第一章 抽選会 その5
なんだかんだで失意の日々から復活できずに、ま
めパンの抽選会の日がきた。
しかし俺には関係ないことだ。毎日のようにワイ
ドショーでやってる芸能ニュースぐらいにどうでも
いい。ほんといくらでも好きにやってくれ。
ということで、テレビ観戦はせず、今日は茜に貰
った福引券を握り締め、切なさに耐えながら晩飯前
に電気屋へと出撃する。
ちゃっかり茜はついて来ている。行く時間を教え
てなかったのに、玄関開けたら居るんだから、勘の
いい奴だぜ。てかエスパーかよ、このムチプリスト
ーカーが。
因みに茜の服装は、茶色のタートルネックのニッ
トにミニの白いタイトスカート、いつもの白いハー
フコートにロングブーツである。
とりあえずエロいんだよなぁ。ニットは胸のせい
でピチってるし、すれ違う男どもはみんな胸に目が
いってるぜ。
ほんとに中三とは思えん極悪な爆乳だ。大事なこ
となんで何度も言うが、中三なんだぜ中三。この先
どこまで大きくなるのか、見てるこっちがハラハラ
するぜ。更にお尻まで大きくて、もう見事なまでの
桃尻。
こんなエロい体の幼馴染が傍に居るんだから、俺
が変態になるのは必然であり、仕方がないことなの
だ。てか茜が悪いという事だな。
俺の服装は、ジーパンにトレーナー、その上に緑
のMA1である。
「快、まだ一等のテレビ残ってるよ。しかも50イ
ンチだし」
「テレビはあるからいらんやろ。狙うのは三等の3
DSな。最後の一個みたいだし、俺が貰っとくわ。
それでまめパンの代わりに、久々ポケモンでもゲッ
トして遊ぶかな」
俺は自信満々で福引専用のカウンターに行って券
を渡した。
よし。とりあえずここの連中は俺のことを知らな
いみたいだ。商店街では福引荒らしとして『月杉禁
止』の看板が出てるからな。今日は思う存分に取り
柄を発揮してやんぜ。
そして、一周回して玉を出す、ガラガラ抽選機の
取っ手を掴んだ。
回そうとした瞬間、かなりの重みを感じた。これ
は相当な数のハズレ玉が入っている。だが当たる気
しかしねぇ。今もピキーンって閃くものがあった。
おりゃあっ‼ 心の中で気合いの雄叫びを上げ、
同時に回す。
カラン、コロンと玉が出てくる。……ハズレの白
じゃない。緑の玉が出た。
緑玉の景品はなんだ? 眼前の壁に貼ってある、
景品の種類と玉の色を記した大きな紙を確認する。
ま、負けた。ほとんどハズレやん。俺の閃きも地
に落ちたもんだ。
「おめでとうございます。6等賞です」
なにもめでたくないのに店員のお姉さんは、営業
スマイルという満面の笑み光線を、怪獣に容赦なく
止めを刺すウルトラマンの如く、負け犬の俺に浴び
せかける。そして景品である、単三電池の4本セッ
トを差し出す。
「あっ、どうも……」
いらねぇ、とは言えないし、使える物だから貰っ
ておく。
しかしなに、なんなんだよ、さっきまでの当たる
予感は。ガセかよ。どこぞの二世タレントの天気予
報ぐらい当たらねぇよ。
今まで強い予感がする時は、必ずいい結果が出て
たのに、マジでショックだ。唯一の取り柄もないと
なると、ただのエロ中学生ですよ。ショボすぎ。
「残念だったね、快」
このタイミングで茜に慰められるとなんかムカつ
くぜ。てかなんで福引ごときで落ち込まなあかんね
ん。
「快君、茜ちゃん、どうだった、福引の結果は」
後ろから突然声をかけてきたのは、黒いスーツ姿
の優さんだった。
おぉ、天使登場。俺を慰めに来てくれたに違いな
い。なんかもう神々しいオーラを発しているように
見えるぜ。
「それが全然ダメ。6等の電池っす」
「6等か。運の良い快君でも今日はダメだったか」
「でも当たる予感はしてたんですけどね。もう一回
やったら当たると思うんですよ」
「じゃあチャレンジしてみたら。私も福引やりに来
たんだけど、この券と快君の電池を交換しよう」
「えっ、マジでいいんですか。自分でやったら良い
のが当たるかもしれませんよ」
「いいよ。ちょうど電池が欲しかったし。それにこ
の券、たまたま拾ったやつだしね」
さっすが優さん。その慈悲深さは仏の領域に達し
てますよ。
「優さんありがとうね。でも6等より上のが当たっ
たら、景品は優さんが貰ってください」
「了解。期待してるよ」
「それでは提督、月杉二等兵、再出撃します」
「うむ、健闘を祈る」
こんなに早くリベンジの時が訪れるとはな。やっ
てやんよっ‼
そしてガラガラ抽選機の取っ手を握り締め、勢い
よく回す。
カラン、コロン。……金の玉……黄色じゃないよ
な。もしかして……」
「おめでとうございます‼ 一等の50インチテレ
ビです」
キター‼ 一等賞‼ 幸運の女神降臨‼ 唯一の
取り柄も復活‼ 店員は一等が出たことを告げる
