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奴隷邂逅【改訂版】  作者: 紙谷米英
10/15

奴隷邂逅【10】

【20】


 ラベンダーの匂いが残る枕を抱いて起きた朝、先に起床した『彼女』が淹れたアールグレイのブロークン・オレンジペコ――何やら誤解されているが等級の一つであり、決して柑橘系の風味ではない――を啜って目覚ましとし、ルームサービスを胃に収める。何だか味があって、イギリスらしからぬ食事だ。厨房を仕切っているのは、フランス人に違いない。叔父が所有する当ホテルだが、粗野なオーナーの生き様と裏腹にサービスは充実しており、地下には広大なプールを備えたスパ施設、インストラクター付きのフィットネスジム、何処まで勝たせてくれるか不確かなカジノ、世界各国の酒類を提供するバーと、一通りの行楽施設が揃っている。これで運営費を差っ引いても毎年黒字なのだから、あながち侮れぬ経営力だ。

 時刻が九時を回ればフロントで兄弟・親父夫婦と合流し、愛車を駆って射撃場へとすっ飛ばす。げに爽快な朝だ。上方に澄み渡る青空が広がり、青緑の反射光が眩しい海が水平線を彩る。ウィンドウを開け放てば、さざ波の快い囀りが鼓膜を愉しませる。観光に浮かれる真っ赤なスポーツカーをエンジンのパワーで颯爽と追い抜かし、すれ違いざまにピースサインを運転手へ送る。隣の恋人も、それに倣って小さく手を振る。いやはや、実に清々しい夏だ。

 射撃場に辿り着けば、各々が昨日から置きっ放しの武器を取りにロッジへ向かい、先に到着していた受講生と世間話をする。その内に数人の受講生がニーナやブリジットを包囲し始めると、誘いをずさんにあしらわれたり、丁重にお断りされたりしていた。今なら言える。その子、先約が入っているんだ。

 この日、俺は車輌が襲撃を受けた際の対応を教育課程にあてがわれた。味方の陣地から離れた地点で攻撃を受けた場合、敵勢力の規模・味方の車輌の被害状況を鑑み、帯びた任務に応じて適切な判断を要される。車輌が一列縦隊で進行する場合、真っ先に狙われるのは先頭車輌だ。カーブに差し掛かって速度を落としたところを、遠隔式の路肩爆弾に吹き飛ばされる事例が多い。戦闘車輌が擱坐すると進路が塞がれ、不慣れな運転手は追突や制御不能で立ち往生する次第だ。当該事例における手順だが、後続車輌は停止せず、燃え盛る先頭車輌を避けてその場を即座に離脱するのが正しい。特に、要人を運んでいる場合は急務だ。さもなくば周辺で待機していた敵歩兵が車列を包囲し、要人は誘拐、警護担当者は筆舌に尽くし難い憂き目を見るだろう。

 通常の輸送任務で奇襲を受けた際は、車輌がまだ走れる状態であれば、応戦しつつ全速力で離脱する。足が使えなくなっていれば、即座に廃棄して別の車輌に乗せて貰うか、その場で徹底抗戦するしかない。敵は多数である可能性が高いが、それこそ特殊部隊のお家芸だ。少人数による統率された暴力が数倍の規模の敵を撃退するなど夢物語にも聞こえるが、実例は枚挙に暇がない。大部隊では成立し得ぬ効率がフルに適用される為、攻撃から撤退までのプロセスが円滑に進む。被害を最小限に、かつ成果が大部隊の生み出すそれに匹敵するのだ。ただ、ハリウッド映画とは異なり、特殊部隊の主たる役目は敵師団と正面切ってのどんぱちではない。悲しいかな、魂こそ残れど、現代に騎士は命脈を保てなかった。

 軽量なカービンしか持たぬ受講生を前に、俺はここぞとばかりに大仰なMk46を持ち出した。装甲の施されたSUVから飛び降りて地面に這い、バイポッド(二脚)を芝へ突き刺すなり、標的へ三発から五発の連射を刻む。機関銃の役目は、彼らが確固たる地位を築いた第一次大戦から変わらない。その真価は、熾烈な弾幕で敵の行動を鈍らせる点にある。一説によれば、このMk46の前身たるM249 SAWは一挺でM16ライフル十二挺分の火力を誇るとされている。これぞ正しく少数部隊の支援火器である。いやあ、高かったんだこれが。

 降車と同時にタイヤやエンジンブロックを遮蔽に身を屈め、標的に精確な応射を行う。身体の露出を最低限に反撃に移り、隙を生み出して離脱を図る。可能な限り手順は簡略化し、各自が使命を徹底的に頭に叩き込んだ。元軍警は各々の飲み込みが良いのもあり、極めて楽な仕事であった。

 午後は天井が吹き抜けのCQB施設を、これまたその手の任務に向かないMk14ライフルを携えて駆け回り、曲がり角や部屋の隅へ配置された標的に大口径弾を中てる。着弾の度に木製の標的から木端が派手に散り、イヤーマフなしでは鼓膜が破れそうな発砲音が壁に反響する。受講生の使用する二二口径と比較にならない反動が上半身を駆け抜けると、アドレナリンの過剰供給が感じられた。確かな威力、納得の精度。これでこそ小銃だ。銃の選択を大半の受講生に呆られたが、こういった機会でもなければ、この銃を気兼ねなしに振り回す事も叶わない。

 それにつけても射撃はいい。ストレス解消には絶好の手段だ。果たして仕事かも定かではなかったが、興味を持ったチャックにMk14を貸したところ、「すげえ扱い易い」といたく気に入った様だ。しかしまあ、一メーターを裕に超えるMk14――お名前はフレッド――が小さく見える。ボディビルで生きていけるんじゃないか、お前さん。

 リコイル(発砲時の反動)に手が真っ赤に腫れ上がるまで弾丸を撃ち込んでいれば日が暮れ、泥まみれの身で銃を整備する。訓練で使った銃を作業台で分解し、ソルベントの染みた布で丁寧に拭う。部品に付着したカーボンや砕けた弾丸の被甲が落とされると、滑らかな金属が顔を覗かせる。その筋では悪名高いAKなら整備なぞなしでも動作するだろうが、AR-15――特にダイレクト・ガス・インピンジメント(ガス直噴式、リュングマン方式)を組み込んでいるモデルは、頻繁に世話しないとすぐに給弾不良を起こす。それは我々SASの使用するC8カービンも同様で、特に砂漠地帯では不調を訴える確率が高い。そんな面倒臭い機構だが、構造が単純であるが故に全体として軽く、可動部位が少ない為に精度が高い利点も共存する。個人的には少しばかりの重量増加を加味しても、やはり確実な作動性を重視したい。だって、自分が鍛えればいい訳だし。

 可愛い銃の整備を終えれば、受講生らと別れてホテルへ戻る。車内では、髪を一つ結びにしたブリジットからニーナと会話した事柄を聞き、相槌を打つ。傍から見れば取るに足りない情景だが、今に至るまで人殺しと陰謀に手を染めた身には、決して手の届く筈のない安寧だ。戦場を知る家族以外に、こうまで分け隔てなく接する女がいるとは。どうも、やっとでツキが回ってきたらしい。それにしても、神様は仕事が遅い。


