第四章 事実は小説よりも奇なり その11
「ほう、これは願ってもないことだ。まさか逃げ出
した個体が、こんなところに潜んでいたとはな。ロ
キ、人間は後回しでいい、死んでもいいから絶対に
捕まえろ」
「任せておけ、生け捕りにする」
ロキがそう言った瞬間、右手に持っていた銃が、
現れた時と同じように突如、跡形もなく消えた。こ
の時、また空間が歪んだように見えた。どこから出
し入れしているのか知らないが、四次元ポケット張
りに凄い。
ロキは目にもとまらぬ速さで動き、俺が気付いた
時にはニケの背後へと移動していた。
だがニケは、ロキの動きを読んでいたのか、バッ
タの如く俊敏に飛び跳ね回避する。
「なかなかやるじゃないか。メスのくせにいい動き
をする」
ロキは何故か楽しそうな表情をして言った。って
おい、ニケはメスだったのか。
しかしまめパン姿のままでも、人間より遥かに俊
敏だ。山の中で暗いということもあるが、はっきり
いって目がついていかない。
とりあえず今がチャンスだよな。ロキの気はニケ
に向いていて、プレッシャーもない。だから今なら
動ける。作戦なんてないけど、どさくさ紛れに突っ
込んでやる。
俺は闘志を奮い立たせるために雄叫びを上げ、ア
レンへと突撃する。
でもアレンは俺の渾身のタックルを、マタドール
が迫りくる闘牛を激突寸前まで引き付け回避するよ
うに、軽やかに躱した。
俺は勢い余って格好悪く地面に転がりこける。
「君の始末は後回しだ。それまでおとなしくしてい
ろ」
アレンは生ゴミを見るように俺を見下ろし、顔面
に蹴りを入れようとした。だがその時、電光石火の
如く、白い物体がアレンに襲い掛かった。
「うわっ⁉ なんだこいつは」
その白き物体は、なんとも凛々しい姿の我が家の
番犬、皐月であり、勇ましくアレンの腕に噛み付い
ている。
ナイス皐月‼ スーパーヒーロー級の完璧なタイ
ミングでの登場。
多分ニケについて来て、様子を窺ってたんだろう
けど、俺がピンチになったから、助けてくれたんや
な。ほんま冗談抜きで名犬だぜ。
でも一度ならず二度までも助けが来るとは、俺っ
てなんて運が良いんでしょ。
皐月は一旦アレンを放し、盾になるように俺とア
レンとの間に入った。皐月は牙をむいて唸り声を発
しながら、いつでも飛び掛かれる体勢で威嚇してい
る。
よし、更にチャンスきた‼ ロキはまだニケの相
手をしてるし、アレンも皐月に睨まれて動けないで
いる。ファムを助けるのはいましかない。
「皐月、ここは頼んだぞ」
そう言ってファムに駆け寄る。皐月は勇ましくひ
と吠えで返事した。
俺はファムの両肩を持って激しく揺らして何度も
呼び掛ける。だが意識のないような状態で立ち尽く
しているファムには、声が届いてないようだ。
「無駄だ。簡単にロキの精神制御から逃れられるも
のか」
「やってみなけりゃ分かんねぇだろ。俺の運の良さ
を舐めんなよ」
とは言ってみたものの、さてどうするか。仕方が
ない、こういう時はビンタしかないよな。躊躇って
る時間はないし……ってやっぱ無理。フェミニスト
気取ってるわけじゃないけど、女の子を叩くとか無
理ですから。
そうだ‼ ファム程の食いしん坊なら……。
咄嗟に浮かんだバカすぎる案だが、耳元で「ポテ
チ」と言ってみる。するとピクン、とファムが動い
たので、更に「ポテチとコーラ、ポテチとコーラ」
と連呼したら、ビクン‼ と先程よりも大きく反応
した。特にアホ毛がビヨンビヨン動いている。
おっ、これは効くぞ。こいつはやっぱ天然のアホ
の子だ。でも反応はあるのに正気には戻らない。
「起きろファム‼ 起きんとポテチが二度と食べら
れへんぞ‼ っていい加減起きろ‼」
そう呼びかけ、最後にファムの頭に軽くチョップ
を振り下ろす。
すると呆然としていて焦点の合っていなかったフ
ァムの目が、元の状態に戻ったように見えた。
「ふっ、ふえぇぇぇ〜ん⁉ ご主人しゃまにぶたれ
たぁ、嫌われたぁー、ふえ〜ん」
やったぁ‼ 術が解除されたみたいだ。我に返っ
たように泣き始めた。
まったく、心配させやがって。しかし思った通り
だ。ニケに気を取られて、ロキの精神波とやらが乱
れたんだ。
でも、これからどうする。逃げ切れるとは思えん
し。いや、結局は逃げるしかないよな。
「そんな……バカな……」
アレンのやつ驚いてるな、ざまぁみろ。俺の運の
良さを舐めるからだ。俺が最短で奇跡を起こした男
ってことを忘れてたな。
「お〜よしよし、嫌ってねぇよ。めちゃめちゃ好き
やし」
ファムの頭を撫でてやるとすぐ泣きやみ、アホ毛
を犬の尻尾のように、ぐるんぐるん動かし上機嫌に
なった。なにこれ、マジおもしれぇ。だがなんとも
簡単で助かる。
「ほんとにファムのことしゅき?」
「あぁ、大好きやっての。後でコーラとポテチやる
からな」
「わーい、ポぉテチとコーぉラ」
ファムは喜んで抱きついてくる。ってこんなこと
やってる場合じゃねぇ。とにかくニケに加勢して逃
げないと……。
少し遅かった。ロキの方を見ると、既にニケは捕
まっていて、猫のように襟首を掴まれていた。
でも大きなダメージは負ってないようで、逃げよ
うともがいている。
「ファム、こいつらは敵だ、気を付けろよ」
「ご主人しゃまの敵……」
ロキとアレンを敵と認識したとたん、ファムの目
付きが鋭く攻撃的なものに変わる。普段がふにゃっ
としているだけに、その精悍さはなんとも頼もしく
見える。




