15年前の話
あれは…
7歳の誕生日から1ヶ月ほど経った頃――
オレは、小さな町の名家の長男として、子供の頃から英才教育を受けていた。
少し、病弱だったオレは、祖父が師範を務める剣道道場に通うことになった。
道場には、町の大人や子供たちが集っていた。
祖父がこう言っていた。
『遥、世の中には色んな人たちがいる。だから、今から人々と、交流を深めればいずれ、己の糧となる。』
その言葉は、今でも覚えている。この時のオレは、かなり人見知りをする子供だった。だから、祖父は、心配したのか、オレをこの道場に来させた。
そこで、オレは、彼女と出逢うことになる。
道場に通い始めた頃――
祖父と笑いながら話している女の子がいた。
見た目は、オレよりも上級生だった。
手や足に絆創膏が、貼ってあり、とても女の子とは思えない姿だった。
「おい、遥!こっちに来なさい。」
祖父は、手招きをした。
横にいた女の子は、ニコッとしてオレを見ていた。
ペコリと会釈をすると、
「遥、この子は、この道場の子供たちのなかで一番長くいる女の子だ。わからないことがあれば色々、教えてもらいなさい。」
「はい。」
祖父は、それだけ言って、大人たちの練習を見に行った。
「よろしくね。私、黒沢千歳!12歳!」
「有里遥です。7歳です。宜しくお願いします。」
人見知りなオレは、彼女の明るさと元気さに少し、戸惑っていた。
「あんた、師範の孫なんだってね。大きくなったら、師範になるの?」
「…そんなこと、貴女には関係のないでしょう。」
オレは、遠慮ないもの言いにイラついて、冷たく言い返した。
「……へぇ。7歳なのに、上品な言葉使いだね。それに、姿勢もいいし。将来、いい男になるんじゃない?あはは!」
なんとも、次から次へと矢継ぎ早に喋る彼女に、ため息が漏れた。
「…貴女は、女の子なのに上品ではないですね。」
「まぁ、そうだね。上品ではないよね。家には、兄さんがいるから、その影響かもね。」
「……お兄さん?」
「そうよ。私より2つ上の兄が1人。あんたは、兄弟いないの?」
「…いないです。」
オレは、ずっと1人だった。特に、兄弟が欲しいと思ったことはなかったし、祖父母と両親、屋敷の使用人がいればいいと思えた。
「そっか。一人っ子かぁ。なんか羨ましい!」
何が、羨ましいのかこの頃は、よくわからなかった。
「とにかく、練習中の人を見学する?」
その後、色んな人達の自己紹介と練習方法を見せて貰うことになった。
それからというもの、彼女は、練習中に何かと話かけてくる。
この人、飽きもせず、毎日のように、よく喋るな。
なるべく、関わらないようにしたいのに。何かと、突っ込んでくるから、ほとんど無視してた。それでも、しつこく話かけてくる。
「いい加減、練習の邪魔になります。静かにしてください。」
そう、反発すると、
「ごめん。でも、あんた、いつも1人でいるじゃん。他の子と仲良くしなよ。」
「1人で結構です。ほっといてください。」
今まで1人でいたことに、嫌だと思ったことはなかった。むしろ、1人のほうが楽だった。落ち着いて行動できるから…
数日後――
学校から帰ったオレは、道場へと足を運んだ。
だが、
「お前、三丁目の屋敷の息子だろ?師範の孫ならオレと勝負しろよ。」
同い年くらいの道場の男子たちがオレに絡んできた。
「…あんたと勝負する義理はないと思うけど。」
「てめえ、千歳姉ちゃんを泣かしただろ?」
「は?」
「とぼけんな!昨日、千歳姉ちゃんが話しかけても、無視してたじゃないか!」
「……あの人が、練習中にしつこく話しかけてきただけだよ。」
「それが原因で、千歳姉ちゃん泣いてたんだよ!」
何で、7歳のオレが、無視しただけで、上級生のあの人が泣くんだよ。
もし、泣いてたというなら試合に負けたとかで、泣いてたんだろう…
あの人、熱血スポーツマンぽいから…
その男子に、胸ぐらをつかまれた時、
「こらぁ!!男のくせによってたかって遥に絡むな!」
その声の持ち主は、話題に出てきた、黒沢千歳本人だった。
「千歳姉ちゃん!だって、こいつ、昨日ずっと無視してたじゃないか!それで、泣いてたんだろ。」
彼女は、ため息をついて、その男子たちに言った。
「あのね。何で、7歳の子に無視されたからって、泣かなきゃならないの!」
ほら、
オレの思った通りだ。
「で、でも…」
「ほら、遥も呆れてるわよ。同い年なら、少しは仲良くしなさい!!」
ガミガミとその男子たちを叱っている彼女を見て、思わず笑ってしまった。
ヘンな人。オレより年上のクセに、何でムキになって怒ってんだろう。
バシッ!!
「……痛!」
「ほら、あんたもすかした態度でいるから、絡まれるのよ!!もっと、皆と仲良く喋りなさい!」
やっぱり、ヘンな人だ。何度も避けてきたのに、また話かけてくる。
そんなやりとりが、毎日続いた。でも、それが、とても居心地がいいと、思うくらい、彼女の存在は、大きかったんだ。
でも、このことは、彼女には言わないでおこう。
きっとまた、からかわれるのが、目に浮かぶから…
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