 部屋に戻ると既に酒瓶が用意されており、夕食前にソファでブリジットと一杯やった。疲労の溜まった身に、芳醇なアルコールがじわりと染み渡る。筋肉の緊張を解すのに、適度な飲酒は有効だ。可哀想に、サウジアラビアに駐屯する米兵は、アルコールの摂取の許可が下りない。日がな意思疎通の能わぬ現地民に不審の目を向けられ、何処で爆弾が炸裂しても不思議のない隘路を抜けて基地に戻れば、冷房の効く個室でふんぞり返る士官が嫌味を垂れる。明くる日の英気を養おうにも、夜半の酒宴は御法度と来ている。一般兵の乏しい勤労意欲を、誰が責められようか。

 グラスを傾けて唇に残る液体を舐める度、悶々と思考が乱れる。この歳でようやく知ったが、どうやら一線を越えた男女が酒を飲み交わしていると、酩酊の有無にかかわらず『そういう』雰囲気が生じるらしい。どちらからとなく肩に触れ、そっと抱き寄せて髪を梳き、肺に懸想した異性の匂いを満たす。角がなくそれでいて重い、古樽で熟成されたモルトウィスキーの如く強い香りに、脳が甘く痺れる。

「くすぐったいですよ……」

 腕を華奢な腰に回し、確かな重みを膝上に乗せて尚愛でる。犯罪と同様、一旦吹っ切れてしまえば抑制は無意味になる。備え付けのテレビに映画が流れていたが、音声は一切耳に入らなかった。

 この恋情は、一時の気の迷いではないか。疑念を抱いた回数の計上は、両の手指のみでは不十分である。轟々と燃え盛る男女の仲が、何かの拍子に冷水でも掛けられた様に鎮火する災難は、大勢の同僚から聞いている。傷の舐め合いや、ストックホルム症候群(吊り橋効果)で結実した恋仲は脆く、腐敗も早い。傍から見れば喜劇的なこの定石に、疑いはない。が、その一方で事が自身に及ぶと大衆論理に反発したくなるのがヒトである。腕の中の少女は、女々しくいじけた三十路前の欠損を緩く受け入れた上で、愚かにも交際を持ち掛けてくれた。怖い物見たさと捉えれば可愛げもあるが、美少女の一生を左右する決定ともなれば二の足も踏む。年齢差、実に十と一つ。衆目には不健全に映るだろうが、既に薄紅色の煙をもうもうと走り出した恋慕の機関車は、レールも外れて爆走している。ぽーっ!

 陶磁の腕が野太い首に触れ、ひび割れた唇を啄む。若く瑞々しい花弁が隙間なく接触し、こそばゆい快感が粘膜を走る。息苦しさを覚えた辺りで首を引こうにも、如何せん腕を首に巻き付けて放してくれない。そうこうしていると、長きに渡る兵役を以て前例のない攻撃を仕掛けられる。――こいつ、躊躇いなく舌をぶち込んできやがった!口唇と歯列を割いて侵入した切っ先が迷いなく純朴な舌を補足、ねっとりと絡み付いてくる。潤沢に唾液を含んだ肉布が口内をに蹂躙し、歯肉から歯の裏まで網羅される。そしてこの娘、可愛い顔をして存外に舌が長い。いい大人がされるがままに、果てしなく長い時だか須臾が過ぎ去った。やがて銀の糸を伴って濡れた唇を離し、魔性が妖艶に微笑む。

「お味は如何でしたか……?」

 今日び陸軍でさえ使わぬ下品極まる物言いにかかわらず、彼女に骨抜きにされている軟弱な身を実感する。慕情以外の感情など抱けず、純粋に眼下の女の子が愛しい。であるからこそ、機能不全の分身が憎らしい。好いてくれた子が続く段階を望んでいる故に、甘ったれた意気地から自己嫌悪に陥る。望外の幸福へ手を伸ばせば届くのに、いたたまれぬ板挟みに陥る。稚拙な見識が間違っていなければ、この子はプラトニックな恋愛など求めてはいない。

 歳ばかり上の彼氏の心情を汲み取ってか、良く出来た恋人はやんわりと頭を撫ぜてくれる。――駄目元で、また心療内科に通ってみようか。掛かり付けのベンのやつ、元気かな。

 唇がふやける程に乳繰り合う最中、不届き者が部屋のドアを叩く。不機嫌を露にドアスコープを覗けば、丸く歪んだレンズに夕食のカートを押すボーイ君が映る。標的を失った憤りを揉み消しつつ彼を室内に迎え入れ、にこやかに送り返す。そうしてドアを閉めた途端に、心中でのいかがわしい不発弾処理から無気力に襲われた。幾ら何でも、タイミングが悪過ぎるじゃないか。

 運ばれた夕食を味わう余裕なく摂る中で、睦言に水を差された筈のブリジットはご機嫌であった。折角の恋人らしい時間であったのに。そう悲嘆する辺り、焦り過ぎていたのかもしれない。今日を生き延びるとも限らない職が為の苦悩とはいえ、これには参った。少しは大人の余裕をわきまえるべきか。その実、童貞だけど。

 イギリスにしてはまずまずの夕食の食器が片付けられると、再び密月が訪れた。ソファで寄り添い、何の面白みもない映画を観る。変わり映えない一瞬が、実に貴重に感じる。同じ時間軸でアルカイダが麻薬取引で資金を肥やし、独立国家樹立を企てるクルド人がIED(路肩爆弾)の起爆を画策する中で、遊覧船に揺られる一時を過ごしている。生きててよかった!

 映画が終われば、昨晩と同様にバスルームで身体を洗って貰う。柔らかなスポンジが皮膚の不純物を落とし、黒ずんだ垢が削り落とされる。特殊部隊の矜持は何処へやら、童心とはこういうものか、慣れない心地良さに数分寝入ってしまった。目覚める要因となったのは、皮肉が利いていると言うべきか、お姫様の接吻であった。冗談の分かる子は、おじさん嫌いじゃない。

 部屋に戻り、ブリジットもシャワーを終えてくると、誰の妨げもない平穏を満喫する。先に阻害されたいちゃいちゃを再開しつつ、薄れてきたアルコールを飲み足し、恋人の導きで少々過激なスキンシップへ踏み込む。小さな耳の裏を撫でると、悪寒に襲われた様に身を縮ませる。艶めかしく身をよじる仕草に気を良くして首筋へ唇を這わせば、石鹸の匂いに混じって甘ったるい吐息を漏らす。よもや自分がこうも性的な行為に及ぶとは、世も末である。

 恥も外面も捨ててじゃれ合う内に、ブリジットの囁きで耳許に生温かい風が渦巻く。

「ヒルバート様は、どうして特殊部隊に?」

 この子に脚本家は向いていない。雰囲気とか話の筋道を、何とも思っていないらしい。はて、疑問の焦点は何処だろう。親父に拾われてからこっち、陸軍への入営とパラシュート連隊、選抜訓練と継続訓練を経る経緯というのが正答だろうか。頭を捻っていると、やにわに顎を掴まれてキスを強制される。ふやけた感触と同時に、何やら唾液と異なる液体が喉を焼く。ちくしょう、ウォトカだ。

