手紙と決断
有里家にお邪魔した後、再び、おばあちゃん家に戻ってきた。
遥とは一旦、そこで別れて帰京するまで、家族と共にいることにした。
まぁ、家族っていうか、父さんと母さんは既に離婚しているから、元家族になるけれど…
母さんが、おばあちゃん家に戻ってきて、皆のこれからを相談し合ういい機会だと思った。
「父さん、母さんと復縁しないのかよ。」
兄さんの質問に、父さんは困った表情でいた。
「うむ。お前達も、もういい大人だからな。復縁はないだろう。」
「母さんは、どうするつもりなんだ?」
そして、兄さんの質問に母さんは…
「…私は、母さんと共に暮らすわ。復縁は…源一郎さんと同じ意見よ。」
淡々と答える母さんだったけど…
あの話を聞いて、心身共に疲れはてた状態なら、しばらくは、安静が必要かな。
「千歳は?そのまま遥と一緒に東京にいるんだろ?」
今度は、私に質問する。
「…うん。」
私は、咄嗟に頷いたけど…
年金暮らしのおばあちゃんと体調不良な母さんが、はたして生活していけるのか不安があった。
「…お義母さんと祥子は、私がなるべく面倒を見るつもりだ。」
父さんは、真剣な眼差しを私達に向けて答えた。
「源一郎さん、そこまでしなくてもいいのよ。祥子とは、離婚しているんだし。あなたにはあなたの生き方があるでしょう?」
おばあちゃんは、まっすぐに父さんを見つめた。
「…いいんです。離婚の原因は、私にも責任があるので。それに…女性が、苦労しているところは、あまり見たくないです。」
あ…
師範が、亡くなった父さんの母つまり、私の祖母が、働きながら苦労していたと言っていた。
父さんは、母さんへの償いのつもりかもね。
母さんは、きっと今でも、俊樹さんを愛してるはずだから…
なんだかんだ言っても、互いに遠慮しあって、あの頃の家族には戻れないんだと悟った。
結局、父さんと母さんの行く末は、考える時間が必要みたいだった。
次の日、兄さんは朝イチで名古屋に帰った。
私も昼過ぎに、遥と駅で待ち合わせすることになっていた。
「…じゃあ、おばあちゃんと母さん。また、帰ってくるよ。」
荷物を片手に、父さんの車に乗り込んだ時、おばあちゃんが、私に封筒を差し出した。
「…おばあちゃん?」
「…向こうに帰ってから、見てちょうだいね。」
「…う、うん。」
「千歳、また、遥君と、一緒に帰って来なさい。」
母さんが、穏やかな表情で私に言った。
「…うん、ありがとう。遥とまた来るよ。」
まだ、少しぎこちないけれど微笑みながら答えた。
そして、私は、遥と共に、帰京するのだった。
その後、帰京した私は、
遥の家で、一泊することにした。
「…千歳さん…」
お風呂あがりの遥が、私に抱きついてきた。
「こら!髪の毛、濡れてるわよ。乾かさないと風邪ひくつーの!」
私は、遥の頭の上にバスタオルを乗せて、わしゃわしゃと、拭いていると…
「ふっ、やっぱり千歳さんに頭を撫でられるのは、好きですね。」
「あはは、もっとわしゃわしゃしてやるー!」
「…い、痛いですよ。」
遥は、私の両手首を掴んで私を抱き寄せた。
「ち、ちょっと!」
「…千歳さんの髪、いい匂いがします。」
遥は、チュッと、髪にキスをしてきた。
「…遥、まだ、夕方なんだけど?」
「…ん?でも…連休中、ほとんど千歳さんとイチャイチャできなかったので、もっと触りたいです。」
やれやれ。
男のスイッチが入る前に、言わないとなぁ…
「…その前にさ、あんたと一緒に見てもらいたいものがあるのよ。」
「…え?」
遥は、
身体を離して私を見た。
「…これなんだけど。」
私は、おばあちゃんから、渡された一通の手紙を見せた。
「手紙?」
「おばあちゃんが、帰り際に渡してくれたのよ。…それが…送り主が、俊樹さんなんだよね。」
「え?俊樹さん?」
遥は、手紙を手に取り、宛名と送り主を見た。
「…千歳さん宛て?何故ですかね?」
「…さぁ?」
私は、遥と共に、俊樹さんからの手紙を読んだ。
千歳さんへ
はじめまして。
いや、ご無沙汰してますかな?
