家族。
とある和食屋で、
1年ぶりに会った兄・千彰と夕食を摂っていた。
兄は、今、名古屋にいる。奥さんの苑子ちゃんと息子の圭太と共に、暮らしている。
「そういえば、圭太って、もうすぐ1歳になるんだっけ?」
「来年の1月でな。親父がこの前の連休に、圭太を見に来てさ。」
「そうなんだ。」
「親父のやつ、圭太にでれでれしちゃってさぁ。あの厳つい親父の顔が、笑えるぜ!全く!」
あはは、と、爆笑する兄と共に私も一緒に笑った。
「初孫だから、父さんも可愛くてしょうがないんでしょ?きっと。」
父さんには、子供の頃から厳しく育てられた。遥と出会ったあの道場も進められて入ったようなモンだし。
「兄さんも、圭太が可愛くて日帰り出張したんじゃないの?」
ニヤニヤしながら、兄さんをからかった。
すると、少し赤い顔をして咳払いをした。
「兄をからかうな。息子が可愛いのは、当然だ。日帰り出張は会社の指示なだけだ。」
そんな剥きにならなくてもいいのに…。
「で?お前はどうなんだ。母さんとばあちゃんに会ってるのか?」
「…おばあちゃんには、5月の連休とお盆休みに帰って会ってるよ。」
「……母さんには、会ってないのか。」
「…会ってない。」
「…俺、前に一度だけ、母さんに会いに行ったんだ。でも、追い返された。」
ふん。自分の息子にまで、会いたくないのかよ!
相変わらず、自分のことしか考えてない人。
「あの人は、男作って、勝手に出て行ったの。私とおばあちゃんを見捨てたようなモンよ。」
「…千歳…」
「私をここまで、育てくれたのは、おばあちゃんよ!あの人じゃない!」
兄の前だからなのか。
大粒の涙が零れ落ちた。
何も言わず、ポンポンと頭を撫でる兄に宥められた。
母親の自分勝手さに、嫌気がさした。当時、思春期だった私は、グレてやろうかと本気で思った。
だけど、優しいおばあちゃんを悲しませたくなかったんだ。
おばあちゃんは、働きながら私を育ててくれた。生活は、決して楽ではなかったけれど、いつも笑顔のおばあちゃんと一緒にいることが、何よりも幸せだった。
高校生になって、バイトしながら家計を支えていた。勿論、勉強にも励んだ。本当は高校卒業したら、就職しようと思っていた。
けど…
『千歳、大学に行きなさい。我慢しなくてもいい。自分の人生は、自分で切り開くものよ。』
おばあちゃんの言葉に、涙が出た。
私は、いつか、おばあちゃんに恩返しするんだと、あの頃、心に誓った。
「…だから、あの人と会う気は全然、ないよ。」
「…そうか。…実は、父さんは、千歳を連れ戻そうとしていたみたいだ。」
「え?」
「母さんの我が儘で、ばあちゃんに、千歳を押し付けて、憤りを感じてたらしいんだ。」
父さん…
離婚してから、ずっと、気にかけてくれてたんだ。
「本当は、俺と千歳の親権を父さんが取るつもりだったらしいけど…。」
「そうなの?」
「ああ。けど、最終的に裁判で、千歳の親権は、母さんになったんだ。」
「そんなモン、ただの建前じゃん!親権取っておいて私の保護者にもならなかったのに!」
「まぁ、最近になって、親父が告白してくれたんだけどな。」
私の知らないところで、父さんは、私を見守ってくれてたのか。
「千歳。父さんとは、会っているのか?」
「うん。おばあちゃん家に帰った時に、いつも来てたから。」
もの静かで厳格な父が、微笑んで、お帰りと、言ってくれたことが、とても嬉しかった。
今度は、私から、父さんに会いに行こうかな?
懐かしいあの町に…
兄と店を出て、新幹線の時間が迫りつつあった。
私は、駅の改札口まで見送ることにした。
「じゃあ、元気でな。またいつでも遊びに来いよ。」
「うん。今日は、会いに来てくれてありがとう。苑子ちゃんと圭太によろしく言っといてね。」
「ああ、わかった。」
兄さんは、手を振って改札口の中へ入っていった。
人混みに紛れて、姿が見えなくなると、踵を返して、家路へと向かった。
その時、偶然、遠くで遥が見ていたことも知らずに。
・