「だって不思議じゃないですか。それまでよりずっと苦しい労働環境なのに、楽な部署からの異動を望むなんて」

 その疑問と、高濃度の蒸留酒を口移しする暴挙の関連性をご教授下さい。水気を吸った砂色の髪に指を差し入れ、濃密な酒気で朦朧とする脳に、返答を思案させる。ええい、止めろ。ない頭で必死に考えているのに、耳を食むな。

「まあその、何だ。通常部隊にいると関われない仕事っていうのが、どうしても存在する。それが世界平和に繋がるとか、貧困に苦しむ子供を救うとか、そう都合良くはいかない。戦争で平和が実現出来るなら、聡明な学者先生なんか要らないからな。むしろ衆目から隔絶された秘匿作戦は、世論の反発を買う可能性の高い、後ろ暗い利権と陰謀にまみれてる。俺らが馬鹿みたいに訓練して給料に見合わない戦地に赴くのは、名誉や勲章の為じゃない。もっと別の理由からだ」

 うら若き女の子にする話題ではないが、本人が望んでいる以上は真摯に応えるべきだろう。恐らく、こんな与太話は途中で飽きられるだろうが。

「そうだな……兵士であれば、元来の闘争本能を合法的に運用する許可の下において、持てる知識と技術の行使に敬遠なんざ示さない。文民の道徳に反しても、国家の窮地に誰かがやらねばならない仕事が――他でもない、我々が望む厄介事が向こうから舞い込めば、血生臭い泥を自ら被りに行く。陽の当たらぬ仕事場に赴き、脳内麻薬の興奮を味わった者にしか知り得ない快楽……連帯意識とか、同志愛だ。公衆の倫理に背くとしても、包み隠す道理はない。

 辛苦を味わう道筋でも、絶やせぬ探求心と克己心が、次なる戦場に備えて技術を磨き上げる。内に潜む獰猛な獣を手懐けて得た、統率された暴力は、机上でしか物事を計れないやつらの想像を超えた成果を上げる。

 ……つまり、我々の個々の目的は、終点の存在しない究極の自己満足だ。危険極まる特殊部隊に籍を置く理由なんざ、それで十分だよ」

 流石に寝てしまっただろうかと視線を落とすと、意外にもブリジットは口を一直線に結び、くそ真面目に聞き入っていた。酒の所為か頬が紅潮しており、えらく扇情的だ。ちんちんの不能が、ただただ悔やまれる。

「職場の同僚は戦場を知ってる。俺を構成する要素の一部を理解してくれる。軍に身を置く事が、生命維持そのものだったんだ」

「じゃあ、その一部以外を理解してくれる人は――」

 自嘲めいた笑みが自然と浮かぶ。

「そこなんだろうな、抜け落ちちまった歯車は」

 長々と穴だらけの自論を垂らし終えると、乾いた喉を潤すのに〈マイヤーズ〉のトニック割りを煽る。かすかに鼻を抜けるレモンの香りが、重い甘味を伴って失せゆく。

「悪いな、長話に付き合わせて」

 ブリジットはとぼけた風に目を丸く、首をかしげた。そして両の手指を組み、上半身を預けてくる。心地よい重みだ。

「自分で言うのも何ですけど、奴隷として売られたお陰で、私は普通の子と比較にならない経験をしてるんです。だから、有り体なレールを滑走してる人が書いた本なんかは面白く感じなくて……ヒルバート様のそういう珍奇なお話、好きですよ」

 超音速で胸郭を突き破る弾丸に、視界がぐら付いた。おじんを相手にあっけらかんと言い放つ物好きに苦笑したが、否定なく歩み寄ってくれる行為が嬉しかった。

 しかし、何と数奇な運命か。愛するメタボリック親父の差し金とはいえ、奴隷の――しかも美少女のそれと、同居はおろか同衾する仲にまで発展するとは。この短期間で、俺の内に巣食う癌は電撃戦もかくやという勢いで撃滅されている。いつの間にやら寝息を立てるブリジットの後頭部を掻くと、夢心地に妙ちきりんな声音を発した。PSCの訓練は、明日の午前中で終わりだ。その後は、僅かでもこの子の要望に応えてやりたい。


 明くる日も、英国は快晴に恵まれた。射撃場にて拳銃による指導を終え、我々は遂に訓練課程の修了を迎えた。各自解散した受講生は昼時から酒場へ行くのが大半で、身内はやっとで訪れたバカンスに揚々とホテルへ戻る。手前、ほやほやアベックはというと、奇妙にもその場に残留した。この理由の説明には、今朝まで時を遡る。

 起床して脂ぎった顔を洗っていると、タオルを差し出すブリジットが尋ねる。「訓練の後のご予定は?」薄っぺらいタオル越しに顔面を叩きつつ未定の回答を返すと、彼女はこんな案を持ち掛けてきた。「でしたら、私にも射撃を教えて戴けませんか?」陽の降り注ぐ砂浜で肌を焼き、青く輝く海と戯れる情景を裏切られる意外性だが、彼女からの要求なら是非もない。物は試しと、叔父に射撃場の貸し切りを申請するなり「いいよー!」と快諾を賜り、現在に至る。話の分かるおいたんだ。

 黒のポロシャツにチノパン、頭に叔父のPSCのキャップを被るブリジットに、弾倉を外したMP5を渡す。刃物の受け渡しは手順を誤ると危険だが、弾さえなければ、銃に危険性はない。

「注意事項が幾つかある。人間に銃口を向けない。撃つその時までセイフティを外さない。銃口を覗き込んではいけない。トラブルが生じたら、俺が直す。いいね?」

 初歩中の初歩だが、この慣例を遵守しなかったが為に、阿呆のジェイクは健康な足を失った。警戒し過ぎるくらいが丁度いい。新米射手が厳かに頷くのを確認して、弾薬を十発込めた弾倉を渡す。成る程。鉄砲を扱う少女というのも、これはこれで乙だ。行き過ぎたカウガールと違い、品性が保たれている。

 十メーター先の標的を、黒光りする銃口が睨む。恋人の後ろ姿は大分頼りなく、何処か変に緊張していて滑稽だ。

「入社面接じゃないんだ、もっと背中を丸めた方がいい」

 くそ真面目な返事でブリジットは応じ、指示へ従順に筋肉を弛緩させる。これだけで随分ましになった。飲み込みの早い子だから、後は自然と自分に合ったやり方を見出すだろう。

「撃ちますよ?」

 不安も露わな合図に応答すると、か細い親指がセレクターをセイフティから単射へシフトさせた。おぼつかない操作が、どうにも過去の自分を想起させる。当時の俺に、殺しの覚悟を決める猶予はなかった。懇切丁寧な指導と、心の尻拭いをする大人は不在だった。彼女が銃を握るのは娯楽目的に過ぎないが、意図はどうあれ、銃は破壊の一辺倒のみを果たす。弾丸が常に正しい標的を砕くには、銃を握る人間の正義が問われる。

