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無題  作者: ナナシ
第3章
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第48話 『そんな馬鹿な』

「褒美だと......ッ!? くそ!

 そうやって人を見下すお前みてえな奴がいるせいで、俺たちがどれだけ苦しんできたと思ってんだ! ふざけるんじゃねえッ!!」


「見下す? ふん、滑稽だな。貴様らのような最下層には見下す価値すらない。無価値なモノにどんな感情を抱けというんだ?

 貴様は路傍の石に優越感でも感じて生きているのか?」


「なっ......ッ!」


 決まり切った事実を述べる表情でそう口にしたウンドコに絶句するおっさんから、ギチギチと食い込む肉音が聞こえる。

 沸点をゆうに超えた憤りが手のひらに深く食い込み、言語を忘却する口辺から犬歯が摩擦を生んで。

 おっさんの怒り全てを代弁する下腹部の塔が、この日一番の隆起を見せた。


 しかし、格好こそ野人だとしても中身は理知を備えた文明人。

 ウンドコの挑発に乗って、今か今かと逸る股間を激情のままに解き放つのは軽率に過ぎる、とギリギリで踏み止まる。

 程なくして血の巡りが一回りし、かえって冷静となった頭と股間でおっさんは、


「......だろうな。お前らからしてみりゃ、俺たちはその程度の存在なんだろうさ。

 でなけりゃ、こんな有様にはなっちゃいねぇ」


 諦めとはまた違う、ウンドコと同じくらいに当然を語る顔付きで言葉を続けた。


「まずこの国は税が重い。重すぎる。

 どこを見ても毎日生きていくのに精一杯。いくら贅沢を禁じる教義にしても行き過ぎってもんだ。

 なのに聖職者どもは良いもん食って好き放題してんだろ? あいつらの弛んだ図体を見てりゃそんなの一目でわからぁな。

 でもよ......みんなそれが分かってても口にはできねえ。誰だって下手に声上げて、異端の烙印おされて死にたかねえからよ」


 噛み締めるように話すおっさんのそれは、実際に重税の中で生き抜いてきた男の生の声。

 ひとりの子を守るため懸命に耐え忍んできた、親代わりとしての苦悩の述懐だ。


「まぁそれでも、俺たち国民全員が立ち上がればどうにかなるのかもしれねえが、質の悪い事にお前らは生きていけなくなるギリギリを見極めて徴収しやがるからよ。

 民衆の反意ってのは、少しの余裕と命の危機を原動力に生まれるもんだ。

 その日その日をなんとか凌ぐのに小さな達成感を感じるようになっちまえば、結束して反乱を起こそうなんて力はもう出てこねえ……うまいことできてらあな」


「それがどうした? 民は国の所有物だ、どう扱おうが勝手。貴様らは黙って従えばいい。

 先程の貴様の言い分ではないが、それが貴様ら民の『仕事』だ」


「だったらーーッ」


 顔色ひとつ変えずに言い切るウンドコになおも食い下がろうとするおっさんだったが、


「黙れ。

 褒美に相手をしてやるとは言ったが、貴様の戯言に付き合う気はない。議論など以ての外だ。

 俺様にとってはこの場でシリン以外、語り合うに値せん愚物ばかりだ。

 いいからさっさと向かってこい。身の程を教えてやる」


 涼やかでありながらも有無を言わせぬ高貴な声音によって、呆気なく対話は終わりを迎えた。


 目を閉じていれば思わず跪きそうになるくらい尊い美声と、一目見ただけで口に汚物を押し込まれたに等しい不快感を受ける顔面というダブルパンチを受けたおっさん。

 その容姿とウンドコの台詞が絶妙な三重奏へと登り詰め、とうとう我慢の限界を迎えた肉の巨塔が倒壊の矛先をまっすぐ正面に定めた。



「うおおおーーーッ!!」



 ドスン、と一度踏みつけられた大地は、堪えていた抑制が放たれる合図。

 直後に対象へと身体ごと突っ込んだ巨塔が搔きわける風は、「倒れるぞーー!」と周知する建築作業員の叫びのように唸りを上げて。

 先刻何度も兵士たちに見せた被害と同様に、ウンドコに劇的な衝突をぶちかますーーかと思われたが、


「くだらん」


 心底つまらない、という風に鼻というには少々醜すぎる穴をウンドコが鳴らし、手刀を模した右手で一度空を切った途端に、空気が一変。

 当然おっさんもそれに気付くが、今更体勢を変えるのは不可能。

