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無題  作者: ナナシ
第3章
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第47話 『男の説法』

 「藪から棒」という表現に相応しく、腰布からいきなり飛び出した肉棒によって予期せぬ真実を知ってしまい、げんなりとするフュフテの直ぐ真横で、



「すげぇな......。

 なんでみんな、そんなにスゲェんだ......」



 抑揚に乏しい呟きが、ぽつりとひとつ。

 浮かぶと同時に股間の魔人が引き起こした轟音ですぐさまかき消されて、誰にも届くことはない一言が。


 それを発した人物はつい先刻、同様の語句を叫びおっさんに賞賛を贈っていた野菜。


 通称「何もできない男」。

 皆さまご存知の、マイケル少年だ。


 誰に聞かせる風でもなく「思わず漏れてしまった」といった様相の呟きは、普段の彼が持つ陽気さからはあまりにも程遠いもので。

 陰気な影の差す野菜顔が殊更(ことさら)、内に押し込めていた心情の突発的な発露を思わせて酷く息苦しさを見せている。

 そんなマイケルの瞳が捉えるのは、彼がこぼした吐露の一欠片を霧散させ暴れ狂う肉棒。もとい、おっさんであった。


 マイケルにとって知古であるおっさんは、平時の物静かな振る舞いとは対極に、その暴力的な風貌に相応しい荒ぶりを今は見せている。

 彼の持つ、まともに触れてしまえばひしゃげてしまうに違いない、極太の凶器である両腕と局部。

 合わせて三本の巨大な武器を振り回し昂ぶるおっさんは、三本の矢ならぬ「三本の棒」、といったところか。


 ようするに、ただの棒である。


 しかしながら故事が示す通り、おっさんの肉体に束ねられたその肉棒たちは折れる素ぶりなど微塵も見せず、ただひたすらに兵士達を薙ぎ倒しては地に沈めてゆく。

 倒された兵達からしても、たまったものでないだろう。

 なにせ相手は武器どころか防具ひとつ身に帯びていない、全裸の男たったひとりなのだ。


 彼らとて、剣を手にする兵士としてそれなりにプライドがある。

 心根が堕落しているとはいえ決して最初からそうであった訳ではなく、純粋に鍛錬に励んだ時期もあったのだ。

 年若い者であればあるほどそれは顕著に、奢りを持つくらい鍛えた自分に自信を持っている。


 事実、彼らが生半可な実力の者ばかりであったのなら、もっと早くに戦いは終わっていただろう。

 おっさんの繰り出す攻撃は思いのほか苛烈であり、直撃を避けたとしても余波だけで体力を容赦なく削る脅威そのもの。

 こうして劣勢ながらもギリギリ対峙していられるという事実が、彼らの才腕を見事に証明している。


 だがしかし、彼らにとってはこんな裸の中年の前で無様を晒しているという自分自身が許せない、或いは認められないのか。

 どの兵士も忌々しげに瞳をこらし、そびえ立つ男の象徴を睨むばかり。


 複数の視線を浴びつつも一向に意に介した様子を見せないおっさんーーもとい肉棒は、何処と無く誇らしげかつ清々しいまでに薄紫色に発光していて。


「おめえらみてえに穢れた男共が、この俺に敵うと思うなよ......?」


 ぶるんッ、とかぶりを振って鎌首をもたげた逸物(イチモツ)を揺らして、おっさんが凄味を放つ。

 あらゆる箇所の筋肉が盛り上がり、上も下も一緒くたに毛並みを逆立てる姿はそれだけで震え上がる程に恐ろしいというのに、その上股間まで恐ろしいのだ、この男は。


「なんなんだお前の()()......冗談じゃないぜ、こんなもんに負けるくらいなら、死んだ方がましだ」


「ああ、確かに。大体『穢れた』ってなんだよ......このおっさんくらいの年なら、充分穢れてるもんだろ? まだ綺麗なままのやつとか、いるのかよ......?」


 股間の大魔神の台詞に対して、懐疑的な視線で返す兵士たち。


 確かに、この男たちの言う事にも一理はある。

 人は長く生きれば生きる程に、純粋さから遠ざかっていくものだ。

 ただし、それは決して悪い事ではない。


 無垢というのは貴重である反面決して美徳とは言い難く、言い換えれば世の悪意に対して非常に無防備だ。

 それ故、人は己が深い傷を負わぬように心を濁して順応していく。

 ひとりで生き抜くことが困難であるこの世界で、誰もが否応無しに他者から負の影響を身に浴び生きていくしかない。


 当然この兵士たちも同じであり、薄汚れた周囲の空気に徐々に染まっていった事で、最初にあった筈の純真さは黒く塗り潰されてしまった。

 悪ではなく、善でもない。

 ほんの少し自分を守りたかっただけの。単に傷付くのが怖い、臆病なだけの者たちなのだ。


 そんな彼らへ向けて、未だに清らかな男は厳かに口を開く。


「いいか? 穢れた男共。おめえらは、何もわかっちゃいねえ。だからこうして、俺の前に跪いてるんだ。

 こいつを見てみろ!」


 その言葉と共にクイっと指さされたおっさんの第三の武器に、皆の注目が集まった。


「こいつは、俺の誇りだ。自分で言うのもなんだが、立派なもんだろう?