 白く端正な指が、引き鉄に掛けられた。握りは可能な限り深く、肩の力を抜いて――。忘れられがちだが、射撃は武芸だ。一瞬で結果が弾き出される。だからこそ、基礎は盤石に築いておかなければならない。黒色火薬の時代であれば別だが、この距離で風速や偏流は度外視していい。だが、銃身は一本の管だ。射線が傾くと、弾丸は標的に命中しない。

 しばしの沈黙が満ち、穏やかな風が木々を揺らす。風音が途切れると同時に、静寂が引き裂かれた。MP5の排夾口から真鍮の薬莢が飛び出し、芝生に跳ねる。ブリジットは発砲の衝撃にいささか驚いた様子こそあれ、不必要に仰け反らず、馬鹿みたいに尻餅もつかなかった。最初でこれなら上々だろう。

 昼時の陽光を受けるモノクロのブルを見やると、果たせるかな着弾痕は見られない。新兵が必ず経験するジャーキング――がく引きだ。反動に備える余り、不必要に力んで銃口が下方を向いてしまう。ブリジットが放った処女弾は、地面にずっぽり飲み込まれたのだろう。

「まあ、弾はいっぱいあるんだ。気落ちするな」

 そうして叩いた背中は、妙な闘志に満ち溢れていた。

「次は中てます」

 殊勝な心掛けだ、可愛いじゃないか。期待せずに頭を撫でてやり、結果を見守る。外れた要因はジャーキングに限らない。まだ銃の扱いさえろくに習得していないし、照準器も俺の眼に位置に合わせている。端から中てるのが、まず無茶な話だ。

 教官らしい物思いに耽っていると、第二射が放たれる。目で追える訳もないのだが、射線をなぞる様に標的へと視線を巡らせる。

「おっ」

 これには感嘆の息が漏れた。何とまあ奇跡的にも、ブルの左寄りの箇所に小孔が穿たれている。可愛い新兵に視線を戻すと、額の汗を拭って安堵の表情を浮かべる。いやはや、ほんの第二射から命中弾を出しやがった。

 その後のブリジットは何の指導もなしに射撃を続け、引き鉄が絞られる度に標的の木板が呻いた。発砲の間隔はそこそこに短く、かなり実戦的な速度だ。ものの数秒で残弾を撃ち尽くすと、ブルの内側に九つのクレーターが横たわっていた。集弾率はまずまず、如何せん適応が早い。期待に首筋を伝う雫もそのままに、練兵教官は新参の部下で別の実験を試みた。

 弾倉に十三発の弾薬を込めた〈シグザウアー〉P226を、ブリジットの繊細な手に託す。以前に彼女を生命の危機に立たせた、因縁を持つ銃だ。根本の原因は俺にあるとはいえ、是非ともこの子の手で飼い慣らして欲しい願望があった。拳銃のスライド(遊底)は、存外に固い。大の男でも引くのに慣れを要するのがセオリーだが、ブリジット小さく鼻息を噴出してこなし、初弾を薬室へ押し込んだ。意外と力強いのね、君。

 拳銃射撃の型姿勢は多様だが、英軍で標準的なアソセレス・スタンスを指南するとした。ウィーバー・スタンスは見てくれが良く、確かに肉体へのストレスは小さい。が、常に足を前後に広げられるとは現実は限らないし、応用が利かない。おまけに脇腹を晒すので、敵弾に無防備な臓器を抉られるリスクまで高まる。言うまでもなくブリジットはメイドであり、軍警ではないのだが。

「足は肩幅に開いて……そう。両腕で二等辺三角形を作る。頭を低くして、顎を引く。左手は後ろに、右手は前に押し出す様に銃を握る。狙いが落ち着くだろ?」

 小さな背中に密着して指示を出していると、髪を結うリボンの奥に、可憐なうなじが覗き見える。そういえば、親父がこんな戯言を抜かしていた。「夏の風物詩――そいつは日本の縁日にある、浴衣の艶姿だ」父さん。あんたの妄言の理解が、この歳で及んできたよ。

 基本の型が完成したところで一旦離れ――何だかお預けを喰らった気分だ――初めてのアソセレス・スタンスを評定する。肩に幾らか力が入っているが、及第点だろう。MP5の時と同様、彼女は断りを入れて発砲を始める。一発目が、MP5より甲高い破裂音を伴って命中する。ブルズアイには程遠いが、しっかりと中てている。拳銃は、長物より決定的に銃身長が短い。照準線も短い為に着弾点の見定めが余計に難しいのだが、この子はそれを初弾でやってのけた。要領の良さもあるだろうが、一種の素質を信じたかった。

 そこから二発、三発と発砲する内に要領を得たのか、教えてもいないのに、同じ箇所に矢継ぎ早で命中させる『ダブルタップ』を会得していた。今や標的には複数の穴が繋がり、拳大の窓が風景が鮮やかに切り抜いている。ずぶの素人とは思いたくない上達だ。拳銃を用いた護身術の一つでも仕込めば、しかる時に有用やもしれない。

 弾倉の弾薬が尽きると、スライドストップ――スライドが後退したまま固定される機構――が作動して銃が沈黙する。予想外の出来事にブリジットは呆然と石化したが、銃口を覗く真似は犯さなかった。別の弾倉を差し出すと黙して受け取り、弾倉交換の手順に聞き入る。初めて握った拳銃がいびつに変形すれば、誰しも困惑する。その実、発砲の度に乱暴な変形を繰り返しているのだが。

 ダブルタップ程度の技術に落ち着くのは勿体ないと、教官は悪知恵を巡らせる。能力の限界を見極める手始めに、モザンビーク・ドリルを指南した。手順としては胸に二発を高速で撃ち込み、三発目を頭に中てる。字面は実戦的に映るが、どうも有効性には疑念がよぎる。拳銃弾といえど胸に喰らえば死に至るし、地面に倒れた敵の頭を瞬時に狙うのは不可能とも考えられる。そもそも近年の狂信的なテロリストは、ちょっと身体に穴が空いた程度では昇天なさらない。その呆れた信仰心をへし折るには、幾らか多めの弾丸を浴びせてやらねばならない。倫理観に五月蝿い、お高くとまった文民に貸す耳は要らない。実際「やり過ぎかな?」くらいで丁度いい。

 ブリジットは小気味良い拍子を刻み、標的を叩いた。次第にPSCの訓練と同じく標的を増やし、左右に動く小さな金属板や複数回命中させないと倒れない人型を用いたりしたが、何れにも彼女は迅速に順応した。足許に輝く空薬莢が跳ね、秒を経る毎に降り積もる。手許で間断なく発砲炎が吹き出しては、くすんだ黄金の薬莢が宙を舞う。スライドストップが掛かると即座に弾倉を地面へ落とし、ポケットに収めた「フレッシュ」な弾倉を滞りなく再装填した。その面構えは標的を撃ち抜く、ただそれのみを目的として前方を見据えている。――綺麗だ。直感的な感想が零れそうになり、垂れかけた唾液と飲み込む。他人をおちょくる物言いの一方で、こうして恋人への認識を深めようと真摯になってくれている。純粋に、嬉しかった。

 拳銃弾だけで二百発ほど撃ち続けた後で、銃身を短縮したSR-16を持たせてみた。仕事でいつもC8を使っている我々は慣れ親しんだサイズだが、少女の身では相当にかさばって見える。出だしは扱いに手を焼いていたが、たちどころに命中弾を連発させる。反動の殺し方はMP5で慣れたらしく、手引きの必要さえない。おまけに搭載した照準器は四倍率だというのに、等倍率の時と照準速度に変化がない。まるで犬を調教する様に、銃を調伏する。こいつはとんでもない逸材だぞ。背筋が総毛立つと共に、ブリジットはまだ弾の装填されている銃から、空の弾倉を抜き捨てた。あいつ、とうとう残弾数を身体で憶えやがった!

