見て強く憧れを抱く者ほど、その度に己の足元の低さを自覚して嘆きを感じている。

 そういった意味では、正確な自己分析が一番出来ているのはマイケルであるとも言える。


 故に彼が頼るのは、他者の力。

 生み出せないのならば、他所から持ってくるしかないのは道理。


 そうして遂に覚悟を決めたマイケルが、恐怖にわななく唇から少しずつ少しずつ音を紡ぎ始めた。

 どこの国の言葉かも不明の、意味のある羅列かどうかも定かでないシャルロッテの走り書きを読み上げ、間違えないよう慎重に、慎重に。


 その一句一句に呼応するかのように魔本から不気味な光が漏れ出し、読み進めるにつれてマイケルの体にまとわりつき始めた。


 ここに至ってようやく、このマイケルの行動に気付いたものが一人。

 マイケルより更に後方で守られているビチっ子メイが、急になにかを始めた野菜を見て息を飲む。

 それなりに昔からマイケルを知る彼女からして、こんな野菜は初めて目にする姿であったからだ。


 それとは逆に、全く気付いていないシリンとフュフテも行動に移り出す。


 シリンは結界内で苦戦するおっさんを助け出すべく、剣を片手に前方へと疾走。

 たとえ十全に戦えないとしても、守勢に回り救出することは可能だと踏んだのか。


 フュフテに関しては、その場から一歩も動かない。

 代わりに、おもむろに上着の裾をたくし上げ、衣服で半分隠れていた尻を丸出しにするという暴挙に出た。



 ーーパチンッ!



 張りのいい打擲音が、周囲に大きく鳴り響く。


 何の音かは問うまでもない。

 フュフテが、自分の尻を平手打ちした事により生まれたものだ。



 ーーパチン! パチン!



 続けざまに、二発。

 尻が叱咤されて悲鳴を上げる。

 中々に力を込められているせいか、白桃のごときその実は赤く熟れ始めているようで。


 もしここでフュフテの心を覗ける者がいたとすれば、何故彼がこのような奇行に出たのかを知る事が出来たであろう。



 彼の心を支配していたのは、純粋な怒りであった。



 他者に対してではない。

 己に対して。

 自分の尻に対しての、怒りだ。



「お前は一体、何をしているのか?」ーーと。



 この火急の事態に、垂れ流す事しか能がなくなってしまった尻。

 魔力には十分な余力があるのに、こいつが職務放棄をしているせいで一向に事態が解決できないのだ。

 今までは尻から魔法が「出る」事に不満しかなかったが、今は逆に尻から魔法が「出ない」事に不満を感じているとは、いささかあべこべというものだが事実なのだから仕方がない。


「しっかりしろ! お前はこんなものじゃない筈だ!!」


 そう言いたげに大股を広げ臀部を突き出すフュフテは、なおも手を緩める事なく尻に鞭打っていく。

 まるで、「こうすればいつも出るんです!」という勢いで迷い無く平手打ちを披露する美少女もどきは、演奏に向けて打楽器の調整をする音楽家のようだ。


 と同時に、下半身を丸出しに尻を滅多打ちにする美少女という光景はどうみても痴態でしかあり得ないもので、仮にフュフテが同じような行動を取る少女を見かけたら迷わず「ビッチ」と吐き捨てるであろう。

 そして又、美少女尻ビッチの痴態という垂涎ものの情景を目撃すれば、十中八九興奮と煩悩で発情間違いなしのマイケル野菜ーーと、常であればそうなる訳であるが、



「うああッ!! 何も、見えないッ! ああ!! やべぇ、どうなってんだコレッ!!」



 文言を読み終えた事で魔本からあふれ出した闇に包まれた彼は、残念な事に視界を塞がれていた。

 そのせいで、尻穴まで丸見えのご褒美を見逃したのは痛恨の極みであろうが、どうやらそれどころではない様子。


 もがくマイケルを覆う闇は猛烈な速度で濃さを増し、外部から一切の視認を許さないまでに黒く塗り潰され、平行して野菜の動きと語尾が弱々しくなっていく。

 この異常事態を尻目にヒップのリズミカルな演奏が本格的に開演される中、マイケルは深い深い闇へと意識ごと溺れていった。

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