君には、申し訳ないことをしたと思っています。
君のお母さんを愛してしまったせいで、中学生の多感な時期に、あんな形で祥子さんが、家を出ることになってしまってごめんね。
その後、祥子さんを叱って責めてしまったことを今でも、思い出します。
僕は、千歳さんと共に、京都に来てくれてもよかったんだ。でも、祥子さんは、自分勝手な母親と一緒にいるよりも、お母さんといたほうが幸せに暮らせると言っていたんだよ。
だから、祥子さんは、決して、君を嫌いなわけじゃないよ。だって、千歳さんとお母さんと共に撮った写真を部屋に飾っていたから。
僕は、このまま長く生きれるかわからない。もし、僕がいなくなった時は、どうか祥子さんを許してあげてほしい。
彼女は、優しい人だけど、素直じゃないところがあるから。強がりを見せていても本当は、弱い人でもあるんだ。
最後に、もう一度、千歳さんとお母さんにお会いしたかった。
できるなら、
直接、謝りたかった。
祥子さんには、色々と助けていただきました。貴女のお母さんは、素敵な女性でしたよ。
勝手だと思われるかもしれないけど、僕が、いなくなった後、祥子さんのことを宜しくお願いします。
笹谷俊樹。
俊樹さんからの手紙を、遥が読み上げてくれた。
私は、知らずのうちに、涙が溢れていた。
「…っ……」
闘病生活中だった俊樹さんはどんな思いで、この手紙を書いたんだろう。私のことなど、忘れていたんだと思っていた。
たった一度しか会わなかった人なのに、私のことを気にかけてくれたんだな。
最初、嘘くさい笑顔の男の人だなんて、思ってごめんなさい。
そして、母さんを大事に愛してくれてありがとう。
私は、そう思いながら涙が止めどなく流れた。
「…っ…う…ううっ…」
「…千歳さん…」
遥は、そっと、私の肩を抱き寄せた。
「…う…ううっ…遥…」
私は、遥の胸に抱きついて泣きじゃくった。
「…千歳さんは、お母さん似ですね。強がりで弱さを見せないところが…。」
「…うん…」
遥の腕が、私の身体ごと強く抱きしめた。
「いつか、俊樹さんのような素敵な男性になれるように頑張りますよ。」
「…うん。」
遥は、遥なりに考えてくれているんだと、思った。
「遥、ありがとう。」
「…はい。」
遥は、微笑みながら、私にキスをした。
そして、二人は、愛を確かめるように、求め合うのだった。
愛し合った後、私は、遥に思いの丈を話した。
「遥、私…おばあちゃん家に戻ろうかと思う。」
「…え?」
遥は、身体を起こして私の顔を覗き込んだ。
「…本当は、遥があの町に戻るまで、一緒にこっちで生活したかったんだけど、母さんの話や俊樹さんの手紙を見て、考えたの。」
「はい。千歳さんは、そうするんではないかと思ってました。」
「…遥?」
私も身体を起こし、遥と向き合い話を聞く。
「お母さんの具合もよくないのと、おばあさんも一人で大変だろうと、貴女は、思ったんでしょう?」
「うん。父さんも毎日来るのは、大変だからさ。」
「ならば、オレは、貴女の意見を尊重しますよ。」
「…ありがとう。あーあ、遠距離恋愛になるけど、浮気すんなよ!」
私は、おどけて遥の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「…そんなのしませんよ。オレは、千歳さんじゃないとダメなんですから!」
「あはは!大袈裟!」
両手で、わしゃわしゃと頭を何度も撫でた。
「千歳さん、あの町に戻る時、必ず迎えに行きますからね。」
「うん。待ってるよ。」
それから暫くして、私は、翌年の3月に、東京を離れおばあちゃん家に戻ったのだった。
・