 既に護身の範疇を超えていたが、CQB施設で突入を動画に撮ったり、ライトを片手にした状況での戦闘を教授している内に、日が暮れた。教練の締め括りに銃の整備を一緒にやり、銃の大まかな組み立て方を諭した。手や頬を黒ずんだオイルで汚しながら、ブリジットは愚直に勤しんだ。色気の欠片さえ存在しない光景が、たまらなく魅力的だった。

 詰め所の警備員に別れがてら差し入れのコーヒーを渡し、自車に乗り込む。バカンスという風ではなかったが、充実した一日だった。助手席の恋人は絶えずにこやかで、今度は自分の銃で撃ちたい、と控えめに申し出る。インターネットでの銃器ブランド巡りの提案に、彼女は満足げに頷いてくれる。何処まで尽くしてくれるのかと、嬉しさ半分に、彼女の優しさが空恐ろしい。底知れぬ厚意に浸かり堕落する自己を律しようにも、伸びた鼻の下が戻らなかった。



 ホテルの部屋に戻ってソファへ尻を沈めるのと同時、ここ三日の疲れが両の肩に大口径の榴弾を落とした。長時間の移動、見知らぬ連中の訓練、ジェイクの不祥事、ブリジットの告白への返答……。不器用な身で、大層な無理をしたと感じる。眼球に鈍い重みを覚え、小さく息を漏らす。認めたくはないが、歳やもしれない。余り直視したくない現実が垣間見えたその時、首の後ろに心地良い圧迫が加えられた。ブリジットが、凝り固まった首筋を揉み解していた。

「本日もお疲れ様でした」

「大した事はしてない」

 惚れた女には格好付けしいのが、悲しいかな男の性である。ニーナのやつが相手なら「そう思うならビールの一杯でも注いでこい、おっぱいお化け」と吐き捨てて、ぶん殴られる。第一、あの鉄の女が弟を労うなど、米軍のUFO撃墜成功の報せよりも稀有である。あと、米軍ならやりそう。か細い指が、首筋に突き立てられる。

「肩もかなり強張ってますね」

「そうねえ……。地下のスパでマッサージでも受けようかしら」

 味気ない返答が不満だったのか、ブリジットはぷうと頬を膨らせる。フグみたいで可愛い。彼女は俺の頬を両手で拘束して自分へ向かせると、半ば眉を吊り上げた。

「どう捉えていらっしゃっても構いませんが、私これでも性奴隷ですよ?主人への奉仕くらい、施設で仕込まれたんですからね?」

 これには度肝を抜かれた。何せ包み隠すべき肩書きを、真っ向から武器として切り出してきたのだ。言うなれば「自分は穢れている」と明示したのと同意義である。余程の馬鹿か、でなければ相手を相応に信頼していなければ出てくる言ではない。そりゃあ己惚れたくもなる。

「任せていいの?」

 恋人はその小さな胸に手を置いて豪語する。

「その為のメイドですから」


 遂にお馴染みとなったブリジットによる洗体が終わると、バスタオルを敷いたベッドでうつ伏せになる。ブリジットは何やら用意があるとかで、機嫌良く退室してしまった。

 部屋にひとり残された事で実感したが、ただ数分の間とはいえ、心の表層に物寂しさを覚える。どうも相当に深い部分まで、あの子に依存してしまっているらしい。いい歳のおっさんがこうも幼稚だと恥も感じるが、目蓋を閉じれば、あの子の屈託なく微笑んだ顔や、心底おかしそうに吹き出す声が想起される。それが今日び何物にも代え難い拠り所になっているのだから、己の矮小振りには閉口する。最強の特殊部隊とのたまってはいるが、結局はただの卑屈な人間に過ぎないと実感した。いざ認めると、山頂で重荷を下ろす様に気が休まる。

 年寄りらしく感慨に耽っていると、可愛い小指が部屋に戻ってくる。その腕に、小さなボトル数本が抱かれていた。

「地下のスパからオイルを分けて貰いました。クラプトンのお名前を出したら、喜んで貸して戴けましたよ」

 ボトルを配置しつつ、ぱあと満面の笑みを向けてくる。何がそんなに嬉しいのか知らないが、とりあえずは俺も笑っておく。やはり未だ慣れないらしく、無用な力で眉が下がった。

 ブリジットはベッドの脇に立つとオイルを手に取り、こねくり回して温め始めた。つい数日前まで、素肌に触れるまで気を許す女などいなかった。そいつが肉を揉まれるのだから、お笑い草だ。しかも、ちょっと期待していると来やがる。繋がっておらずとも、やはり血は争えない。

「楽にして下さいねー」

 その一言を合図として、肩に粘質の感触が落ちる。ぬるいオイルが骨張った皮膚へ塗りたくられ、体重の掛かった柔らかな手が背筋を滑る。きめの細かい掌が腰から肩甲骨へ掛けて円を描いて血行を促進し、体内の老廃物が絞り出される心地があった。

 足回りへも、集中的な手当てが施される。腐っても特殊部隊の脚だ。筋肉の鎧が外力を阻む筈なのだが、ブリジットはしっかりリンパ節まで不純物を誘導してくれる。むにぐにと大腿部をさすられて間抜けな声が漏れると、楽しげな息が耳をくすぐる。

 丸太の如き四肢の疲労を揉み出すと、今度は仰向けにされて腹部を撫でられる。訊けば腸の活動を活性化させるとかで、翌日にはうんちがもりもり出てくれるとのお言葉だ。日々のうんこは大事なので、これは素直に嬉しい。

 硬質化した皮膚に覆われる手の指から足裏まで揉み解され、全身が熱を持っていた。為すがままに上半身を起こせば殴打法で肩を叩かれ、それまで緊張していた神経が弛緩する。肩肘を張って、他人との接触を絶っていた自分が滑稽であった。思い返せば、ちんけな過去に引きずり回されていた日々を、随分と長く送っていた。

 仕上げに頭皮のマッサージをして貰っていると、ブリジットが弱々しく唸る。大方、原因の予想は付いていた。主人の頭部を見下ろす彼女は、同情的な瞳を向けていた。

「……帰ったら、ちゃんと髪染めしましょうね」

 幼少期に抜けてしまった頭髪の色素は、今になっても再生せずにいた。お蔭で二箇月に一度は白髪染めの必要があるのだが、その周期が来てしまったらしい。恐らくは、毛髪の根本が白んでいるのが見えたのだろう。別に弱点でも何でもないが、少々恥ずかしい気味である。