 だがな。よく目を凝らせば見えてくるもんがある。......どうだ、分かるかおめえら?」


 そう意味深に語るおっさんの言葉に怪訝な顔をした兵士たちは、これだけの強者の語る不可思議な内容が気にかかり、しげしげと眼前の()()を注視する。

 すると、幾人かが「あっ......!」と気付きの声を上げた。


「どうやら、気付いた奴もいるみてえだな。......ああ、そうだ。俺はな。

 まだ男として、一皮剥けてねえ。

 この歳になってもまだ、男としてのあるべき境地に立ってねえんだ。......だがな?」


 おっさんの補足によって、それが何を意味するのかを連鎖的に悟った男たちが、なんとも言えない顔で次の言葉を待つ。


「こうして色んなしがらみを被って生きてりゃ、譲れねえもんも出来てくる。

 汚ねえもんばっかりで溢れる、この誘惑だらけの世の中で、俺はまだ大事なもんを守って生きている!

 だからこれは俺の誇りだ! 貫いてきた力と、意志の象徴だ! 絶対に、誰にも汚させやしねぇ!!」


 心の底から叫ぶおっさんの気迫に、男達は酷く動揺の色を隠せない。

 自らの恥ずべき点を衆目に曝け出しているにも関わらず、胸を張って己の誇りを豪語するおっさんに対して。

 自分達がとうに失ってしまったモノを未だに抱え続けながらも、一向に輝きを失わない生き様に、激しい眩しさを感じていた。



 そうして、



「......おめえらは、どうなんだ?

 今のおめえらは、胸張って生きてんのかッ!?

 こうやってヤり合えば分かる! おめえらだって、今のままでいいと本気で思ってる訳じゃねえだろう!?

 この国で生きてりゃ、誰だってそうだろうがッ!!」


 おっさんの駄目押しが、男達に真っ直ぐぶつけられた。


「ぐっ......ッ!」


 ばちん! と強い音を立てて、おっさんの前にいた兵士の頬が張られる。

 彼の赤くなった肌は、ひりひりと。

 おっさんの愛の鞭は、ぶらぶらと。


「目を覚ませッ! 国を守るのがおめえらの仕事だろうが! 守れねえような国なら、変えるのがおめえらの役目だろうが!

 目先のもんに逃げてんじゃねえ!! しっかり、ぶつかりやがれえーーッ!!」


 ばちばちと続けざまに往復を見せる、先人の熱い教え。

 思わず耐えきれずに地に伏せた兵士に「喝ッ!」と激励をかまして、おっさんが次の兵士へと距離を詰める。


 そこからは一方的な展開であった。


 どの兵士も、おっさんの言葉に思う所があったのか。

 抵抗することなく頬を強かに打たれて、次々に倒れていく。

 中には、(まなじり)から熱をこぼし伏せる者もいた。


 悔しいのだ、彼らは。


 正論を叩きつけられて言い返せない内実が。

 全裸の中年に歯が立たない事実が。

 屈辱的な棒で殴り倒される現実が。


 それらがない交ぜとなって、男達の胸中を深く抉る。


 人間は、単純な力だけでは自己を確立できない。

 暴力に長けた者も、権力を振りかざす者も、富で横っ面を張り飛ばす者も。

 永遠に強さを保つことは容易ではなく、それだけにしがみ付いていて生きる者ほど、極限の場面で一皮剥ければ呆気なく脆弱さを露呈するものだ。


 だからこそ、人は時折涙を流さずにはいられない。

 幾多もの擦り傷が積み重なって摩耗し、疲弊してしまった魂がふとした瞬間に穢れ無きものに触れて、奥底で慟哭を生むからだ。


 遠い過去で失くしてしまった、清さを。

 あっさりと捨ててしまった、想いを。

 遥か昔に置き去りにしてしまった、意志を。


 彼らが思い出したものは、その内のいずれであったのだろうか?

 その問いに答えられるものは、すでに全員地に伏せてしまっている。


 残っているのは、上官の周りで身を固めて保身に染まる一部の兵士ども。

 おっさんの詰責すら届かないくらいに墜ちてしまった彼らには、言葉の武器は通用しない。



 そして何よりーー。



「ふん、くだらん茶番は終わったか? まさかこれほど使えない屑共が、俺様の下にいたとはな。

 感謝するぞ? 野人。貴様のおかげで、労せずにゴミを掃除する事が出来たのだからな?

 よかろう。褒美に、俺様が直々に相手をしてやる」



 彼らを束ねる存在。

 おっさんの清い象徴とは真逆の、穢れた象徴を持つ男ウンドコが。

 頬にかかる美しい髪を手で払いのけて、世の全てを汚せるぐらいに穢れた笑みを浮かべて、おっさんの前に立ちはだかった。

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