 ウンドコを中心に異質に変化を遂げ広がる空間の意味を確認する間もなく、おっさんの肉棒がついに接触した。



「ぐぁッ! 俺の誇りが......ッ!?」



 驚くことに、あれだけの破壊力を持っていた筈の兵器は何の被害も生まず、ウンドコの指一本で止められるという異常事態に。

 もしここに倒壊による被害を危ぶんだ建築作業員がいたとすれば、「ふうー、よかったですね親方」と安堵の笑顔を見せたであろうが、残念な事に親方はそうは思わない。


「なんでだ! こんな馬鹿なことが......!!」


 愕然とする親方のように震える声を出すおっさん。


「俺様を誰だと思っている? 剣聖に最も近い男に、こんな児戯に等しい一撃が通用するとでも思ったのか?」


 不敵に笑うウンドコを前にして言い知れぬ強者の威圧を浴びたおっさんは、想定していた結果とまるで違う状況に、「どうしたんですか親方? え......それは、起爆装置!? まさか、今の倒壊は親方がッ!!」と驚く作業員と同じ困惑に囚われて。


「俺様は寛大だ。褒美といったからには、戦いに関する事のみ特別に教えてやる。

 剣聖候補者が皆それぞれ剣に準ずる能力を持つのというのは、貴様のような底辺でも聞いたことくらいあるだろう?

 当然俺様も同様。ただそれを発動しただけの事だ」


 事態の飲み込めないおっさんに語るウンドコは、「くそ! もう少しでワシの復讐が完了したというのにッ! ああそうじゃ! ワシをこんな僻地に飛ばした能無し共に目に物見せてやるんじゃ! 事故で作業員を減らしこの塔の完成を遅らせれば他国に簡単に攻め入られよう! 何人死人が出ようが知ったことではないわい!!」と悦に浸る親方と似た笑みを浮かべて、肉棒ごと目の前の巨躯を吹き飛ばす。


「ごはッ! ぐっ......ぐおおおーーッ!!」


 股間に少なくないダメージを負ったものの、この程度でおっさんの闘志が萎えるわけもなく、未知の恐怖を打ち消すように自身を奮い立たせて殴りかかる拳は、「アンタは! 人の命をなんだと思ってるんだーッ!!」と怒りに満ちた作業員の拳を思わせる気迫を帯びて、ウンドコに襲いかかった。


「無駄だ。まだ気付かないのか? 自分の身体をよく見てみろ」


「ッ!! お、俺の強化魔法が、消えている!?」


 幾度も繰り出される拳の連打を、避けることなく全て身に受けるウンドコはまるで無傷。

 年若い作業員にボコボコに殴られて瀕死状態の親方とは大違いだ。


「俺様が構築したこの剣の結界の中では、魔力は無意味だ。俺様の意思ひとつで封じる事が出来るからな。

 つまり貴様は、生身で戦うことしか出来んというわけだ。

 よかったな? 縛られるのは貴様らの得意分野だろう? はっはっはッ!」


「どこまでも馬鹿にしやがってッ! 俺は負けんッ!!」


 ウンドコによって作り出された結界は、二人を起点にかなりの広範囲に及ぶ。

 彼らの近くで戦いを見守る兵士たちは当然範囲内に。

 「この! この! 僕はアンタを尊敬していたんだ! 僕だけじゃない! 作業員みんな、アンタの事を慕っていたんだぞっ! それをアンタはッ!!」と涙を流して馬乗りになる二人の争いを周囲で見守る作業員たちのように、少し離れた位置で立ちすくむフュフテたちには届いていないながらもその結界は恐るべき領域を制圧していた。


 この理不尽とも言える能力下でもなお、おっさんは果敢にウンドコに立ち向かう。

 ウンドコ自身は強化魔法を纏っているため生身のおっさんとは大人と子供どころではない力の差があり、一方的に生傷が増えていくのは言うまでもなくおっさんの方。


 股間の強化魔法のみに人生を費やしたおっさんに他の打開策などある筈もなく、死に物狂いで戦う彼の健闘むなしく。

 とうとうおっさんは蓄積した負傷に耐えきれずに、膝を折ってうずくまる。

 全身から流れ出る血汗が地を濡らし、辛うじて保っていた戦意が共に流れ出ていくように。


「俺じゃあ......こいつに勝てねえのか......!? だがメイを、渡すわけにはいかねえ。どうすりゃいい......ッ」


 窮地に追い込まれて苦しげに呟くおっさんの声は、



「ーーアンタは、技術者失格だ」



 そう悲しげに言った、作業員の一言と重なって聞こえるようだった。

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