 仕上げとばかりに足裏の指圧まで施術されたのだが、これには悲鳴を禁じ得なかった。何しろ押された箇所全てが、地雷を踏んだと錯覚するまでに痛い。専門家に言わせれば、きっと全身病気まみれなのだろう。「今の何さ!何処が悪いの!」「性機能が低下してます!」ちくしょう、当たってる。

 全身をくまなくメンテナンスされた事で、何やら解放感に満ちていた。今なら銃弾より速く走れる。滑走路さえあれば、両手を広げて戦闘機よろしくぶーんと飛び立って、そのまま洋上の不審船を撃沈する勢いだ。

 未だオイルでべた付く身にバスローブを着せて貰い、ブリジットがシャワーを終えるのをソファで待つ。体温が上がっている所為か、水音が余計にいかがわしく聞こえる。いつか――。そう誓って、股間の分身を撫でた。ちくしょう、ここの呪いは少しも解けちゃいない。

 サイズの合わないバスローブを羽織った恋人が戻り、そのまま自然な成り行きで隣に腰掛けてくる。部屋の芳香剤とは別に、とろりと甘い芳香が漂った。これを独占する権利が自分にあるのだから、興奮するのも致し方あるまい。耐え切れず肩を抱き寄せて首筋に鼻を埋めてしまうと、その天然の香料に理性が霧散しそうになる。突然の掻い付きに小指は幾らか戸惑った素振りを見せたが、やがて子供へする様に後頭部を撫でてくれる。この矮躯の何処に、これ程の母性が湛えられているのか。それに体裁もなく寄り縋る我が身のマザコン振りも大概だが、そこは今日まで飢えていた埋め合わせという自己弁護で理解が得られるのを祈る。どうあれこの恋情が倒錯的であるのに疑いの余地はないが、だからとして何が問題か。ようやく無防備で脆弱な自身を晒せる人を見付けられたのに、ここまできて尻込みするのに足る理由とは思えない。

 それから酒をちびちびやりつつ、持参したラップトップでブリジットと銃の選考をした。扱い易さと彼女に適したサイズを条件に絞り、数あるブランドから数件の案を導く。大事な恋人に怪我をさせる訳にもいかないので、安全性も十分に考慮されたモデルを選んだ。比例して必然的に価格は跳ね上がるが、それはご愛嬌だろう。金で救える命なら、妥協はすべきでない。海外でわざわざ安い水を購入して、腹を下すのは愚かしい。

 通常、男がこういったリゾートホテルに宿泊すれば、日中から女漁りにビーチへ飛び出し、陽が落ちるまでビールを浴びて、夜にカジノでおっぱいの大きなディーラーに散々負かされて、憂さ晴らしに風俗店ででぶを抱くのが通例である。それがクラプトンの次男ときたら海へも行かず、硝煙の臭い――正確には雷管の燃える臭い――に一日中包まれ、ギャンブルは苦手だとバカラやルーレットに目もくれず、ただ愛しい少女と寄り添ってアルコールを嗜むだけだ。傍からは面白みのないバカンスだろうが、これで結構満足している。ブリジットの思慕に応えられたのはPSC訓練に参加したからだし、彼女への理解も深められた。これを機に、積極的に人生と関わりを持つのも悪くなかろう。ひょっとすると、病を克服する決定打になるやも分からない。人知れず肩に体重を預けて眠りこけるブリジットをベッドに寝かせてやると、久しく忘れていた穏やかな心境を味わう。産毛の生える頬を指でそっと突いてやると、緩やかに口角が上がった。



 翌日の天候も、イギリスに似つかわしからぬ快晴が続いた。本日の夕暮れ時にはホテルをチェックアウトし、叔父に別れを告げてヘリフォードへ戻る段取りとなっている。時刻は一〇〇〇時。クラプトン家の次男坊は、中東みたいに灼熱の太陽ぎらつく空の下、砂浜に差したパラソルの陰に佇んでいた。

 前方には透き通る海が、眩い陽光を反射している。有象無象が露出度の高い水着を身に着けて、けたたましい笑声を上げている。避暑地の風景に、俺だけが溶け込めずにいた。

 「海行こうぜ!」部屋で朝食を口へ運んでいる最中、他の宿泊客への迷惑も顧みずやかましく訪問してきたのは、金色台風こと我らが末弟ジェローム君である。最近は大人しかったので安心、もとい危惧していたのだが、時分が彼の暴走の周期に至ってしまったらしい。こいつはいけない。迅速に避難しないと、竜巻に巻き込まれる。

 俺がジャガイモを咀嚼していて口を開けないのをいい事に、嵐は部屋に図々しく踏み込み、こちらへ紙袋ふたつを押し付けてきた。こいつが差し入れなどと気の利いた真似をする道理はない。訝しみつつ片方の封を切れば、シンプルな黒い男性用水着と、オレンジのどぎついアロハシャツが収められていた。

「海だよ、海!黄金の太陽、真珠の砂浜、エメラルドの海に浮かぶあの子はダイヤモンドだ!」

 朝から鬱陶しい野郎に付きまとわれたものだ。さっさと自分の部屋に戻って、大人チャンネルのテレビを前にマスかきに勤しんで戴きたい。もう片方の紙包みを破こうとするや、ジェロームは血相を変えて俺の手からブツをもぎ取った。

「馬鹿野郎、こっちはブリジットちゃんの!今見たらお楽しみが半減するだろうが!」

 何が悲しくて、弟に唾を撒き散らして罵倒されなければならないのだろう。不運は重なるのが常であり、果たせるかなこの愚弟に賛同者が現れてしまった。

「いいですね、海。折角来たんですし、行きましょうよ」

 両の指を合わせて変態に同調する恋人に、頭を抱えてしまった。正直なところ、サウナや海水浴場といった衆目に自分の肌を晒す場は敬遠したかった。この身体には、色々と歴史が刻まれ過ぎている。観光客に重圧を掛けるし、個人的にも好奇の視線を受けるのは不本意だ。

 されども彼女さんの期待に応えず、一人で海へ遣るのも気が引ける話だ。ここは自己のコンプレックスを押し殺してでも付き添うべきか。口惜しいがジェロームの戯言は真理で、ブリジットの水着姿の拝謁は魅力的である。プレイメイトなんざ物の数ではない至宝が、向こうからいらっしゃるのだ。半ば気乗りしないものの、懸想した少女の柔肌へのふしだらな欲望に屈し、愚弟の誘いにぎこちなく首肯したのであった。

 水着にアロハ、黒光りするサングラスと胡散臭さ全開の次男は、家族に先んじて砂浜にキャンプを設営した。兵営で自然と身に付いた手際で事を済ませると、レジャーシートで体育座りに、人でごった返す海を心ここにあらずと眺めていた。何だか、体良く雑用を押し付けられた気がするよ。

 売店で調達したコーラを片手にしょんぼり待っていれば、何やら後方でなよなよと軟派な男声が耳を不快にさせる。――あいつかな。当たりを付けて振り向けば、予想通りの人物が、見せ掛けの筋肉を付けた野郎に言い寄られていた。