ハンドベルを盛大に鳴らす。アザーっす。
「やったー‼ 凄いよ快、一等だよ」
「はははっ、ここで一等を出すって、本当に快君の
運は伊達じゃないね。自分で言うだけはある」
「優さんのおかげですよ。ほんまありがとう。約束
通りテレビは優さんが貰ってください。俺は当てた
だけで満足だし」
この当たりで、まめパンの抽選に参加できなかっ
た怒りは、随分とおさまったな。
「え〜っと、これはかなり高価な物だし、ほんとに
私が貰っていいの?」
「なに言ってんですか。俺と優さんとの間で、そん
な遠慮はいらんでしょ。そもそも優さんの券で当た
ったんだし」
「……じゃあテレビを貰う代わりに、面白い物をあ
げるよ」
面白い物? アホの茜が言ったのなら信用できな
いが、優さんの場合は期待できる。
そして、徒歩移動だった優さんはテレビを持って
帰れないため、後日運んでもらうことになり、カウ
ンターで受け渡しの手続きを済ませた。
「快君、テレビありがとうね。それじゃあ、ちょっ
と外で話そうか」
外に出ると優さんは、人通りの少ない店の裏に俺
たちを連れて行った。
「本当は捨てようと思ってたんだけど、お礼にこれ
を快君にあげるよ」
優さんが俺に渡したのは、まぎれもなく、まめパ
ンの抽選券である。
「貰っていいの、これ」
「いいよ。今日ここで偶然会ったのも、何かの縁だ
し。もしかしたら、快君の運の良さに引き寄せられ
たのかもしれないね。そのかわり、覚悟がいるよ」
覚悟? いつもと違う優さんの意味ありげな笑み
で、直感的にただ事でないと分かる。この時、茜は
アホそうな顔でポカンとしていた。
「今日が抽選番号の発表日でしたよね。もしかして
何か、当たってるんじゃ……」
そう言いながら、俺の胸の鼓動は早くなる。
「まあね。実は奇跡的に、当たっちゃったみたいな
んだよね、一等が」
「すげぇぇぇぇっ⁉ 一等って、例のまめパンっす
よ‼」
マジかよ優さん‼ あんた俺なんかより遥かに凄
い強運の持ち主やんか。
「優さん凄い凄い‼ まさか知り合いが当てちゃう
なんて、考えもしてなかった。でもせっかくの一等
を、快にあげちゃっていいの?」
このバカ、余計な事を言うな、と言いたいところ
だが、俺もそう思う。なんせ数千万か億かという物
だからな。流石にビビるぜ。
「まめパンは凄いものだけど、快君が貰ってくれる
と助かるかな。知らない人にあげるのは嫌だし、条
約で売ることもできないから」
「自分で飼うつもりはないの?」
俺は全力疾走した後のように、バクバクと高鳴る
鼓動を感じながら、恐る恐る聞いた。
「私には、そんな覚悟はないよ」
優さんは苦笑い気味の笑みを浮かべていた。だが
物が物だけに、覚悟がどうとかいってる場合ではな
い。
「じゃ、じゃあ本当に俺が、まめパン貰ってもいい
の?」
「勿論。でも制約を守れなかった時とかの罰は厳し
いし、今は考えもつかないようなトラブルが起こる
と思う。快君はあるかな、リスクを背負う覚悟が」
優さんは真剣な顔をして、俺の決意を確かめるよ
うに言った。
「トラブルか……例えばどんな?」
「厄介なのは盗難かな。条約があるとはいえ、いく
らでも裏取引できるだろうから。他にも、SNSが
これだけ広がっていたら、個人情報なんて筒抜けだ
し、嫌がらせを受けたりするかもしれない。とにか
く快君が悪くなくても、責任を負うのは飼い主だか
らね」
言われてみれば、確かに覚悟がいるな。ネットの
世界の誹謗中傷は怖いからな。まめパンを手に入れ
たら、俺も芸能人みたいに、毎日エゴサーチするよ
うになるのかも。
でもテンションMAX状態の今の俺には、まめパ
ンの飼い主になる権利を放棄することは、微塵も考
えられない。
ドラゴンボールを七つ集めたのに、願いを叶えな
いようなもんだ。後で後悔するにしても、その時に
後悔すればいい、と後先考えてない結論しか出てこ
ない。まあそれが若さというものでしょ。
「俺はまだガキだけど、何かあった時は自分で責任
とるよ。だから大丈夫。心配してくれて、ありがと
う優さん」
「まあ、色々と言ったけど、リスクを背負った分だ
け、楽しいことがあると思うよ。だから困ったこと
があれば、いつでも相談してね。できる限り力にな
るから」
「サンキュー、優さん、ヤバい時は遠慮なく相談す
るよ」
そして俺は、儲け度外視でパンを配りまくるジャ
ムおじさん張りに優しい、歳の離れた親友から、宇
宙ペットのまめパンが当たった券を貰った。
茜に貰ったしょっぱい福引券が電池になり、それ
がまた福引券になり、その券がテレビになり、テレ
ビがまさかまめパンになるとは、どんだけ効率のい
い、わらしべ長者やねん。マジ俺の運は凄すぎる。