思わぬ来客
あれからしばらく、遥とは連絡を取っていない。
あの日、遥に、家まで送ってもらったのはいいけど…
帰り道、微妙な空気の中、変に意識してしまい、言葉が出てこなかった。
でも、
家に着いたとき…
『遥、送ってくれて、ありがとう。』
『…いえ。……あの…』
『ん?』
『…結局、貴女を…困らせてしまいましたね。』
『…う、ううん。いきなりで、驚いたけど…さ。』
『…でも、オレは、後悔してません。』
『…え?』
『…けど…あのまま傍にいたらきっと、貴女を…無理やり…抱いてしまったかもしれないので…。』
『が、我慢できなかったっていうこと?』
『……そう、です…ね。』
右手で、顔を押さえたその表情は…うっすらと赤い。
深く考えてなかったけど、遥も、男だし。あの流れなら、押し倒されても不思議じゃない。
ううっ。さっきのことを、思い出すと、急に恥ずかしくなってきた。
でも、あのキスの後で、遥に抱かれたとしても、私はイヤではなかったと思う。
『…あんたが、いいなら、一回くらいヤってもいいわよ。私が相手だけど…』
『…ダメですよ。そうやって、自己犠牲するような軽い発言は…』
『は?あんたが、我慢してるって、言ったんじゃないの!矛盾してるわよ!』
『…オレは、貴女に、そんなこと言わせたいから、キスしたわけじゃないんですよ!!』
遥は、キツイ口調で言い返し、そっぽを向いて、走り去って行った。まるで、何かに傷ついたように。
遥にとって私は、初恋だったわけだし…
大人になってからも、やっぱそれは、キレイな思い出なんだろう。
私が、ちゃらんぽらんな女だから…きっと、幻滅したかもね。
あーあ。遥に、愛想尽かされちゃったな。
「…はぁ。」
私は、男をみる目がないんじゃなくて、男をダメにする女なんだよ…。
きっと…
「こら!千歳!」
「……え?」
我に返ると、吉原先輩が呼んでいた。
「あんた、あの合コン以来ため息と百面相の繰り返しで、ウザいんだけど…」
「…あ、あはは。すいません!吉原先輩、よく見てるなぁー!」
「…千歳、何を悩んでるのか、敢えて聞かないけど、言いたくなったら、いつでも言いな!」
「……はい、ありがとうございます。」
持つべき先輩は、頼もしいなぁ。でも…そんなに、顔に出てたのか。
ううっ、情けない。
終業時間――
「黒沢さん、受付に面会人が、来てるそうですよ。」
外回りから帰ってきた、後輩の男性社員が、伝言をくれた。
「うん、ありがと。」
誰だろう?
もしかして、遥?
いやいや、遥は、私の会社知らないし。
つーか、
何、期待してんの?
我ながら、呆れるわ!
1階のエントランスに行くと、スーツ姿の男性が立っていた。
ん?
あれは…
その男性が、振り向くなりよく知った顔が、こっちに歩いてきた。
「よぉ!千歳!元気にしてたか?」
「に、兄さん!」
そう、15年前に、両親が離婚して父と共に暮らしていた兄・千彰。
離婚後、父と兄とは、連絡を取り合っていた。
去年、兄の結婚式に招待された以来の再会だった。
「何してんの?苑子ちゃんと圭太は?」
「ふたりとも、家にいる。俺は、出張でこっちに来ただけだ。」
「そうなんだ。」
なら、いいけどね。
苑子ちゃん…つまり、兄の奥さんとケンカしたんじゃないかと、内心、焦った。
「まぁ、こっちに来たついでに、千歳の顔を、見に来てあげた優しいお兄さんなわけだよ。」
「そんなドヤ顔で、言われてもね…。」
「あはは!お前、メシ食ってないだろう?久々に、奢ってやるから、食いに行くぞ。」
「マジ?ラッキー!」
「現金なヤツだな。新幹線の時間まで、かなり時間あるからな。」
「日帰り出張?兄さんも大変だね。」
こういう時、兄弟って、いいよね。
最近、遥のことで、自己嫌悪になってたし。
「じゃあ、取り敢えず、駅周辺の店にするか。」
「私、いい店知ってる。」
「おう!案内頼むわ!」
笑顔の兄さんに、つられて私も思わず顔を綻ばせた。
兄さん、サンキュ!
そして、兄と共に、久々の夕食をとることになった。
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