「ねえ君、何処から来たの?」

 うわあ、止めておけ。そいつはお前には過ぎた女だ。イギリス基準でEカップはあると見える胸を黒のビキニで強調した女は、片手で男をいなす。その顔立ちはスラヴ系の色が強く、黒子ひとつない肌はヘロインの粉末よりも白く、陽光を倍加して反射する。ぞっとするまでに整った容姿、均整の取れた長身に、パレオから優雅に延びる長い脚。彼女こそ、我らがお義姉さんたるニーナ・クラプトンである。ちなみに今年で三一歳。魔物なんだろうな、きっと。

「なあ、ちょっとそこで飲もうよ。ちょっとだから」

「失せな、坊や」

 取り付く島もない物言いに、優男は一瞬怯んだ。あの冷凍したウォトカみたいな瞳に睨まれれば、委縮するのも頷ける。そんな折に、ホテルの方から親父がたぷたぷとビール腹を揺らして駆けてくる。愛妻のむちむちすっきりばいんばいんを前に、興奮気味に名を呼んでいる。優男が、それに気付いたのがいけなかった。

「何だよ、でぶの先約済みか」

 あーあ。俺はたまらず片目を覆った。捨て台詞を紡いだ男がその場を去ろうと踵を返した途端、ニーナの新雪の腹部に深い溝が浮き出た。やつの滑らかな皮膚の深層には、ヒマラヤ山脈並みの腹筋が暗器よろしく隠されている。彼女はごく自然に優男の後頭部の髪を掴むと勢い後方から地面へ引き倒し、その締まりない顔に唾を吐き掛けた。男は茫然自失と天を仰ぐのみで、脱色した頭髪が数百本抜けた痛みさえも感じる余裕がないと見える。

「お待たせー」

 親父は仰臥する男へ目もくれずにニーナの手を取り、このキャンプへと手を振る。親父への慕情が強過ぎるが故、あの魔女は時たま手痛い対応をなさる。当事者の親父も制止しないから、尚更に性質が悪い。ニーナはもぎ取った毛玉を砂の地面に放ると、親父と指を絡めてこちらへ歩んできた。如何程に装備が整っていても、あいつだけは敵に回したくない。倒れた男は数秒後に正気を取り戻すと、その場を足早に去った。歯をへし折られなかっただけ、彼は幸運だった。

 それから少し経って、兄弟が人数分のビールを買ってきた。その中にジェロームの姿もあったが、やつが女よりも着替えが遅いのに合点がいった。真っ赤なブーメランみたいなビキニパンツと、菩薩でさえも他人の振りを決め込みたくなる風体で、しかも全身がオイルでねっとり照っている。やつ曰く、「女は俺様を前に大洪水」だと豪語なさる。女の股ぐらが濡れる以前に、兄の涙腺が決壊しそうだよ。

 恥晒しの末弟は早々にガールハントに砂浜へ駆け出し、ヴェストも今日限りの女を釣り上げに海へ行ってしまった。ショーンはヘリフォードのシェスカが気に掛かっている様で、ベースキャンプから動く気配が見られない。親父はと。

いえば、パラソルの陰で人外の嫁さんに日焼け止めを塗られている。その内にショーンは二杯目のビールを買いに席を立ち、親父夫婦も弛み過ぎた旦那の腹を締めに海へ去ってしまう。そうして次男は再び陣地で置いてけぼり喰らうのだが、行楽地で孤独というのは中々に心苦しいものがある。この場から動けない理由は一つ、ブリジットの着替えを待つが故である。――それにしても遅い。女性なる生物は身支度に時間の掛かるものだが、親父夫婦が海へ繰り出して既に十分が過ぎている。ブリジットは化粧をする様な娘ではないし、ヘアメイクにも凝らない。身支度に時間を要さない、これでもかと男に都合の良い子なのだ。

 殆どなくなったビールを含んで頭を捻っていると、胸ポケットの携帯が振動する。見れば最愛の君からで、出れば少々狼狽した声が窺える。状況を尋ねると、「ホテル前に来て戴けますか」との要請が返ってくる。――まさかな。彼女が風邪を患った時と、同じ類の疑惑がよぎる。ぬるくなったビールを飲み干すと、ホテル前へと駆け足に向かった。

 叔父のホテルを正面に見据え、観光客の雑踏の中から慕った姿を求めて視線を巡らせる。背筋に、どろりと黒い予感が走る。鼻の頭に脂汗が浮かぶと同時、ブリジットの砂色の髪を見付けた。軽薄そうな男ふたりと一緒に。あの子の表情に、怖じ気が悟られた。――この野郎。咄嗟に湧き起こる憎悪に、血管の浮いた腕がわななく。観光客を掻き分けてブリジットの許へ歩み寄り、男の一方の肩に手を置いた。不機嫌に首を向けた不埒者の肩を掴む手に力を込め、アロハの裾を手で捲って腹の傷を見せてやった。向こう見ずの顔から、にわかに血の気が引く。

「うちの子にご用かな?」

 最大限にどすを効かせた声を絞り出すと、悪い虫共は尻尾を巻いて敗走した。敵を選ぶだけの頭がある連中らしく、身体に教えてやる手間が省けた。不完全燃焼の怒りを散らせてブリジットに向き直ると、未だ不安に駆られている面持ちである。あの不届き者も、厄介事を持ち込んでくれたものだ。とりあえずは気付けと埋め合わせに、警戒に見回す頭をぐりぐりと掻き撫でる。

「遅れて悪かった。まあ、こういう事もあるさ。お前、可愛いから」

 彼女の双眸を正視せずに頷いてやると、幾分か安堵した様子でシャツの裾を抓んでくる。成る程、こいつは見知らぬ土地で一人にしてはならないらしい。不心得者のせいでじっくり検分出来なかったが、ブリジットは白いパーカーを羽織っており、その下にライトグリーンの布が窺えた。人知れず、唾液が口内に満ちる。ええい、こらえろスケベ。

 周囲を観察すると、平時より開放的に乳繰り合うカップルが多数確認される。あれの一部となるのには世間体が口を挟んでくるが、これも乗り越えるべき障害か。鼻息で踏ん切りを付けると、そっとブリジットの手を取る。五十過ぎの親父に出来て、息子に叶わぬ道理はない。

「早く行かないと、陽が沈んじまうぞ?」

 羞恥紛れに急かして手を引くと、いつもと変わらぬ微笑みが戻ってきた。全く、上玉の彼女を持つと苦労をする。だが、こちらからの接触で上機嫌のブリジットを見れば、こうした厄介事も悪くはない気がした。遅過ぎる青春など存在しない。それは親父が証明してくれている。

 ベースキャンプへ戻ると、誰もいないパラソルの陰に新しいビールのカップが置かれていた。ショーンが買ってきてくれたのだろうか。当の三男坊は何処へと考え耽りつつシートに腰を下ろすと、ブリジットが荷物を漁って小さな瓶を取り出す。またマッサージでもしてくれるのかとも期待したが、どうやら親父夫婦も使っていた日焼け止めであるらしい。

「上着を脱いで下さいね」

 「あいよ」と条件反射で返事をしてしまう辺り、かなり手懐けられている。日陰ではあるものの、この傷跡だらけの身体を外気に晒すのは気が滅入る。それでも懸想相手が海遊びを希望しているのだからと、断腸の思いでアロハを脱ぎ捨てた。潮風が、傷跡の一つひとつに沁みる。

