第一章 抽選会 その6
二月三日から、ついにまめパンの販売が開始され
ることになった。情報では、初回の販売は三百匹程
度の数らしい。
高額にもかかわらず、個人や動物園など、世界中
から購入希望者が殺到した。特に飼いやすいメスを
希望する人が多いみたいだ。
庶民には手の出ないものでも、金持ちにしてみれ
ば、一億だろうが関係ない。きっと俺が少ない小遣
いで中古のゲームソフトを買う時よりも、考えも躊
躇いもないんだろう。
てか借金して買ったとしても、上手くやれば簡単
に元以上の金を稼げるかもしれない。だって、まめ
パンって最高にインスタ映えするアイテムだし、ブ
ログやユーチューブにアップするだけで凄いアクセ
ス数や再生回数を稼げるから、大金になるはずだ。
ある意味、最強のユーチューバーになる。
だが予約の数に対し、まめパンの数が合わないた
め、予約者の中から抽選で当たった人が買えること
になった。
つまり、どれだけ金を持っていたとしても、買え
ないことになる。その事が新しい、というかセコい
ビジネスを生み出し、数日間の混乱をまねいた。
それは、実際には金が無くてまめパンは買えなく
ても、購入権利だけを手に入れて、その権利を欲し
い金持ちに売るという金儲けだ。
まめパンを購入した後の売買や勝手な譲渡は禁止
されているが、ショップからの購入権利には規制が
ない。なんともセコい考えだが、うまく死角をつい
ている。金があって欲しい人は、幾らでも払うだろ
うし、需要と供給がともなっている。
でもそのせいで、予約の数がパンクするほど殺到
したために、購入権利を売買することも禁止され、
一攫千金を狙った多くの庶民たちの夢は、儚くもあ
っさり散った。
だがそんな落胆する者たちの嘆きをよそに、世界
中の金持ちからは、相変わらず予約が殺到した。
その後またお祭騒ぎ状態で、店舗内に作られた特
設会場で、テレビの生中継も入り、購入者を決める
抽選会がおこなわれた。
因みに、オープン記念の抽選景品が受け渡される
日は、まめパンの発売日の次の日となる、二月四日
だ。
そしてついに今日が、景品の受け渡し日である。
「快、もうすぐまめパンと会えるね。ほんとドキド
キするよ」
「オスとメスどっちやろ。まあ一億のメスは流石に
ないか」
俺と茜は学校帰りにそのまま店舗である宇宙船ま
で来ていた。
まだテレビでしか店舗内を見ていないので、並ん
で入場しようと思ったが、列の最後尾がどこかも分
からないほどの行列だったため、すぐに諦めた。
しかし近くで見れば見るほど宇宙船でけぇ。まさ
に天空の城。いま思えば、初めて見たあの時に「ラ
ピュタは本当にあったんだ」とボケをかませなかっ
たのが悔やまれる。
でもこんな巨大な物体を地上近くまでよせても、
誰にも気付かせなかったテクノロジーには驚く。記
者会見の時にも質問があったが、この宇宙船には光
学迷彩みたいな姿を見えなくする機能が付いている
らしい。まるでマンガかアニメの世界の話だな。
それから入り口近くにいた、白と青を基調とした
清潔感のあるユニホームを着た、恐らくアルドゥラ
ン人と思う男の店員に声をかけ、周りに聞こえない
ように当選者であることを告げた。すると店員は怪
訝な顔で数秒ほど俺を見た後、別の入口の前まで連
れて行った。
「当選券を見せてもらえますか」
店員さんの態度が気になるが、俺は素直に券を渡
した。
「申し訳ありませんが、少しの間お待ちください」
そう言うと店員は券を持って自分だけ船内に入っ
ていった。
待ってる間、マスコミ連中が寄ってきて「当選者
ですか?」とか色々質問されたが、ウザいから嘘を
ついて適当に相手をした。てか勝手にテレビカメラ
をこっちに向けて撮るなよ、マジ怖いんですけど。
でも嗅ぎつけるの早すぎるだろ。こいつら警察犬
並みの嗅覚だな。更に何故か、警察官も近くにいて
こっちを見ていた。
「お待たせしました。さぁ、中へお入りください」
戻ってきた店員の態度は一変して、口調も優しく
なり、表情も不審者を見るものから笑顔へと変わっ
ていた。いったい何なんだよ。
俺と茜は内心ドッキドキで宇宙船の中へと初めて
足を踏み入れた。
元旦に遭遇したこの宇宙船の中に、まさかこんな
かたちで入るとは、あの時は考えもできなかった。
観覧スペースの裏側となる船内は、巨大なビルの
中のようで、自分で歩かなくても移動できる、動く
歩道みたいな大きな通路が何本もあり、何処までも
続いている。まるで迷路だな。何回来ても迷子にな
りそうだ。
因みにスマホで船内の動画や写真を撮るのは、防
犯上の理由でNGと前もって言われた。
ほどなくして店員は立ち止まり、ドアの横の小さ
なモニターのボタンを押した。そして何やらモニタ
ーに映った者とやり取りした後、スライド式の自動
ドアが開いた。中に入るとそこには、見たことのあ
る人物がいた。そう、代表者のアレンだ。
「おめでとうございます。あなたが一番の幸運を手
にした方ですね。私はここの責任者で、アレンと申
します」
金髪で白人タイプのイケメンであるアレンは、満
面の笑顔で俺たちを迎え、拍手しながら近寄ってき
た。他のスタッフ達とは違い、スーツ姿でぴしっと
決めている。
「はじめまして。俺は月杉快といいます。こっちは
友達の大河内茜です」
俺はアレンが差し出した手に反応し、軽く握手し
ながら自己紹介をした。