義理姉の意見
母さんが、私との言い争いの途中、突然、倒れた。
そして、
その日から入院することになった。
正直、複雑な思いだ。
病室で、眠っている母さんを罵っているにも拘らず、涙が溢れてきた。
自分でも不思議だった。
私の母さんに、対する嫌悪感は、中学生の頃から現在まで変わらなかったはずなのに…
何故?
心のどこかで、私は、母さんが戻ってくることを待っていた…?
そんなバカな…!
その晩――
父さんは、おばあちゃん家に帰ってきた。
「お義母さん、千歳、入院の手続きについて…」
父さんは、母さんとは離婚しているために、身内であるおばあちゃんか私に入院費用などの説明があるということだ。
「明日にでも、私が、病院に行くわ。」
「はい。宜しくお願いします。」
私は、二人の会話を聞きながらもどこか、上の空だ。
まるで、他人事のように思えてしまう。
嫌いなあの人を、母親と認めていない自分が、まだ、心の中に潜んでいる。
それなのに、あの涙の理由がわからない。
「千歳、お前は、どうするんだ?仕事もあるだろう?一旦、向こうに帰ったほうがいいだろう。」
父さんは、気を遣ってか、戸惑いながら私に話した。
「…明日までは、ここにいられる。けど、どうしていいかわからない…。」
私は、
テーブルに突っ伏した。
「…そう、だな。お前は、少し落ち着いて考える時間が必要だ。」
私は、顔を上げて頷く。
「……うん。おばあちゃんごめんね。」
「私のほうこそ、ごめんなさいね。千歳。」
おばあちゃんは、私の頭を撫でながら答えた。
「…とりあえず、明日、帰るよ。」
なんとなく、居心地が悪かった。
おばあちゃん家に帰って来ているのに、あの人のせいで心が乱れる。
私は、一晩泊まって帰京することにしたのだ。
翌日――
父さんに駅まで送ってくれたのち、私は、あることを考えていた。
帰京するつもりだったけれど、休みが1日残っていたために、急遽、足を名古屋の兄さん家に向けた。
苑子ちゃん、兄さん家に戻って来ているといいけど。
スマホを手にして、苑子ちゃんに電話した。
『…あれ?千歳ちゃん?久しぶりねぇ!』
相変わらずの元気な声に、思わず笑みを浮かべた。
「苑子ちゃん、今は、実家にいるの?」
『ううん。昨日、実家から戻ってきたの。』
「…そうかぁ。圭太と裕太は元気?」
『圭太は、実家で母さんと一緒にいる。後で、千彰さんが迎えに行くのよ。』
「ふーん。…じゃあ、苑子ちゃん、そっちに行っていいかな?」
『え?千歳ちゃん、おばあさん家にいるんじゃなかったの?』
「…う、うん。まぁ、休みが1日残っているから、苑子ちゃんに会いに行こうかと思って…」
電話越しで、苦笑しながらも、母さんのことは、言わなかった。
『あはは!なら、来て!』
明るい声の苑子ちゃんに、感謝しながら、私は、名古屋行きを決めた。
それから――
名古屋の兄さん家に来た。
すると、赤ん坊を抱いたままの苑子ちゃんが、出迎えてくれた。
「千歳ちゃん、久しぶり!さぁ、入って!」
「うん、お邪魔します。」
兄さん宅に来るのは、2回目だった。
圭太が、生まれる前に、1度来たことがあった。
以前と違って、駅前の風景が、ずいぶん変わってここに来るまで、難儀してしまった。
「この辺も、変わったね。来るまで大変だったよ。」
苦笑しながら、答えた。
「そうだね。新しく出来たショッピングモールや、マンションが、出来たからねぇ。」
苑子ちゃんは、グラスに入ったお茶を差し出した。
お茶を啜りながら、すやすやと眠る裕太を見た。
「ふふ、裕太、よく眠ってるね。」
「うん。さっきまで、グズってたんだけど、疲れて眠ったみたい。」
「…そっか。」
眠る裕太を見ていると、苑子ちゃんが、問いかけた。
「…それで?千歳ちゃんは何故、ここに来たの?」
「え?」
「…ウチに来るなんて、珍しいし、千彰さんじゃなくて、私に会いたいなんて…理由があるんでしょ?」
ニコリと笑いかける苑子ちゃんに、思わず苦笑した。
義理の姉とはいえ、私とは同い年だ。
それに、あの人のことは兄さんから聞いているみたいだし…。
私は、
昨日の出来事を話した。
苑子ちゃんは、頷きながら私の話を聞いてくれた。
「…私は、あの人を母親だと認めたくない。でも、昨日、突然倒れて…嫌いなのに涙が溢れた。」
「ふふ。どんなに嫌いなお母さんでも千歳ちゃんにとっては、お母さんよ。きっと、心の中で帰りを待っていたのよ。」
苑子ちゃんは、にこやかに笑う。
「…そんなことは…。」
「お母さんが、千歳ちゃんを嫌いなのは本心じゃないと思うな。きっと、理由があるはずよ。」
本心じゃない?だったら、なんであの時、知らない男と出ていったのよ。おばあちゃんと私を置いて…。
しかも、理由って…
「千歳ちゃんは、お母さんとちゃんと話した?」
「ううん。…私は、あの人の顔を見るといつもケンカになる。」
苑子ちゃんは、ため息をついて答えた。
「…お母さんと冷静に話したほうがいいよ。こんな時だからこそ、本音を言わないと、後悔するよ。」
いつの間にか、苑子ちゃんに抱き抱えられた裕太が、泣き出した。
ヨシヨシと、あやすその姿は、母親そのものだ。
あの人も、私が生まれた時は、そのようにしていたんだろう。
私もいずれ、こうやって子供をあやす時が、来るのかなぁ。
複雑な心境のまま、私は、その日に帰京したのだ。
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