黒い花
「この暑い時に、ほんと突然よねぇ」
「可哀想に、奥さんの方が先にいっちゃうなんて…まだ若かったでしょ?」
「お子さんもいないし、旦那さんがいたたまれないわ」
夏の鋭い日照りが肌に刺さるように痛く、セミが煩わしいほど鳴いている。彼は参列者の人への挨拶などにおわれ、バタバタと忙しそうに歩き回っている。私はというと、着慣れない黒い喪服に息苦しさを感じながらお焼香部屋の横にある休憩室の片隅にいた。
「あちらのお嬢さん、誰かしらね」
「さぁ?奥さんのお友達…にしては若いし。」
「旦那さんの愛人とか?」
「まさか、歳が離れすぎよ」
セミのように煩わしく喚く歳のいった女達が、私の噂をする。確かに二十代前半の私がこんなところにいるのは不自然なのだろう。あぁ、うるさい。と手にした白いハンカチをギュッと握ると休憩室を後にした。
イライラが収まらず喫煙所へと足を運ぶと、そこには先ほどまで忙しそうに歩き回っていた彼が煙草を吹かしながら途方に暮れていた。私に気付いたのかこちらに顔を向けたが、またすぐに何も無い空中をぼんやりと見つめた。その彼の隣へと行くと彼のポケットからタバコをだし、ライターを借りると口に加えて火をつける。
「なんで殺したんだ」
彼と同じ空中をぼんやり見つめながらタバコをふかしていると唐突に彼が口を開いた。横目で彼を見ると、微かに怒りを含んだ表情でこちらを見ている。
「違う、あなたが殺したの」
その言葉を聞いた途端、グリグリとタバコを消し彼は私の煙草を持つ腕を強く掴んだ。今すぐにでも彼は私を殴りたくて仕方ないのだろう、もう片方の握りしめた拳が震えていた。
「やめてよ、わたしが悪いみたいじゃない」
「お前が…っ!」
「わたしがなに?あなたが奥さんなんか要らないって言ったんだよ…希望を叶えてあげただけじゃない」
掴まれている手を振り払うとタバコを灰皿に押し付け消す。彼は何も言い返すことが出来ず、ただポタポタと涙を零していた。
「結局、私より奥さんが好きなんだ」
その姿を見つめながら言い放つと、彼は俯いた。あんなに愛されていたはずの私が今、貴方に憎まれるなんて。
「殺し損だわ…」