第三章 ピンチと秘密と皐月現る その3
「それが、販売用に別室に移していたまめパンの中
で、一匹だけ売り物にならなかった個体が、どうや
ら逃げ出したようなんです。どこを探しても居なく
て」
「確か、メスのまめパンでしたね」
「はい。気性が荒くて狂暴な奴です。既に荷物など
に紛れ、船の外に逃走したと考えられます」
この時、にこやかだったアレンの表情が、少し鋭
さを増した。
「その個体は、DNA的にはどうでしたか?」
「問題外の落ちこぼれです」
「精神制御はできる状態ですか?」
「いいえ。売り物にならないと判断しましたので」
「そうですか……大きなトラブルを起こすかもしれ
ませんし、困りましたねぇ。ところで、ロキのこと
は他のスタッフ達に知られてないでしょうね」
「大丈夫です。知っているのは私の直属の部下だけ
です。他のスタッフ達は、ちゃんとロキの制御下に
あります」
「あなたは実によくやってくれていますよ。今回の
事はあまり気にしないように。とにかくまだ船内に
いるかもしれません、よく探してください。あくま
でも内密にね」
アレンは最後の言葉を、寒気がするような狡猾な
笑みを浮かべ言った。
泥棒が逃げてくれたのはいいが、俺は血だらけの
ファムを抱いて、ただただ焦っていた。
とにかく出血を止めるためにタオルで傷口を押さ
える。タオルはすぐに血を吸収し、痛々しく真っ赤
に染まった。
新しいタオルでまた傷口を押さえた時、ファムの
体が光を帯び閃光を放つ。これは変身する兆候で、
ファムは瞬時に人型になる。
このタイミングでの変身はある意味ラッキーだ。
人間の姿なら病院に連れていける。それとも救急車
を呼んだ方が早いか。
とか考えながら、ファムの頭の血を拭き取ったの
だが、何やら違和感が……。
「んっ? あれ、血が止まってる……のか?」
信じられないが、流れるように出ていた血が、変
身したとたんに止血している。更に不思議な事が眼
前で起こり、俺はパニクった。
てか、あ、ありのまま、いま起こったことを話す
とだな、ファムの頭の深い傷が、凄い速さで治癒し
ていき、あっという間に完治してしまった。いやマ
ジで、傷跡すらない。いったい何がどうなった。
これって、人型に変身したまめパンは自然治癒能
力が馬鹿みたいに高いってことか。でも変身という
トンでもない奇跡を見ているだけに、宇宙ペットの
まめパンなら普通にありえる。
これだけの治癒能力が普通の事なら、医者いらず
の生き物だ。見てるこっちは呆れるしかなかったも
んな。
まあどうなるかと思ったけど、衰弱してる様子は
ないし、大丈夫そうで一安心だ。けど本当に危なか
ったと思う。素人の俺が見ても、致命傷といえる酷
い怪我だった。もしもファムに凄い治癒能力がなか
ったらと考えると、本気で怖くなる。これからはも
っと俺がしっかりして守ってあげないとな。
それにしても命懸けで主人を守るとは、よく尽く
すとか通り越してるぜ。ホンと最高の相棒だ。これ
はもう名犬ラッシーとかジョリィにパトラッシュ級
だな。
その時、傷が完治したからか分からないが、ファ
ムはまた光を発し、元のまめパン姿へと戻った。
まずはファムを風呂に連れて行き、血を洗い流し
てやる。まだ意識のないファムを見ていると、何も
できなかった自分が、情けないやら申し訳ないやら
で、なんか泣きそうになった。
そんな俺の切ない思いを敏感に察知したのか、フ
ァムが目を覚ます。
「ファム、大丈夫か?」
俺はファムを優しく胸の前で抱いた。
ファムは問い掛けに「はにゅ」と小さく答える。
まだ完全回復はしてないようだ。
「お前のおかげで助かった。ありがとうな」
ファムは「にゅ〜、にゅ〜」とまた小さく答えを
返す。大丈夫そうだけど、やっぱ心配だ。変身の事
もあるし、今日中にペットショップに行くことにし
よう。
それからファムの体をよく拭いてドライヤーで毛
を乾かした後、リビングのソファーに寝かせる。
「お前はここで寝てろ。動くんじゃないぞ。これは
命令だからな」
ファムはがっかりしたように低いトーンで「はに
ゅ」と答える。
家の状況を確かめると、まめパン狙いだったため
か、さほど荒らされてなかったが、床には泥棒の靴
の後と、ファムが流した血が、まだ生々しく残って
いた。
因みに泥棒は、裏口のドアから侵入したと思われ
る。鍵穴に何かを無理矢理ねじ込んだ跡があったし
ロックが解除されていたからだ。
ある程度は覚悟していたが、ファムを貰ってから
は、次から次へと信じられない事ばかり起こる。ま
さかここまでハードとは、マジで考え甘かった。で
もそれ以上にスイートな部分があるけど。
しかし泥棒の事はどうしよう。やっぱり警察に通
報したほうがいいのかな。普通はするよな。でもパ
トカー来たりしたら、すぐにマスコミも来て大騒ぎ
になるし、これ以上は勘弁してほしい。
ファムもなんとか無事だし、何も盗まれてないか
ら、内緒にしておくのが得策だな。とりあえず防犯
対策に、いかつい犬でも飼うことを検討しよう。
その後、掃除を終えてから自分の部屋でまた、フ
ァムと一緒に寝ることにした。とにかく精神的に疲
れていて、ベッドに寝転がるとすぐに深い眠りに落
ちた。