 白濁した日焼け止めが、背中に丹念に揉み込まれる。弾力を持つ掌と指の腹に、強か性的興奮を覚えた。肩や首まで日焼け止めを塗り終え、後はブリジットが日焼け止めを塗るのを待つ次第となった。俺がビールをあおるのを、何ぞ言いたげにじいと見つめてくる。ビール欲しいの?構わずにいると、かすかに頬を染めて口を開いた。

「あの……背中に塗って戴いてもよろしいでしょうか?」

 麦汁が鼻腔に逆流し、炭酸が粘膜に激痛をもたらす。どうやら聞き違いではないらしく、鼻先へ日焼け止めの瓶が差し出される。健全な青少年であれば鼻血と先走りがだだ漏れだが、こちとら脂汗のバケツがひっくり返る。つい数日前まで、神経系が女性との身体的接触を拒絶していた身である。現状は何らアレルギーを示さなくなったとはいえ、こちらから素肌に触れるとなれば、腕が爆散するのではなかろうか。掌がじわりと嫌な湿り気を帯びる。こいつの由来は精神が快復した確証がない為か、はたまた単にスケベ心からか。逡巡の末に、脳内の議会が導き出した回答はこうだ。「スケベだっていいじゃないか」そうだ、腕が弾けるから何だ。スケベでいいんだ!

 目の周りの汗を腕で拭い、ぐずぐずにふやけた手を瓶に伸ばす。ええい、ままよ。ブリジットはパーカーの前を開くと、脱いだそれを畳んで脇へ置く。成る程、こいつは想像以上の破壊力だ。普段の給仕服からは窺い知れなかったが、その肢体はあどけなさの残る容姿に反して艶めかしく、妖艶な色香を発していた。全体的にスレンダーながらも、付いていて欲しい部分にはしっかりと脂が乗り、かつ程良く引き締まっている。腹には縦に綺麗な筋が走り、僅かばかりも弛みが見られない。健康的な脚部はすらりとしていながら、肉感を十二分に有する代物だ。

「余り見られると、その……」

 視線を逸らす恋人の嘆願は、鼓膜を素通りする。これが視姦せずにいられるか。分厚いメイド服の下に、斯様な戦術兵器を隠していたとは。とはいえ、一つ気に掛かる点があった。ジェロームが届けた、ライトグリーンのホルタービキニだ。大人しい色味とデザインは、確かにブリジットの印象に適合していた。小振りな尻を包むショーツに控えめなフリルがあしらわれ、デザイナーの巧みな意匠が覗く。だが、サイズが合い過ぎている。果たしてあの変態は、如何にして彼女のスリーサイズを知り得たのか。鳥肌が背筋を埋め尽くす。今度、うちの監視カメラの映像を確認しよう。

 うつ伏せのブリジットを眼下に、生唾を嚥下する。トップを留める紐が、かすかな衣擦れと共に解かれる。ブリジットの体重で、胸の双丘が脇から柔らかく零れる。どうしよう、あとちょっとで見えちゃうぞ。甘い誘惑に意識が遠のくが、自前の精神力で何とかやり過ごす。猛烈なプレッシャーが、後頭部辺りにのし掛かっている。

 乳白色の日焼け止めを掌に垂らし、合図と共に背中へ近付ける。手を裏返して彼女の肩甲骨に触れた際に、小さな悲鳴が漏れた。健康な身であれば、今ので勃起していた。白斑の一つもない皮膚は凹凸なく、上質な絹を彷彿とさせる。しっとりと潤いある肉質は、腰に近付く程に柔らかみが増す。自身のがさついた、爬虫類の如きそれと同じ成分で構成されているとは思えない。それこそ、美少女のみが生息する異星から流れ着いたとうそぶかれても疑いない。公共の場でなくば、自我を放って舌を這わせていたやもしれない。日焼け止めでべたべただけど。

 額を欲望の汁でずぶ濡れにして背中への塗布を終えると、ブリジットは気前よく脚にまで触れさせてくれた。背中より遥かに柔らかそうな美脚に、双眸が釘付けにされた。気を取り直して白濁液を手に取り、おぼつかない手付きでふとももにあてがう。ややもすれば喘ぎとも取れる悲鳴が再び空気を震わせ、忍耐が絶頂を迎える寸前であった。弾力ある珠の肌に乾燥した掌に吸い付き、力を加えれば何処まででも沈む。くすみない膝裏を経てふくらはぎへ至る道程は、さながら官能の聖地巡礼である。適度な筋肉が付いており、それでいてちょっとひんやりしている。遂に灯った独占欲の炎に、劣情の薪がくべられる。いつしか自分も度し難い変態に墜ちてしまうのではないか。否、ジェロームと同類は勘弁してくれ。

 足首まで日焼け止めを塗り終えると、ブリジットはおずおずとトップの紐を結び直した。起き上がった彼女は日陰でも知れる程に紅潮していて、それがたまらなく男心をくすぐる。

「お手を煩わせました」

 様々な桃色の念で主人が混乱している間に、前にも日焼け止めを塗り終えたブリジットがやにわに立ち上がる。

「ちょっと火照っちゃいましたね。海へ行きましょうか」

 言うなり俺の手を取ると、有無を言わせずに引っ張られる。少しばかり強引にやらねば、俺がいつまでも日陰から出ないと踏んでいたのだろう。弱冠十八の少女にさえ敵わない自己を不甲斐なく呪ったものの、天高く輝く太陽よりも眩しい笑みに、諸々の劣等感は打ち砕かれた。可愛い恋人が、折角お膳立てしてくれたのだ。今日くらいは、童心を丸出しにしても天罰は下るまい。


 陽が半分ほど水平線に沈み、観光客の人足もまばらになった頃、我々も仮拠点を畳みに掛かった。ヴェストは予定通りに浅黒い肌のブロンドねーちゃんをお持ち帰りしたので、家族とは別に帰るらしい。対して自称女たらしのジェロームだが、誰の股も濡らす事なく炎天下を彷徨っていた所為で、真っ赤に焼けて放心していた。志願者の皆様、SASは女遊びが不得手な御仁でも、分け隔てなくお待ちしております。

 パラソルを畳む脇目に見たブリジットが、鮮やかなオレンジの夕陽に照らされていた。身体に落ちる陰影が、野郎にはない曲線美を強調している。片付けを終えると、立ち尽くして夕陽に焦がされるジェロームを抱えてホテルへ戻り、着替えて荷物をまとめる。ありがとう、ブライトン。ここで天日干しされたお陰で、心のカビをまた少し駆除出来た。行き詰まった時は、環境を変えるのも一考だ。セックスレスに悩むアベックが、気分作りに青姦をやらかすのも分かる気がする。

 今回の遠征で、ようやくブリジットとの段階を一つ進展させられた。かなり遠回りはしたが、こうして徐々に男女のあるべき形へ近付いている。あの子は自分を無闇に卑下しなくなった。マーティン少年は、自らの贖罪の落としどころを心得た。ホテルをチェックアウトして車に乗り込んだ辺りで、陽が完全に海へと沈む。薄暗い車内、ブリジットの「帰りましょう」の語り掛けに深い感慨を覚えつつ、家路へ車を走らせた。

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